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五大神の中でリリスが一番強いように、愛神中学校は五校の中で一番、有名で偏差値の高いエリート学校である。成績が落ちて、クラスメイトが半分いなくなったということが過去にあったらしい。この学校で、点が取れないと退学になるのは当たり前だから。
順に、まずリリス・サイナー像の愛神。
アレイル・レートシンス像がある光西歌。
レイメル・オーギュスト像のある陰東都。
コンライト・アモーレ像のある癒北子。
セプリアドゥー・ドゥーウェン像のある死南院。
死の力は強いと思われるが、五大神の中では一番低い位置にある。
そんな五校だが、設備は普通だったりする。豪華にキラキラしているわけでもなく、リリスを信仰しているのだからと全体が白いわけでもない。ここは、チキュウだった頃と全てが同じである。まあだから、リリス像の前にあるベンチが白いのは、雰囲気を作るためだろう。
右手に髑髏を抱え、左手に鎖を掲げ不敵に笑っている女性。鎖は首にも巻きつけられており、それは支配を意味している。大きくスペースを取ったそれが、聖リリスの像。周りを囲む満開の桜に、リリス像正面前の白いベンチ。それは正門から入って右へ行くとすぐにある。毎日拝むために頑張って勉強している、という信者も少なくはない。
「いやいや、流石に休日に学校へ来たのは初めてだよ」
「ここが愛神……。中はあまり豪華、というわけではないが……広いな……」
「白夜、お前確実に迷うから覚えておいてくださいよ」
「カフェオレ飲みてえ。自販機ねえの?」
「あのね、白夜。凛音でも学校についてコメントしてるんだからさあ……。それに自販機なら屋上と中庭にあるけど、ただいま整備中だ。ひなつくんの言うとおり、覚えるのに気を向きたまえ。その年で迷子は格好悪いよ」
「ちっ。タイミング悪い」
明らかに暇そうにしている白夜に、休日でも通っている真面目の中の真面目な生徒は、不安にざわめきを起こす(中にはこの像を見るためだけに来た生徒もいるけど)。白夜はちょっと、自分の立場を自覚しないものかね。国の宝である〝二つの槍〟がここで舌打ちしたなんて、小さな事件だよ、もう。
「で、お前はここに来て何がしたかったんだ?」
「ああ……――ちょっと、席を外してくれるかな、二人とも」
理由を言わずそう言えば、雪月の二人は、顔を一度合わせてから静かに去った。去った、と言ってもすぐ話が聞こえない程度の近くで見ているのだろうけど。
凛音が白いベンチに座れば、純血だと蔑んでいる生徒が口を開きそうになり、その内容が必ず怒声になるだろうと思った私がすぐに隣に座り、その場を静かなまま保たせる。
「愛佳」
「なんだい、凛音?」
「お前は、まだ死ぬ気でいるか?」
「――――」
おや、まさか、凛音からその話を持ち出してくるとは!
酷く真剣なその顔に思わず笑い出しそうだったが、流石に怒るだろうと耐えた。私って本当に優しいよね。冗談だけど。
私も真面目だという顔を作ってみる。内心はまの字もないけども。
「ああ、死ぬ気でいるよ。死ねるなら何度でも死ぬよ」
「どうして、そんなことをするんだ」
泣きそうなその声音を、無視する。
「やりたいからだよ」
「…………ああ」
それは知っているんだ。
今にも消えそうな小さな声で、彼女が言った。
「お話途中に申し訳ありません、若君」
背の後ろベンチの後ろから、ひなつくんの声。
「ご母堂が及びとのことです。――失礼ながら、何度が問い合わせが来ているのでは?」
「いやあ、出るのが面倒だったんだよねえ。頭の中でピリピリ言うのは煩いよねぇ、本当」
この時代に携帯はない。携帯代わりの脳電というものはある。頭の中でネットワークがあるようなもので、やろうと思えばリアルで以心伝心ができる。なんて便利な世界になったんだろう。未来って最高で最低だね。勿論、アドレスがないと通信できないのは変わらないけどね。
「荷物運びが終わったようで。ついでに、私の部屋まで整理してもらっていると」
「おい、愛佳。【五陀】は雑用係じゃないんだぞ……」
「何を言っている。私の身の回りの世話をする側仕えでもあるだろう。そもそも、リリス・サイナーの部屋に行けることさえ、光栄じゃないかあ?」
「……つまり、お前の部屋は片づけさせないといけないほど、散らかっているということだな」
「せいぜい、机の上に置いてきたノートぐらいだけどね」
「……」
凛音の顔が、それは片づけと言えるのか、と語っている。声に出さないから無視とする。
ひなつくんがどうなされますか、と聞いてきたため、今から戻ると伝えてくれ、と返した。先に私が立ち上がると、凛音もベンチから立った。
本当に少ししかいられなかったようで。まあ、別に学校でも見られるからいいか。
「ああ、愛佳。先に行っていてくれないか。――すぐに追いつく」
「そうかい。家に帰るから、終わったらおいで」
要件を聞かずにさっさと行くと、その後ろからひなつくんが着いてくる。気配からして、白夜は凛音の方に行ったようだ。まあ、今から帰る家には他の【五陀】がいるから、正しい選択なのだろう。いくら親しそうに話をしているとはいえ、友好関係から家族構成も雪月の二人は知っている。いきなり出てきた樋代愛佳の友人を、逆に訝しむことだろう。情報にはなかった、と。調べるためなら、自分は疑われていないのだと思われている今が、丁度いい機会だ。媚を売る信者と勘違いされなければいいけど。
「ところでひなつくん」
「――なんでしょう?」
「あ、ところで、っていうのは気にしないでね。なんとなくだから」
顔に書いてあるよ。何がところでなんだ、と。
「君、何か言いたいことがあるんじゃないのかい?」
「…………」
「言いたまえ。ちゃんと発言しろ。今までのリリス・サイナーのように、発言権がどうとか言わないからさあ」
許可を貰っても尚、彼は躊躇っている。敬意はないくせに立場はちゃんと理解しているから、とても厄介だ。その厄介さが気に入ったんだけどさ。
彼は口を開く。
「――死にたいと、思われているのですか?」
ああ、そういうことか。
「さっきの話を聞いていたんだね」
「申し訳ありません」
「咎めているつもりはないんだけどね。別にいいさ。――うん。死にたいね、そうだね」
「…………どうして、」死にたいんですか?
言い切れない彼は、とても臆病だ。
「死んでみたいんだ」
「それだけで、死ぬんですか?」
彼の目が、大きく開いた。響いてしまった大きな音に、何事かとまわりが振り向くが、殺し合いだと思ったのか、すぐに興味をなくしたように目を逸らす。殺し合いなんて、この世界では日常茶飯事だからね。
「か、っ」
「喋らないの?――ああ、喋れないもんね」
「――!」
喋れないよね、そりゃあ、私に首を絞められているから。
「ひなつくん。槍と呼ばれる道具が。君は私を守護する側にある。決して誰かに守護される側ではない。いいかい、私より年上のくせに、臆病で素敵な君。君一人の価値観で、誰かの願いを愚弄するのはよくないよ。ああ、よくないと、思っている私がいるよ」
「…………」
「愚弄、していないと、な。君はそう思っている。でも、今の私の返答にそう返したのは、確かに嘲笑っていたよ。君、それはいいが、身を弁えてほしいね。私を愚弄していないと、思っているんだろうけど。そう思っている君が、私の目の前で苦しんでいる。ああ、どうだろうか、この光景は。喜ぶべきだと、天使も悪魔もいないのに、囁かれている私がいる。新しい人格でも出来てしまったんだろうか。いやいや、別に例えそうでもどうでもいいんだけどもね。まあ、つまり、その、なんだ――――死んでくれないか」
「……ひゅ」
彼の首から手を離した。私が蹴った頬が少し赤くなっている。それで、彼の体重を利用し、道路で座らせることになった。腹に乗っているため、首を絞められていた時、余計に息ができなかっただろうに。それでも、彼は私を睨みつけることはない。
国や規則に従順。それに疑問を持たないことは、この世界で上手く生きるのにとても大切なことだ。もし、それが演技だとしても、そう演技しきってばれなかったのなら、それでいい。
でも、私はそれが大っ嫌いだ。
嫌いで嫌いで仕方なくて、例えばそれが今後自身の手足になる人間でも。
私と一緒に殺したくなるんだ。
ああ、君って私のことを崇拝している信者の一人だったけ?
結局【五陀】も普通の信者と同じだからね。
なら、ねえ、君――憎んでも憎まれても恋しても愛してもいないし殺意もないしそもそも嫌悪すらされていない私と――心中、してみる?
「いひひひひ、ひひひ! ……………………まあ、嫌なんだろうけどさ」
彼の腹の上から退く。これ以上同じ場所に留まると、金目であることがばれてしまうために、本当に信者から、彼が殺されてしまう。
赤く跡のついた首に手を当てながら、慌てて着いてくる彼。歩みを止め、彼が隣に来るまで待つ。主人と並ぶわけにはいかないのか、一歩後ろで止まった時はちょっとしたお茶目で殴りそうになった。あはは。無理矢理に隣で歩かせる。
「――そろそろ、首も痛くなくなってきたかな」
「はい……。すみませんでした」
「いやいや、別にいいさ。それより、聞きたいことはもう以上かな」
「あ、の。――その、自殺、するんですか?」
「うん?」
自殺とな。そこらへんで見つけた刃物で首切って死んでもいいしこっちに向かってくる車の前に突っ込んでもいいし手首ちょん切ってもいいし舌を噛み切って死んでもいいしいろいろ方法はあるしいろいろ考えたりもしたんだよね。でもでも、リリスがそんなに簡単に死なせてくれるとは思っていないんだ。ここですぐに死のうものなら、行動を制限されるかもしれない。死は、私へのゲーム勝利の賞品だからね。
「まあ、いろいろあって今はしないんだ。――それに、もうすぐしたら殺してくれる人がいるからね」
本当は人じゃなくて神だけどね。しかも最高神。
「そう、ですか。では、早く殺されるといいですね」
「うん?――おや、君は止めるものだと思っていたけども」
「人のためだと、その人の所為にして喚くのは嫌いなんです。もし冗談で言っていたのならば怒りがあったのかもしれませんが、若君はそうではなさそうなので……」
「ふむ。一理あるねえ。確かに、ね。……ところで、名前」
「白夜に名前のことを言われていらしたので。駄目でしょうか……」
「いや、別にいいけどね。それにしても、白夜と仲がいいようだけど」
「同じ雪月ですからね。勿論、〝二つの槍〟として教育も一緒でしたので。自然に幼馴染になりますし」
「そっかあ。でも他の【五陀】とは仲良くないんだねえ?」
「自分が気に入られたい一心ですからね。一番護衛に優先される〝二つの槍〟は気に入らないのでしょう」
「まあ、それが当たり前だね。でも、できるだけ仲良くしなよ」
心底どうでもいいが、うわべだけそう言っておく。彼もうわべだけ了解したように笑った。




