桜に囲まれた神像の前で
春風が通る。開けていた窓の周りの鉄枠が冷えていた。
自分の派手な橙色の髪が風にそって動く。燃えるようなこの色は、目の色もあわさって可憐に見えるらしい。窓に映った自分の顔を見るのが嫌だったため、閉めると同時に鍵をかけ、窓とドアの間にある机から保健室の鍵を取り、先ほどまでベッドに失礼していた部屋を出る。
冬休みも終わりもう新しい年だというのに、この寒さはまだ終わってくれないようだった。
今まで部屋の中にいたためか、気付かなかった。ドアの外にはメモ紙が貼られており、そこには自分の名前と、入らないようにという警告が文字の形となっていた。そこまでする必要はないんだが、と思いながらも当たり前か、と普通に受け入れた。
教室に戻ると、親友である秋名がすぐに近づいてきた。根っからの委員長というか、彼女はそうとうに自分を心配していたらしい。大丈夫かと聞かれて何ともない、と返すと彼女は朗らかに笑った。
一年の三学期初め。そう長くもなかった冬休みを終え、ああ始まった勉強の日々。さよならゲーム、マンガたち。ようこそ参考書、単語カード。そしてノートを取る日々。そんな時期なため、授業が終わった後の教室はいつもよりも騒がしかった。正直言って、休みがどうでもいい私としては、気持が分からない。とてもとても、残念だよ。
廊下側の一番後ろ、つまりは後ろのドアから一番近いその席に座ると、隣の席の男子が話しかけて来た。名前は確か越智悠馬。神を崇めている名門校なためか、見目のいいものが集まるこの学校で、何番目かにカッコいいと言われていた少年だ。
「な、樋代。お前どこ行ってたんだよ?」
フワフワの茶髪に、男にしては丸くて大きい緑色の目を持った彼は、面白半分で聞いてきたようだった。その声の中に、心配そうな色はない。
「保健室だよ。目眩がしてね」
「なに、風邪?」
「頭痛くないし喉痛くないし鼻水が出ているわけでもない。風邪とまではいかないんじゃないかな」
「普通に風邪じゃねえって言えよ」
彼は少しだけ笑った。眩しいと思う笑顔は、人気があるのも頷ける、愛嬌がある。
その後、相変わらずよね、と言ったのは秋名だ。
「愛佳って時々、変な冗談も言うんだから」
くすくすと笑う彼女も、可愛らしい。
深い青みのかかったセミロング。長い睫毛を揺らして、彼女は黒目を細めた。
「綺麗な顔してるし、なんだかそれも優雅に見えるから不思議よね」
確かに、私は美しいだろう。美しいと言われて十数年。自分の容姿については、嫌と言うほどに理解してきた。
金色の混じった、燃える火のような橙色の長髪。伸ばした長さは、ポニーテールで結んでいても膝裏につくほどだ。
薄ら桃色のついた頬。形のいい唇は、いつも三日月に歪めている。思わせるのは、精緻なビクスドール。動き形のある美。神の最高傑作。言われているのはそれくらいだろうか。容姿については褒め言葉しか出てこないのが現実だ。
だが、美しさだけならそこまで言われはしなかっただろう。整いすぎた顔はまるで本当に作られたようだと、人間味がないのだとも言われてしまう。それを打ち消しているのが、容姿の全てを引き立て役とした、この金色の目だった。
この世界――イル・モンド・ディ・ニエンテでは、金色は崇拝の対象だ。
それもこれも、五大神がどうとか神の敢行とかが関わっているため、不快で仕方がない。
「愛佳、次の授業の準備をしないと」
そう秋名から声をかけられ、我に返る。
確かにそうだねえ、と言ってから席を立ち、教科書を置いているロッカーに向かう。
それだけの行動で、周りの視線は集まる。
自覚している。自分にはそれほどの美貌があり、それほど人を魅せる目を持っている。
能力だって、恵まれすぎだと言われたほど、ある。
成績は完全記憶能力のおかげで全教科満点。覚えていても理解しないといけないため、流石に少しも勉強しないというわけにはいかないが、それでも習慣になっている復習が苦だとは思わない。
運動神経だけを極めれば文武両道と称たたえられ、凄いねと言われ慕われる。何が凄いのか正直分からなかったが、とりあえず曖昧に笑っておけば人気者になり。
意味がわからない。
でも、意味が分からなく、変わり切って、腐りきって、それでも生き続けているのが世界のリンネ。
何も考えない、ただ生きている。そして、廻っている
それが、この世界――――イル・モンド・ディ・ニエンテでの普通。
そして何より、樋代愛佳という私の全て。
授業の準備を終えると、残り何秒かを教えてくれる時計に目が行く。社会教師はまだ来ない。
ふと、〝それ〟に目がつく。不快に、目を細めた。睨むように見ていれば、秋名が片付けようか、と聞いてきた。無言で首を振る。どうせ、これはこの世界で日常茶飯事だ。気にする必要はない。
ねえ、皆。期待はしてないんだけどさあ?
――――教室の隅に死体があっても、無反応ってなんなんだろうね?