嘘つきが一つ
「初めまして、これからお世話になります」
「こちらこそ。愛佳の我儘に付き合ってもらって申し訳ないわ」
まるで私が悪者かのように言う二人。悪戯に凛音に膝カックンしてやった。これぐらいで許してあげる私って、ああ、なんて優しいんだ! 勿論自覚はあるけどね!
呆れたような目で見てくるひなつくんに、凛音の荷物を二階の部屋、これから暫く彼女が住む部屋に運ぶように言った。白夜は珍しくも、自主的に強力しているようだ。
私はオマケに関係のないひなつくんにまで膝カックンした後、自分の部屋に戻った。元々命令されていない白夜が着いて来ようとしたけど、そこはまあ、家の中にいるんだからいいじゃない、的なことを遠回しに、更に一方的に言って一人にさせてもらった。ほら、自分で言うのはアレだけど、私ってば雄弁だからね。腑に落ちないけど、丸め込まれたと知っていても、反論できない白夜の顔は実によかった。イヤダナ、いじめっ子だなんて。
だけど、冗談抜きで着いてこられるのは勘弁。
小さく呟くと、足元に影と同化したノイズが現れる。手を伸ばして掌を広げると、暗く底の見えない場所から、手に吸いつくようにそれが飛んできた。
黒い表紙に、金色の文字が目立つ。読めない文字は、能力を使ってまで読む価値のあるものだろうか。
「いやあ、まさか、こんなものがあるとはね」
――〝無干渉の本〟
それは、そう呼ばれている神器の一つ。
凛音が学校で荷造りをしていた時、机の中に入っていた物。一見、少し高級そうな本にしか見えないが、私はそれが神器だとすぐに分かった。何故なら、僕の愛しいカッコワラな親友を苦しめてきた学校だから、何かお宝があったら盗んで困らせてやろうと思ったからだ。どうせバレても、金目を前に何も言えなくなるのがオチだ。結果は見えてる。
どういった用途のものかは知らないが取り敢えず拝借し、さっきの膝カックンの時に凛音の脳から情報を横取りしてやった。きっと、親友は悪戯としたぐらいにしか思ってないだろう。でも、あまり力を使わないで情報を貰うには、体の一部の接触が必要だったから。光西歌の制服のスカートが短くてよかった。
「白き神リリス・サイナーにまで干渉することができない秘密の書、ね……」
口角を上げた。
「いいじゃないか。何よりも面白そうだよ」
今はもう、決着がついてしまったゲームよりも。死ぬまでにこれで遊ぶことにしようか。また期限はあるし、あのクソ神の弱点と書いてあったら尚面白いしね。
そう思い、本を開けた。
一ページ目には何も書かれていない。ただ、真っ白な紙の真ん中に、小さく丸い皺があった。消しゴムを使う時に、力をいれすぎた結果、みたいだ。だが、その丸は小さすぎて、何かをかかれていたようには思えない。
二ページを開けた。
文字があった。どうやら、日記らしい。表紙の文字と同じく読めなかったため、小さく呟き力を使った。更に力を使い頭の中で調べると、能力がネットワークから結果を出す。文字の名前は、なかった。何語か力を使って分からないというわけがないため、きっとその語の名前が付いていないのだろう。
それだけ、昔の文字ということだ。
ポウ、と目が光るのが感じた。金色は変わらないが、光度が増したのだろう。目の前の紙の束、今見ているページの部分がライトに照らされたようになっている。
「――――これを見ているならば、」
『君は私と同じ思考に至ることだろう』
文字を頭の中で反芻する。
『これを手に入れたのは今日だ。何者にも干渉されない、これこそが自由だ。この本こそが、私の世界である。』
『今日は両親を殺した。あの子が恨んでいた奴らだ、同情もないし罪悪感も湧かなかった。きっと、私は狂っているのだろう』
『だが、後悔はあった。血がつながっているというだけで、繋がりを感じていたのだろうか』
『嗚呼、』
『苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しいさびしい』
『手に入らないモノを欲した日、月が私を見ていた』
『あの月は、まるで――――』
――――――――――――――『人殺しがああああああああああッ!』
…………………………………………ハッと、した。
文字を見て最後、まるでそれに飲み込まれたかのように、周りが見えなくなっていた。我に返る寸前に聞いた憎悪の声は、幻聴だったらしい。それにしてはやけに情が籠っていて生々しかった。
「怖いものだねえ…………人殺し、とな」
今では珍しくもない言葉だが、過去ではちゃんと犯罪として扱われていたのだ。それで、このノートの最初の持ち主は誰かを殺され、殺した誰かを憎悪していたのだろう。
嗚呼、正常な反応がこの上なく羨ましいね。いっそ殺したいほどにね。
ページを捲る。直筆が違うところ、別の持ち主に渡ったようだった。ただ、落書きのようなものを何ページかに分けて書いていて。
「うん?」
次のページを、と思って捲ろうとすれば、二三ページ一緒にめくれた。どうやらノリか何かで引っ付いているようだ。ビリビリと破こうとすれば、ページが離れる前に持っていたページの角が切れた。むむむ、手ごわい。だが、ここは何様僕様愛佳ちゃんなパワーでどうにかするに限るのだよ。
いや、やっぱ面倒くさいや。飛ばそう。今度時間がある時にでも、興味があったらやろうじゃないか。
そして、引っ付いたページを全て捲って。
唖然とした。
そこには、そのページだけど血に浸したように真っ赤だった。乾いた血の小さな塊が落ちてくる。――ああ、ノリ代わりに血で引っ付いていたわけね。
「気狂いが自らかけたか、それとも本を保有することで殺されたか」
どちらにしろ、無干渉の本の持ち主が何か不幸なめにあっているのは確定らしい。だって、今の私は不幸だ。死なせてもらえない、あのクソ神によって、行動すら制限されるのだから。また、最初の一文を見る限りこの本を持つことができるのは、その不幸な者に限る。幸福なものには触れることすらできない、まさに無干渉。
あれ、そうなると、今の凛音は不幸な人間に値するのかな? おかしいね、不安の芽は摘んでおいたはずだけれども。
おかしいねえ、と誰もいないのに張り付けた笑みでクスクスと嘯けば。いや、本当は僕が死にたがりのままだから、って知ってはいるんだけどね。まあ、死んだらそれもじきに気にしなくなるさ。
ふう、と息を吐けば、丁度気配がした。窓の外、一つの影。五陀の誰かだろう、力を使っていないため個人を特定することはできない。だが、もし雪月のどちらかだったら、私がこの本を持っているのはおかしいわけで。さり気なく本を隠し、今度は部屋に元からあった、神話の本とリリス・サイナーの歴史についての本を取り出した。
最高神リリス・サイナーの加護者となり、代々人間の支配者リリス・サイナーとなった者は皆幸せだったというが。無干渉の本を見る限り、やはり妄信に塗れた情報は信用できないね。うっかり騙されるところだったよ、アッハッハッハッ! 嘘だけど。
リリス・サイナーの歴史について書いた本の丁度真ん中あたり、年表がある一番詳しく書かれたそのページ。
紙に指を当て、呟く。
「――<真偽>」
嘘の情報なら、赤で塗り固められる。
真の情報なら、青で塗り固められる。
本の内容はどれだけあっているか?
「ビンゴ、」
そこには、真っ赤になったページがあった。
――ああ、まるで先程の血塗れのようだ。




