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心残り


 不安そうに揺れるその黒目。ずっと見てきたそれを、間違えるわけがない。

 目も鼻も口も首も顔を輪郭も髪も背も声も何もかも変わらない。まったく、同じ。



「サクラ……?」



 もう一度呼ばれた名前。サクラ。そう、私の名前はアオイサクラ。

 樋代愛佳ではなく、勿論リリス・サイナーでもなく。

 青井(アオイ)朔良(サクラ)。それが、私の、本当の、名前。

 その名前を知っているのは、この世界でただ一人。

 転生した、自分の親友のみ。



「は、ははっ。いや、いやね、君。ええと、君は、――チルハ? アカオチルハ?」

「ああ、そうだ」



 いやいやいや、まさかあ。

 笑い飛ばしたいけど、視線が痛いね! 主に何故か白夜の視線が。


 あの娯楽主義リリス・サイナーのことだ。ゲームを無意味に難しくしないだろうと思っていた。リリス・サイナーの地位、【五陀】という監視がいる分、どこかで簡単なヒントが落ちているのだろう、と。だが、まさか外見とは。しかもチルハも私も同じ。そんなの、すぐに見つかるに決まっている。……いや、逆にそれが狙いなのか? 裏をかく、ということか? どちらにせよ、これは予想外だ。


 そもそも、外見が同じで本物かと問われれば、違うと言えなくなる。それを利用した偽物(フェイク)かもしれない。知識と記憶と外見を模した、白き神のお人形かもしれない。だが、そうやって考えると、目の前にいるアカオチルハ全てが本物じゃなくなる。



「うーん……成程ねえ。まあ取り敢えず、勝利させてもらおうかなー?」

「ん? つまり、お前はサクラで合っているんだな?」

「そうだね。ちなみに、今の私の名前は樋代愛佳だ。君の名は?」

「川島凛音だ。――改めて宜しくな、愛佳」

「ああ……」



 返事したように思わせて、その裏で濁す。

 だって、宜しくするつもりはない。嫌いだからというわけではなく、もうゲームに勝ったも同然だから、私はもうすぐ死ぬんだ。それなのに、宜しくする理由がないから。

 きっと、この子は知らないんだろう。私が今、死ぬために生きていることを。



「それにしても、君はリリス・サイナーについて調べていると聞いたけど」

「ああ。自我のある神ならゲームにも癖があると思ってな」

「成程、ね」



 いくら真っ直ぐすぎるチルハ――凛音でも、ただ走り回って探すような真似はしない、か。この世界では愚かと思われる性格でも、馬鹿ではなかったようだ。

 じゃあ、やろうか。そう言って凛音を後ろに向かせる。背中に人差し指を当て、小さくゲーム終了、と言う。指先がぽう、と光り、凛音の背を一瞬だけ青く染める。


 ――時間が、なくなる。


 何かを話そうと口を開いた女の子が動かなくなった。

 お菓子を買おうと思っていた女子高生の姿が固まった。

 新聞を広げている大人が止まった。

 子供を抱き上げている女性の表情が消えた。

 今。人を殺そうとしている男性の手が、子供を打とうとした親の手も、何かから逃げようと走り出した人さえ、――全てがなくなる。


 こんな短時間で見える、当たり前の狂気。

 ああ、気持悪い。


 凛音が動き始めしたのは一分後だった。

 凛音が動き始めるとそれと同時に、周りの時間も動き出す。勝利のサイン(ヴィンコラーレ)をすると、一定の時間が止まり、対象と周りの動きを拘束する。それが解けたということは、もうそれを受理した、ということだ。



「凛音、おい、チルハ?」

 ボーッとしている彼女を呼べば、やっと我に返ったようだ。

「――今、何が起こった?」

「おや、異常が分かるのかい? 今君にヴィンコラーレを刻んだ。きっとゲームの参加者のみ分かるようになっているんだろうねえ」

「ああ、そうだったか。それならば愛佳、わたしも背を借りるぞ」

「はいはい、どうぞ」



 許可を確認してから私の後ろに行く。揺れるツインテールを目にして、それから。

 ――全てが歪む。

 酷い眩暈と言ったら分かるだろうか。視界がレンズを通したようになり、思わず少し頭を俯かせてしまう。


 この世では言ったものだ。

 時間に酔う、と。


 ぱ、と霧が晴れたように視界がよくなった。驚いたことにこの私が気付かなかったが、目の前に凛音の顔がドアップである。ぺち、と相手の頬を叩くと向かいのイスに座り、ありがとう、と笑顔で言ってきた。



「何が?」

「いや、背を貸してくれて、という意味でだな」

「ゲームなんだから気にしなくていいじゃないか。私は気にしていない」

「お前はゲームじゃなくても気にしないだろうが……」



 まったく、その通りだけれども。何だ、その呆れの視線は。私だって君のその天然だかボケだが馬鹿だか分かんないけど、真っすぐすぎる性格に振り回されていたりするんだよ?……本当かどうかはウェブで、ってやつだ。

 まあ、それは置いといて。

 私は死ぬためのこのゲームに参加したけども。どうした凛音は参加したんだろうか? あの神のことだから、景品名目で願いでも叶えてやると言ったのだろうか。

 でも、それは。



「…………凛音」

「なんだ?」

「君は何のためにゲームに参加したの?」

「――――」



 彼女の顔が強張った。感情が出やすいから、そういった表情は、感情を読むのが得意な私としては口で教えているようなものだ。この世界では命取りとなりやすいが、これはこれで今、凄く好都合。

 凛音が、何の願望を持とうが私には関係ない。それを叶えるために私を殺そうが自己犠牲に走ろうがどうでもいい。凄く、どうでもいい。だが、止めたい。願いを持つのは人間らしくていいが、あのクソ神に頼むのはおすすめできない。代償とか言って目を取られるかもしれない。実は期間があるんだとか言って、唐突にそれが終わるかもしれない。悪いがもう一つのゲームにも参加してもらおうと言ってくるかもしれない。これ、全部が過言じゃないから、実に憎たらしいよ。やりそうだからぶん殴りたいね。



「凛音、私は別に願い自体にどうこう言うつもりはない。ただ、アレはやめておいた方がいい。絶対遊んだ後に捨てられるよ」

「なんだ、そのチャラ男に引っかかった親友の相談後の言葉のようなものは」

「…………おや、確かに」

「偶然か……。まあ、それはいい。――確かに、リリス・サイナーに願うのは正気の沙汰ではないだろう。命をかけたゲームをしても、本当に叶えてくれはしないかもしれない。dが……どうしても、叶えたいことなんだ」



 その声音は震えていて、しかし目は不安そうにこちらを見ていて。まるでその許可をくれないか、と猫が飼い主の言葉を待つようだった。勿論、凛音とはそんな主従関係ではないが、彼女は優しすぎる性格だ。何がなんでも、認めてほしいと思うだろう。熱弁してくるかもしれない。それは面倒だ。



「別に、君にその覚悟があるならそれでいいじゃないか。私は何も言わないさ」

「そう、か。それならよかった」

「そもそも、私の許可を取るまででもないだろうに」

「だが、反対されるのも嫌いだ」

「そうかい」

 やっぱり、と思った。予想通りだ。

「ところで凛音。――白夜も。――あ、ひなつくんも、君、大丈夫かい?」

「は、はい」

「おお。ハーレムできてる」

「愛佳、知り合いじゃないのは? 助けてやらないでいいのか?」

 美人集まりのハーレムに囲まれるひなつくんを指で示したのは、凛音と白夜だ。

「ああ、もう移動しようか。ここに用がなくなってしまったからね」

「うん?……どっかよんのかよ?」

「うーん、どこにしようか」



 今すぐ家に帰るのは時間があまりすぎて暇だ。だが、寄るにも白夜の言うとおりどこに寄ろうか。ここでは人が集まるのを狙って来たからいいけど、下手なところ選んで騒がれるのはもう嫌だ。



「あー、」

 じゃあ。

「学校行こうよ、学校」

 少しの沈黙。

「――は?」と凛音。

「――え?」とひなつくん。

「おう、いいじゃん」と白夜。



 喜んで同意をくれたのは、残念ながら白夜だけだった。凛音は何かに諦めたように呆れたように一回溜息を吐くだけで、何も言わない。ひなつくんは疲れていながらも浮かべていた笑顔が固まっただけだ。面白い反応はしてくれない。なんだ、つまらない。



「君ら【五陀】も、明後日あたりに転入してくるだろう? ついでに中を見て行けばいい」

「それでは、合流いたしますか?」

「いいや、このメンツで行こう。あまり大人数も好きではないからね。――あ、白夜会計しといてくれないかい」

「ほいほい」


 こうして、これから愛神中学校に行くことにした。

 目的は勿論、忌々しいあのリリス像だ。



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