白の神と白の空間
世界は壊れていると、少女が言った。
そんな世界で、三つの願いがさまよう。
――自害の塊に惹かれた最高神。
――死を求めた恵まれし少女。
――親友を生かしたかった純血。
それが叶うかどうかなど、初めから決まっていたのだ。
物語の最後が必ずしもハッピーエンドだとは限らないのに。
※
背景が真っ白な空間。ヴィオと呼ばれるその場所は、まるで線画の中のようだった。影がないためか、自身さえも張り付けられたように錯覚させられる。
ヴィオには、二人の少女がいた。
白に埋め尽くされたその一人は、ニヤリと笑っている。
白い髪。地べたにつくほど長く、動くたびに空気と戯れている。
白い服、純白のドレス。白い靴に、首には白いリボン。まるで首輪のように、枷のように結ばれていた。
そして、――金に輝く目。
その目が捉えているのは、その空間にいるもう一人の少女。〝白〟の少女が身綺麗なのに対し、その少女の格好は酷かった。
バラバラに斬られた髪はボサボサで、元々の綺麗な橙色が今は汚れで分からなくなっていた。来ていた服は、破れに破れまくって白のワンピースが灰色に変色されている。ぞっとするほどの痩せ細った体、目には光が無かった。何もかもに失望した、〝無〟の目。
凛とした声が、その空間に響く。
――お前は死を願望とする?
〝白〟の少女が問う。だが、その口は動いていない。機械のような声は、まるで四方から浴びせられているようだった。〝無〟の少女はその問いに即座に答える。
「勿論だ。君も分かっているだろう。早く消してくれないか……。私は君のこと恨んでいるよ。どうして止めたりしたんだ?」
無。
驚くほど何もない、無。
そんな意味を込めて、その少女は吐き捨てた。
〝白〟の少女はまだ笑っている。その笑みは目の前にいる愚かな人間への、嘲笑。
――腐ったなお前!
大きな笑い声に空間が歪む。
「それは……もっと前の私に言ったらよかったんじゃないかなあ?――ところで、私からも君に聞きたいことがあるんだけれども」
――よい、言え。
「君は、私をどうしたいんだい? どうして、私に、……私を、殺させなかった」
眉間にしわを寄せ、怒気帯びた声が、しかし殺気まではない。
生気のない目が白き少女を見据える。愉快だと笑っている白き少女は、その睨みの入っているキツイ視線に臆するどころか、なんだかねえ、と呟いて呆れていた。
「お前、何を企んでいる」
刺々しい声が空間に響く。
二人しかいない空間の中で、二人じゃない誰かが微かに嘲笑った。
それに気付いた〝白〟の少女は、無の少女に分からないよう、溜息を一つ吐いた。
――ゲームを、しないか。
白き少女がそう言った。相手の顔が歪んだことには、気付いているのか。それとも、気付いていて無視しているのか。
長い沈黙、沈黙。
「――ゲーム。そんな理由で私をとめた、と?」
「そうだよ、ああ、そうだとも! 己はお前の意見を聞く耳を持ってない上に、さらに言えば、お前に拒否権などない」
憎しみのこもった〝無〟の少女の確かな殺気に、〝白〟の少女は息をのむ。ビリビリと緊張感。それに耐えるように震える体。
――これはいい。
――お前は、確かな適応者だ。
――感じる。これほどまでの思いは――――以来だ。
冷や汗が頬を伝って落ちると、空間の中で少しずつ姿が見えなくなっていく。白き少女は、また自身の口が三日月の形に歪むのが分かった。目の前には殺意と自害の塊。自分を殺すのに迷いがない少女。
――期待できるね、これは。
声を出して笑いたいのを必死で我慢する。そして、いまだ怒声を出している無の少女に制止の言葉を発した。
「やめないか、――〈アオイサクラ〉」
声は、ちゃんとした言葉だった。今までは、音のようなコエ。
ぴた、と声がやむ。〝無〟の少女は何か言いたいのか、口をもごもご動かしている。
「最後まで黙って話を聞くがいい」
命令口調で〝白〟の少女が言うと、〈アオイサクラ〉と言われた無の少女は、石のように動かなくなった。唯一動いているのは、瞬きのみ。
少女は淡々を、最後を言葉を紡いだ。
「ゲームに勝てば、お前を殺してやらんこともないぞ? なあ、死にたいもんな?」
「ルールは簡単だ。お前曰く〝腐りきったセカイ〟である〝チキュウ〟。それから千年後の世界〈虚無の世界〉で新しい姿をやろう」
「ゲームは実にシンプルだ。その世界で、同じく転生したお前の親友――――アカオチルハを見つけろ。期限はお前が気づいてから一ヶ月。精々頑張りたまえ」
少女が次に見たのは、覚えのない部屋――。
春、それは出会いと別れの季節。
そして、――死の季節。