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 ほら、例えばどうだろう。

 死体が周りにゴロゴロと転がっている世界。目の前で親友が殺されて、悲鳴をあげると逆に何事かと心配される世界。そんな世界に、自分がいたいと思うだろうか。いつ、自分が死体ソレとなるか分からないのに。

 でも、実際そんな世界で、人間は生きていた。喜んで生きていた。更に、言ってしまえば、そういった世界にしてしまったのは、人間自身だったのだ。

 ――――アハハッ、腐っている。

 そう、今日も、愛神市は、世界は、狂っている。



 四時間目の数学が終わり、五時間目の家庭が終わり、六時間目の学活が終わり。今は待ちに待った放課後である。部活に行く人もいれば、そそくさ帰って行く男子たち。時間割を今頃書いている越智くんもまだ教室にいた。

 指定鞄に熊のぬいぐるみとチェーンをぶら下げた秋名が愛佳の席に着くと、笑ってねぇ、と話しかけて来た。



「六時間目に言ってた落書き、見に行かない?」



 六時間目、学活の時間。

 延々と語られた内容が、この愛神中学校の中庭にある、リリス・サイナーの像に落書きされていたことについて、だ。落書きのことに一つの授業時間を潰すとは、なんと馬鹿らしいものか。それでも、崇拝するリリス・サイナーの像に落書きがされていれば、それは驚き怒り狂ったことだろう。授業が一つ潰れるくらいなら、まだいいか。



「別にいいけど、行ってどうするのかな?」

「落書きを見に行くのが一つ。あとは夏名がそこで待っているからよ」

「何で夏名はそこに行ったかな。まぁいいや、行こうか」



 夏名の名前に反応した越智くんを置いて行こうね。

 指定鞄を同じくらいの白色の鞄を肩に下げ、早足で教室を出る。後ろから秋名とオマケが着いてくるけど、もういいや。


 歩くと反応する鞄のチェーン。白い鞄は校則違反だが、崇拝対象の金目を持っている私が、最高神であるリリス・サイナーを表す白色を身に着けることに、何がおかしいのかと逆に注意した先生が怒鳴られていた。その怒鳴られた先生も、確かに、という風に頷くから、もう呆れるよ。


 校内にある階段とは違う、石の階段を上ると、職員室と駐車場の間にあるスペース。

そこには右手に髑髏を抱え、左手に鎖を掲げ不敵に笑っている聖リリスの像。そして、リリス像を囲むように咲いている桜と、リリス像の前にあるベンチ。

 そこに座っている亜麻色の髪をした男子が振り向いた。


 忍足(おしたり)夏名(なつな)

 ピンクに近い小豆色のフワフワの髪。赤のピンで左側をはねている髪を止めている。小さい口に、薔薇色の頬。くりくりのオレンジの目。知らない人が見たら完全な女の子にしか見えない容姿の持ち主。



「やぁ、待たせたかい、夏名」

「ごめんなさいね。ホームルーム、ちょっと長引いちゃって」

「よぉ、忍足夏名。相変わらず元気そうで憎たらしいな」



 私が片手を振りながら、秋名が携帯を片手に、越智くんが笑いながら憎まれ口を、同時に言葉を放った。笑顔を見せる愛らしい少年。

 秋名と苗字が同じで名前も似ているが、兄妹ではなく、従姉弟である。私と一緒にいるためか、越智くんによく絡まれる少し可哀想な、秋名の恋人だ。



「おれも今終わったばっかりだし、そんなに待ってないよ」



 声変わりの来ていない、若干女子よりも高いと思える声で答える。手には袋に詰め込まれた大量のチョコ。今日はバレンタインデーではない。十を超える板チョコに三個のアーモンドチョコとその他は、大のチョコ好き故の持参品だろう。

いつもの事なので少しも驚くこともなく、返事を耳にしながら、リリス像の土台部分にある落書きを見る。


 くだらないとしか思えない乱暴に書かれた文字は、油性で書かれていた。確かにこれは授業を潰すくらいに一大事だね。自分はまったくそう思わないが、信仰率高いリリスの信者がいるのは学校も例外ではない。狂信者が怒り狂って教師に訴えたか。滅茶苦茶どうでもいいな。


 夏名に頂戴、と手を出していたチョコ一切れを貰う。口に入れると、濃厚なチョコの味が、舌の上で溶けていった。


 肩を叩かれる。振り向くと越智くんが鼻を赤くして立っていた。一月だが、まだ春と言うより冬である。登下校以外でほとんど外には出ないのが普通だ。



「気になんの?」

「ああ、気になるね。よくこんな勇気あるよね。よりによってリリス・サイナーの像に落書きなんて」



 見つかったら拷問されるんじゃないかな。神聖なリリス像を汚した、愚かなる人間として、ね。まったく、馬鹿馬鹿しい。



「馬鹿馬鹿しいよな」



 自分とは違う意味で、越智くんが言った。

 ああ、まったく、本当に馬鹿らしいよ。落書きで大騒ぎ、だなんて。越智くんは落書きして罰せられることに馬鹿馬鹿しいと言っているんだろうけどね。私はその考えさえ馬鹿らしいよ。


 ふと、秋名と夏名を見ると、見て分かるようにイチャイチャしていた。二人がそんなことをすると、美少女が二人仲良いように見える。百合か。私の趣味じゃないのが残念だ。

 ――どこか歪んでいる心が、この雰囲気を心地良いと認めている。

 珍しい。私がそんなことを思うとは。思う日が来るとは。


 二十分くらい経つと、ようやく秋名と夏名のイチャイチャが終わり、やっと四人の会話が始まった。体温が上がり始め、はぁと息を吐く。夏名への越智くんの憎まれ口から始まり、夏名のリリス像知識発表になり、それに越智くんが対抗する。それが大体の会話の流れ。ある放課後の一時だった。


 また二十分くらいすると、越智くんは塾があるとのことで帰ると言い、秋名が寒いことを理由に帰ると言う。そうすると、彼氏である夏名も当然帰ることになる。樋代は帰らないのか、と越智くんに言われたが、なんとなくまだ帰りたくなく、そう言うと越智くんが寂しそうな顔をしたけど、すぐに笑顔でじゃあな、と言って帰って行った。


 付き合っていることを、言わなくても察したであろう越智くんは、二人を先に行かせ最後に、気を付けて帰れよ、と言って帰って行った。


 誰もいなくなると、存在感のあるリリス像の前のベンチに座る。さっきまで四人で座っていたのにもう冷えていた。無意味に足をジタバタさせ、落書きをじっと見た。


 最初に見た時、小さな違和感を覚えた。本当に小さく、指にピリッと、静電気モドキが走った程度。それが理由で残ったのに、もう違和感はない。どういう事だ。時間などが関係あるのだろうか?


 ジタバタしていた足をとめ、リリス像に近づくと、裏に回り込んだ。何も書いていない。落書きがされていたのは前だけだったらしい。あれだけ、前にだけびっしりと書かれているのに。


 ――おかしい。


 落書きされていたのが前だけ? 何故? 隅から隅まで落書きだらけだったのに? どうして、裏だけ丸ごと、まるで裏面だけ〝なかったこと〟にされているみたいになっている?


 頭を振った。考えても分からないことだ。無駄なことは早々にやめるがよし、だ。

 ベンチに置いてあった白い鞄を取り、帰ろうとした時。


 真後ろに人の気配がした気がした。


 後ろにあるリリス像と桜に振り返った。誰もいない。気がしただけだったようだ。うん、大丈夫。誰もいない。

 半ば自分に言い聞かせるように、同じ言葉続ける。


 違和感が取れない。何かある、と勘が言っていた。

 不快感が取れない。気付いちゃダメだ、と誰かが言っている。


 早足、と言うか、走ってリリス像の裏に回る。頭の中の警告と、冷えた体温にゾッとする体。気のせいじゃない。確かに私は恐怖した。



 あった。

 文字が。



 思わず後退した一歩。

 思わず近寄った大股二歩。



 ――――死体は見たかい?



 口が歪む。全て力を抜くように膝を付くと、文字に目を向けた。いまだ浮かび続ける文字に、自分でも分かるほどに、くぎづけになっている。



 ――――死体は見たかい?

 ――――記憶は戻ったかい?



 その落書き(・・・)は、呆れそうなほどの綺麗な字で書かれていた。

 学校で〝お手本〟として出された、パソコンの文字。そんな感じ、と言うか、まるまるそうだった。人の手では書けない正確な文字。それがまた、恐怖を増すわけなのだけど。


 悲鳴は聞こえない。だって、此処には私しかいない。私は叫んでいない。

 嗚咽は聞こえない。だって、此処には私しかいない。私は泣いてない。


 今までにないくらいの狂喜を抱えて、私が一番に取った行動は、銅像に近づくこと。

 あと一歩。そう離れていなかった距離を大股で縮めると、文字に触った。

 ――その瞬間。膨大な〝何か〟が頭に入っていく感覚。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁああぁあアア、あああ! ああ、ぁ、」



 悲鳴にならない声。ただ、叫んでいる自分の声が聞こえた。

 表現できない苦しみ。ただ、恐怖に、本能のまま叫んでいる。


 苦しいハズなのに、自分の中に冷静な自分がいる。

 肩を触られた感覚に振り向くと、そこにはボロボロの姿の自分が立っていた。

 いや、違う。確かに、私だ。でも、私は私であって……。


 ――振り返った先にあったのは鏡ではなく、ボロボロの状態で立っている、自分そっくりの〝無〟の目の少女。


 それが、最後の記憶だった。

 女神の像の後ろで、満開のサクラに囲まれながら、私は意識を失い、そして。


 ――――全てを、思い出したのだった。




 銅像の裏には四つの〝落書き〟がされてあった。



 ――――死体は見たかい?

 ――――記憶は戻ったかい?

 ――――ああ、ようやく思い出したかい。

 ―――――――――――――――――じゃあ、ゲームを始めよう。




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