4
我が愛神市の中央公民館は、とてつもなく大きい。実は役所より大きかったりする。
円の字の形をした中央公民館は、半分が外に解放されている一番奥の大広間と、歴史ある図書でほとんどが埋め尽くされている。大広間も外に解放されていない広間も一つあり、よく小さな祭りに使われていた。
ちなみに、大広間の解放の意味は、誰でも入れると意味ではない。壁がボタンで動く仕組みになっており、半分が室内で半分が室外になるように出来る、ということだ。
そんな中央公民館の中の図書館。図書室ではなく図書館というところが大事。その図書館には、まだ世界がチキュウだった頃の歴史から、今の現状を把握できる五大神の歴史まで置いてある。前なら別にいらないんじゃないかとか、無駄にお金をかけて何かしたいんだとか思っていたけれど、予想外にも使える場があったなんて。
それにして、背中からビシビシ来る視線が痛いなー。
言いたいことがあるなら、ハッキリ言えばいいのに。
「雪月の二人は、どうも口数が少ないのだろうか?」
「は? ……なんでだ?」
「どうも居心地が悪くてね。何か言いたいことがあるのかい、槍ども?」
生あるものではなく、道具の槍と呼ぶと、二人の目つきが険しくなった。勿論、それは表立ってはいないが、心の中では殺気立っていることだろう。自己紹介した時、本来この世界で、誇りあるべき雪月の名前と〝二つの槍〟と口にして、この二人は無感動だった。金目を持つリリス・サイナーである私に崇拝どころか敬意すらもない。まるで、チキュウだった頃の当たり前の常識。ああ、なんて面白いんだろう。どうやら、この常識を思っているのは、僕だけではなかったようで。
そう思って私が槍と称した二人に、ニコリと笑う。さぞかし極悪人の顔に見えたことだろう。まあ、自分が善人だとも凡人だとも思っていないが。
口を出したのは、ひなつくんのほうだった。
「――まだリリス・サイナーのことは公表していません。なので、私たちは普通にお供していいものだと、思い」
「ああ、成程ね。でも、考えたまえ。普通にお供、していないと、さ。公民館を出たあとにすぐに出てくるだろう、君たちは。あまり意味はないと思うんだ」
「お望みなら帰りも、そうさせていただきますが」
「結構だ。コソコソするのもされるのも嫌いでね」
「さいですか」
普通ではないお供の仕方。言わば隠密行動。全てを口に出したなら数えきれないが、いろいろ方法はある。
天井通路から見張ることもあれば、サイナーで姿を消して自身をないものとすることもあり。また、変相し一般人に紛れて護衛することも。万能である【五陀】なら、命令すればすぐにそうするだろう。だが、公民館で目立っても悪いことではない。むしろその目立ち方を利用して、情報を得ようと思っているのだ。
「まあ、すぐに分かるさ」
「……何を企んでいるんだか」
「酷いね、白夜。――別に企むってほどでもないしね……」
最期の言葉に白夜が何か言おうとしたけど、その前に公民館の中に入って遮らせる。
自分でわざわざ何も言うわけでもなく、公民館の中に入れば、愛神の住民がざわめく。
当たり前と思えば、当たり前だろう。
私は五校の中でも、リリス・サイナー像がある愛神市の中心、愛神中学校の制服を着ていて、しかも崇拝の金目を持っている。神の最高傑作と呼ばれた美貌も伊達じゃない。
そんな私がいるだけで場が変わるのに、今日は私だけじゃない。
後ろの二人。
見目がいいだけじゃない。忌み色と祝福を持つ銀髪もいれば、本物の祝福の子もいる。
騒がしいどころの話じゃない。祝福の子さえ、会えればいいと言うくらいなのに。金目の私もここにいる。
その騒がしさを、私は利用するのだ。
人が集まるところには、情報も集まる。
敵を知り己を知れば、百戦危うからずとはよく言ったものだ。
高齢のものがいれば、ここの本にもないことも知っているかもしれない。
調べるのは、今までリリス・サイナーが使ってきた力の全て。
そして、リリス・サイナーの娯楽の全ても。
折角貰った力は、挑発行為だとしても利用してやろうと思って。今までやってきた娯楽も、きっと今の娯楽であるこの親友探しのゲームも、理由は楽しみたいからというものだろう。だが、何かヒントがあるかもしれない。まずは情報。次にそれを確かめること。最後に行動だ。
狂った世界を嫌悪していても、利用できるなら利用してやろう。
そして死ねることが確定した時には、協力してくれたお前らをマトモにしろと、あの神に頼んでやろうじゃないか。頼んで本当にやってくれるかどうかは別だけど。
まあ、情報を貰うのは後だ。
今は、この愛神市の歴史全体を学びたい。
集まってくるリリス信者を軽く追っ払い、図書館へ行く。
一階の屋上の壁だけを撤去して、一階と二階と繋がった広い空間が、ここの図書館だ。
一階には本を読むスペースが三分の一を取り、あとは貸出の受付と本で埋もれている。一階にある本は、ここの世界の歴史や文学、大人向けのもの。
階段を上って二階にあるのが小説や古い有名作家の漫画などの物語と、学校で習うような学習用の本だ。そこに、私の目的である愛神市の歴史がある。
入った瞬間、静かな部屋がざわついたことをちゃんと確認し、すぐに二階へ向かう。ざわめきの高さはイコールして人数の多さだから、……予想よりも、人がいたな。
二階の歴史スペースに入った時、着いてくる二人に気付き振り返る。護衛だから傍にいるのは当たり前だが、私が本を見ている間は暇だろう。
「君たちも何か読むといい。結構に時間がかかるよ。――あ、リリス・サイナーについて詳しくかかれてるいい本があったら持ってきてね」
「いえ、仕事中にそれは出来ませんよ。命令してくれたなら、すぐに持ってきますが」
「お前面倒くせーな。そう言やいいのによ」
気遣ったらすぐに面倒くさい人に思われるとは、どういうことだ。
あれか。私はそんな紛らわしいやつに見えるか。酷いな。本当に命令なら普通に言うさ。遠慮なく、ね。
「あくまでもついでだ。命令ならそんな面倒な言い方もしない。ほれ、行け」
「それもあくまで命令形なだけか?」
「そうそう。周りでボーッとされているだけっていうのも嫌だしね」
図書館ではお静かに、とかかれている張り紙を指さして、言う。日頃は無視していても。これを主君に見られて無視して話をするなんでことはできない。よって、結局は暇になるのだ。雪月の二人はそれぞれ違う方向に向かっていった。白夜は漫画の方に、ひなつは私とは違う方向の歴史の本が置いてあるところに。……ひなつくんや、仕事じゃないと言っているだろうに。
「まったく……」
呟いてから、何個か本を見繕う。三冊ほど取って、そこから一番違いイスに座った。
さて、この中からどれだけ役に立つ情報が得られるか。リリス・サイナーを信仰しているこの世界じゃ、情報なんていろんなところで巡りに巡って、一つあればいい方だろうけど。基本しか載ってないやつには学べないだろうなあ。
一冊目の本を開く。
歴史の基本の基本。地球温暖化での〝神の敢行〟と、サイナー現象で起きた、チキュウとは違うところがたくさん書かれている。
――二千五十七年。
今までほったらかしにしていた環境問題が、とうとう爆発した。
今まで熱くなるだけだと思われていた気温は、土の中から発生した異常な熱気によって覆される。何かの反応したように、それは怒った。
肌が焼けるような苦しみと、実際に死んでいった人口の半分。そして、混同してしまった全ての土地。植物が焼けた、災害の跡。まるで世界全体に大きな火を巻かれたように。
土さえ焼けてしまって、海が枯れかけた。そんな中で起こった土地の混合。土が焼けてしまった所為で、ニホンの土地は隣の国と混同してしまった。勿論、それはニホンとその国だけの問題ではない。チキュウ全体の土地が、混同してしまったのだ。新しい土地をどうやって振り分けるか。土地は確実に大きくなったというのに、そのままにするのか。さまざまな意見が飛び交った。
落ち着き始めたのは、その半年後。
そして、落ち着き始めたその二千五十七年から、二千五十八年に入る間の期間。
その時に起こったのが、〝サイナー現象〟だ。
一番初めにサイナーとなったのが、その代の雪月だと言われている。
突如生まれ始めた超能力者に、世界はただ茫然するばかり。
ボーッとしている間に、そうじゃないととおかしいと思われるくらいに、サイナーが蔓延った。第四元素の力が基本に、神に直接加護を貰うサイナーまで。
サイナーが出てきた原因はいろいろと考えられているが、一番有力なのが天界から降りてきた五大神の神気を受けたが故というもの。五大神の強大な力に中てられ人類も力を得たのだと。今まで神が傍観していたのは、それが原因だと信者が語っている。
元から信仰心などほとんどなかったニホンの人でも、こうまで狂って信仰し始めたのは力に酔ったからだと私は考えている。矛盾しているところもある。神を信仰して、神は願いを叶えてくれるいい神だと思っている癖に、物欲はとまらないのだ。聖者にならないのは、きっとリリス・サイナーの本性を勘で分かっているのか。それともただ自分のいいように思っているだけなのか。
そうやって出来た超能力者にサイナーという名前がつけば、数が圧倒的に少なくなった無能力者はラインとつけられた。その意味は「向こう側の者」。きっとラインを蔑んでいるこの世界の人たちが、自分らとは違う存在という意味でつけたのだろう。
そのラインにはこの世界で純血と呼ばれる人間に多くある。純血は黒髪黒目のことで、サイナーが生まれたことで色彩変化が起きたと思っている人たちは、影響を受けてない黒だとなっているのだ。たまに例外もいるが。
ラインと赤目を持った忌み子だけが侮蔑の対象ではない。赤と金の歪なオッドアイを持つと言われる〝原罪の子〟と言われる人もいる。何でもその〝原罪の子〟は、忌み子が忌むべき者だと思われるようになった原罪だとか。金色は神が持っている目がゆえに忌まわしいなどと思わなかったようだが、もう片方の赤目が禍々しいんだと。それも全て、最初の〝原罪の子〟が子供を三十人前後虐殺したから。人を殺すのを躊躇わない世界でも、自分が殺されるのが嫌だから、殺したのが子供でもそうじゃなくても関係なく、ただ虐殺犯が怖いだけ。忌むのではなく、恐れているのが実際だ。
だが、この世界が神を信仰しているのに対し、まるで聖者がいない矛盾。それの原因は、二千五十七年〝神の敢行〟の時に、自分達の先祖が影響を受けた神気が関わっていると私は考えた。この世界が中途半端なのも、その神気が中途半端に人類の支配を貪っているから。だから、この世界にも信者はいるが、この世界がおかしいと狂っていると気付く、私のような例外――〝反女王派〟がある。
私は〝反女王派〟に入っているわけではないが、世界の女王――つまりはリリス・サイナーの信仰することを疑っている人間と神がいる。指揮をしているのは〝陰〟を司る神レイメル・オーギュストの下に在る、〝狐〟を司る神ディエニーゴ・コンテンデレ。特徴は青い唐傘に顔を隠した狐の面。狐を司ると化かす力を得られるために、未だ逃げ続けている。詳細は不明。
狐面はともかく、青い唐傘は対立している証だ。
リリス・サイナーに選ばれた者は、【五陀】を傍に置くことと、神器である赤い唐傘を常備することが義務付けられる。勿論断れることは可能だが、未だ断ったものはいない。それもそうだ。リリス・サイナーが赤い唐傘を持つのは、忌み子に対する慈悲を意味するのだ。その慈悲は形だけのものだが、それを拒否するということは忌み子を拒否するということだ。そうなると、優しき慈悲深いリリス・サイナーの像が崩れてしまう。リリス・サイナーの信者に反感を買うこともある。赤い唐傘は、言ってしまえば信仰の象徴。それを対する青い唐傘を持つことで、ディエニーゴ・コンテンデレは明らかな敵対心を持っていることが分かる。
チキュウだった頃から、随分と変わった。
それは勿論、人でも文化でも同じことだ。
見るものすべて、使うものすべて、違う。
比べればハッキリとする壊れ方。
昔は皆、苗字を持っていた。今苗字を持っているのは、愛神市の住人だけ。
昔は皆、黒髪黒目だった。純血なんて言われないで、ラインだと思われずに蔑まれることもなかった。珍しく茶髪がいるくらいで、今の状態なんてありえない。
――ああ、不快だ。
――壊れた世界も、狂った人間も。
――僕も。
――全部が全部、消えてしまえばいいのに。




