女王と四つの家
その部屋にいたのは、その四人。
ずっと心配していたらしい秋名。付き添いの夏名。なんでかいる、越智くん。
そして、ベッドで横たわっている私。
――ここはどこだったか?
周りを見ても、ここがどこか分からなかった。
白い、部屋。壁も白、床も白、ベッドも白、機械も白。
機械。なんの機械だろうか。医療器具の可能性が高い。
数ある機械の中の、自分の眼の前にある核のような、卵ぐらいの緑に光っている電気がある。ただの電気だろうが、卵型に丸に作られた緑色のガラス製の入れ物に入っているため、そういう風に見えるだけだろう。
その核から、自分の腕や足、肩のあたりにチューブがつけられている。何事だ。
――ああ、私、倒れたんだっけ。
意識を覚醒してから一分後、ようやく状況理解する。
むくりと体を起こすと、越智くんがベッドに近付いてきた。
「やあ、お早う」
「いろいろ聞きたいことがあるだろうって思ってさ、何を聞かれても答えられるようにしていたんだけど、杞憂だったようだな。――取り敢えず樋代、今は夜だ」
「おやあー?」
ベッドの右にある窓を見る。光はない。窓の向こうは、星が雲に覆われた夜空である。綺麗でないのが、少し残念だ。
「何時間寝ていたのかなあ、私」
「何時間じゃなくて、一日経ってるぞ」
おや、またこれは凄いことになっているようだね。
今は、あの後の一日後ということらしい。へえ、そんなに意識がないとは、珍しい。どうせなら、もっと寝ておけばよかったかなあ。もう一日、授業を受けてないのは変わらないし。
「さて、越智くん。いろいろ答えられるようにしていたと言ったけど、大丈夫かな?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「じゃあ、私は何で倒れたのかな?」
ああ、と越智くん。
「サイナーの暴走らしいぜ。でも体内に変化はないから、安心していいってさ。――でも、なんか医師から後で話があるだろう、って蜜音さんが言ってたぜ」
「ああ、蜜音、来たんだ?」
蜜音。
金髪碧眼の、自分の兄を思い浮かべる。
「樋代、何で蜜音さんのこと、名前で呼んでいるんだ?」
「自分の兄だとは思えないからさ」
「……うわあ、蜜音さんが聞いたら、ショック受けるだろうな」
「だから何だと言うんだ」
あのシスコンは、きっと死んでも治らない。
私のことを気にかけてくれるのはいいが、そんな暇があるのなら勉強をしてほしいものだ。テストが全て赤点だなんて、まったく予想外なことをしてくれる。
まあそれでも、大体予想していたことだ。よしとしよう。
問題は、それじゃないから。
「サイナーの、暴走」
「おう」
呟いた言葉に、越智くんが頷く。
サイナー。超能力。それは、サイナーしか集まらないこの愛神市では、別に珍しくないことだ。だが、私にとっては一大事。倒れたことが悪いわけではないのだ。
――――――私に、サイナーがありことが問題なのだ。
愛神市にいながら、私はラインと呼ばれる無能力者だったのだ。
サイナーがないのに、サイナーの暴走など有り得ない。力あっての暴走だろうに。
ならば何故、サイナーの暴走が起こったのか?
アイツの仕業に決まっている。
「樋代?」
「……ああ、ボーッとしていたかな」
「もう大丈夫なのか?」
「大丈夫さ。何の痛みも感じないし、サイナーがざわめいている感覚もないよ」
「そっか」
安心してホッと息を吐いた越智くんは、どうやら私を本気で心配していたように思える。
おお、なんだか、いい人じゃないか。隣の席っていうだけで、そんなに会話していな彼が、私の心配をするなんて。……いや、まあ、当たり前だと言えばそうなんだけどね。私のこの金目は、崇拝対象である神の目だから。
「ふむ。ところで越智くん。話を聞く限り、ここはサイナー専用治療室で合っているかい?」
「ああ、合ってる」
「なら、私をここまで連れてきたのは誰?」
「倒れている樋代を見つけたのも、ここに運んだのも、あの雪月の家のやつ」
「雪月?」
「そう」
「なんか知らねえけどさ、他の一族のやつも来ていたらしくてさ。雪月はさっき言ったように勿論、桜欺と緋浪、夏宮まで来てたって言ってた」
雪月。桜欺。緋浪。夏宮。
最高神リリス・サイナーの加護者に仕える、四つの家系。
人類最強であるリリス・サイナーの加護者を守る、国の宝。
最高神であるリリス・サイナーから加護を貰うということは、それ以上の強い加護がないため、その加護者は人類最強と謳われる。そして、その加護はリリス・サイナーと同等の力を持つため、その加護者もリリス・サイナーと呼ばれるのだが。
その護衛兼側仕えが、そうどうして愛神中学校に?
まさか加護者が見つかったとでも?
生まれつきにリリス・サイナーの加護を持っていないのは、別に珍しくない。
白き神と呼ばれるあの最高神は、気まぐれだ。後天性の可能性も十分にある。
そして雪月の当主は、いつも前代のリリス・サイナーと決まっている。
リリス・サイナーの加護者が生まれた瞬間、または加護者として自覚した途端に、その雪月の当主に知らせがいくのは分かっている。
もし、リリス・サイナーが愛神市の生徒だったら。
全四家のものが集合して、愛神中学校に来たのも頷ける。
ただ、気にくわない。
どうして、この時期なんだ。
絶対何かの嫌味か、企みが含んでいるはず。
「――樋代、樋代?」
ハッと、我に返る。少し考え込んでいたようだ。
「すまないね。何か話していたかい?」
「いや、考え事してんのかと思って何も……。でも、大丈夫か? 蜜音さんが頭モロに打ったって言ってたから、記憶が欠陥していたりしないか?」
「越智くん、ちょっとそれは心配しすぎだよ。ちょっと打ったぐらいで、人間の記憶がどうのこうのならないからね」
むしろ、記憶は増えているよ。
そう言おうとした悪い口は、どれか。私のだね。
倒れてしまう直前に見た、ボロボロの自分の姿。
それは、かつての自分だった。
――ゲームをしよう、と。
――最高神である、リリス・サイナーが言った。
彼女は自分をリリス・サイナーだと名乗った。
勿論嘘である可能性も高い。
だが、白装束にあの金色の目。
白き神だと名乗った、堂々とした態度。
嘘だとは、思えない。
「ああ、困ったねえ」
呟きに、越智くんが首を傾げた。
なんでもないと彼に嘘を吐く。
最高神であるリリス・サイナー。
快楽主義者のリリス・サイナー。
人類最強の加護をしているリリス・サイナー。
リリス・サイナーの加護を貰っているから、人類最強?
「何がしたいんだよ」
神サマ?