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暫くは世界観の説明などが多いです
その死体は、まるでないものかのように、確かに存在していた。死体はそこにあって当たり前なもので、しかし日頃そこにはないもの。あまりにも自然にあるため、それが当たり前だと錯覚してしまうのだ。勿論、おかしいと思えば私のように分かる。だが、それが分からないのが、どうしようもなく壊れていて狂っている、この世界の人間たちである。
木を隠すなら森。死人を隠すのは死人の中に、ってやつだ。この世の人達は、死人と例えてなんら問題ないんだから。
三日月を模す形に歪む口を、隠そうとはしなかった。これだけ分かりやすい嘲笑を浮かべても、周りには天使の笑みにしか見えないのだから。天使じゃなければ、それこそ神のようだと言われるかもしれない。笑えない冗談だ。冗談で済むかも危ういけど。
「――――二千五十七年、地球温暖化による、後に〝神の敢行〟と言われる……」
歴史を説明している教師の声も、ノートに書く文字の音も、聞こえる声は微か。何が面白いのか、教師を見て笑っている生徒。次の教科の課題について話している生徒。いつもならここまで授業を聞いてないのはない。今日、生徒がまったく話を聞いてないのは、黒板に走る歴史が、一番基本のものだからだ。生きていれば五歳で知っているようなことを、詳しく知っていくのが、今の授業となっている。
その基本と言うのが、イル・モンド・ディ・ニエンテが、まだチキュウと言われていた時のこと。教師が話しているのは、その移り変わる時期のこと。
千年前、地球温暖化のより人口の三分の一が焼け死んだ。地の奥から吹き上がってくる熱に、人類はどうすることもできなかったのだ。あのまま行けば、一人残らず人類は滅亡していた。その危機的状況を変えたのが、後である今に語られる、〝神の敢行〟と言われるもの。
当時の人達にすれば、驚きなんてものではないだろう。
――――人類を助けたのは、これまで傍観していた神だったからだ。
最初はどうして人が死ぬ前に助けなかったのか、と神を非難する声が出た。だが、死人への悲しみと怒りが沈むと、救ってくれたものを何て言いようだ、と真逆の非難をしてくるものが出てきた。それが、今の神官だ。そして、過去に政治家と呼ばれた人たちである。
〝異〟を司る最高神――リリス・サイナー。
〝陽〟を司る神――アレイル・レートシンス。
〝陰〟を司る神――レイメル・オーギュスト。
〝死〟を司る神――セプリアドゥー・ドゥーウェン
〝癒〟を司る神――コンライト・アモーレ。
この五柱を五大神と呼び、人類は神を崇拝するようになった。
当たり前と言えば当たり前の結果かもしれない。今まで神の可能性を信じなかったり、外国で崇拝していなかったりしたのは、その姿を見たことがなかったからだ。
だが、神は姿を現した。そして、自分らを救ったのだ。もう、信じないのは有り得ない。
特に、最高神であるリリス・サイナーへの信仰心は、高い。熱狂的な信者もおり、世界のどこを探してもリリス・サイナーを崇めていない人間はいない。断言できる、いない。少ないとはそういう問題ではなく。
聞けば、圧倒的な力があるとか。
聞けば、国ではなく世を動かす美貌を持っているとか。
聞けば、それは素晴らしい知恵を持っていたとか。
それの姿を確認したものは、誰もその言い分を疑わなかった。
そう、〝誰も〟。
それならば、私はどうなのだろうか。
確かに、私も前までは五大神というものを、崇拝していた。
転機が来たのは一週間前だ。
夢に見た、まだ、世界がチキュウと呼ばれていた時代。
車が走り、神の文化はほとんどなく、誰もが苗字を持っていた時代。
その夢で私は、サクラと呼ばれていた。
容姿がそのまま私なため、タイムスリップというものをしてしまったのでないか、と思ってしまった。
でも、サクラと呼ばれた私のことを知っている人がいて。つまり、そのサクラと呼ばれた私は、その夢ではチキュウにいることが当たり前のように、存在していたのだ。
初めは、変な夢だと思っていたのだが。
毎日毎日それが続き、〝チキュウ〟の知識が増えて行き、そして――新しい変化があった。
ぴり、と手に静電気のようなものが走る。だが、これは静電気ではない。夢で見た静電気というものは、こんなものではなかった。
新しい変化とは、これだ。この静電気のようなものが、〝ある単語〟っを聞くたびに反応する。静電気のような、と言えるだけ、これはまだマシなほうだ。だが、時には激しい痛みを訴え、吐いたこともあった。ああ、まるで遠いことのことを言っているようだけど、それがあったのは先程、保健室に行く前に教室であったことだ。
そんな変化が出る、単語。それはどれも眉を顰めるような、不可思議なものばかり。
チキュウ。
転生。
五大神。
リリス・サイナー。
取り敢えずはそれだけ。だけど、その四つは日頃聞く単語で、聞くたびに反応するのは困る。痛みに悲鳴を上げて、視線が集まるのだ。自分はこんな顔をしているが、目立ちたいわけではないのだ。
「愛佳、愛佳」
話しかけて来た秋名に、返事した。
「サイナー現象って、どうして起こったんでしょうね?」
サイナーとは、この世界で超能力者、またはその能力自体のことを意味している。それが生まれたきっかけが、そのサイナー現象である。
地球温暖化で神が現れ、した行動を〝神の敢行〟と言うならば。そのサイナー現象は、サイナーと呼ばれる超能力者が出始めた時期と現象を示すのだ。
人が勝手に、神がくれた恩恵だとか言って入るが、本当のきっかけは今も分かっていない。
「それが分かれば、今、サイナーなんていないよ」
「それもそうね。原因分かっちゃったら、先祖が力を手に入れていた時点で、なくなっているもの」
ごもっともだ。
いくらリリス・サイナーを崇拝できたとしても、自分の体に影響ができたなら、その場ではふざけるなと叫んだものだろう。言わずもがな、それも崇拝することによって変わってしまったが。
「それでは、今日はここまで。明日は愛神市の歴史について学びます」
淡々と言った教師に、生徒全員で礼をして、授業が終わった。
教師が出て行くのを合図に、これまで煩かった話し声が、さわに煩くなる。
愛しき神と書いて、愛神。これが、この世界の中心であり、この世界の全てである愛神市の名前だ。今いる中学校の名前も、愛神中学校という。
この場合、市の名前はチキュウの時の県の名前である。言いやすくすると、この愛神市にとって、愛神はチキュウだった頃にすると、県名になると言うことだ。
そして、そんな愛神市には呼び名があった。
サイナーが占める世界。ラインと呼ばれた無能力者が完全排除された、高位のサイナーのみがいる、私から見ると周りから隔離された学校。そんな世界の中心は、〝怪異の集まる町〟と呼ばれた。
なんでも、そこは何があってもおかしくないところ、だとか。