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昨日更新できてなくてごめんなさい(汗)
影のない白い空間で、自分を白き神と名乗った最高神がいた。
自分は〝異〟を司る神、リリス・サイナーだと。
そんな神は聞いたことがないと笑い飛ばしたのを覚えている。
でも、冗談では終わらせてくれなかった。
この世界がまだチキュウと呼ばれていた時代。
その時代に、私は確かに生きていた。
同じ容姿と同じ声と同じ性格同じ家族構成で。
唯一違うのは、名前。
前世の名前はアオイサクラで、今の名前は樋代愛佳。似てない。
思い出した記憶の中に、私の親友の名前が出ていた。
覚えている。今も、名前は同じだろうか。
チルハ。アカオ、チルハ。――どこにいるんだろうか。
思って、自嘲する。
それをすることが、今からの自分の役目だと言うのに。
一体、誰に問おうとしたのだと。
白き神は言った。
「ゲームをしよう」と。
死にたい死にたいと、喚いている私を目の前にして、呑気に。
「ゲームに勝てば、お前を殺してやらんこともないぞ」
やっと死ねるところを横から邪魔したくせに、なんて偉そうなんだ。
「ルールは簡単だ」
そいつはニヤリと笑う。
「お前曰く〝腐りきったセカイ〟である〝チキュウ〟。それから千年後の世界〈イル・モンド・ディ・ニエンテ〉で新しい姿をやろう」
頼んでない。言いたいのに口は開かなかった。
「転生したお前の親友――――赤尾チルハを見つけろ」
ふざけるな。アイツを巻き込むんじゃない。
「期限はお前が気づいてから一ヶ月。精々頑張りたまえ」
そして私は――――――――――――思い出した。
唐突、という表現は合っていない。
あの、桜に囲まれたリリス像の前で思い出すことは、リリス・サイナーに仕組まれた必然。
思い出すのが当たり前だと、土地の神が命じられたのだ。
ゲーム。内容は親友探し。
ヒントは今のところ一切ない。だが、あの意地の悪い神なら、分かりやすいヒントをそこらへんに転がしているんだろう。
勝敗のサインは、自分の力を使って、対象の動きを少しの間封じることで刻まれる。
声をかけるのには知り合いにならないと難しいし、また力を使っても怪しまれないように行動に制限をかけるのはまた更に難しい。
そもそも、私の親友は記憶があるのだろうか?
……まあ、いい。
それよりも、どうやって探すか、だ。
自身の目を使って、戸籍を全て見させてもらうか?
何日かかることか。人口がどれだけあると思っているのか。
それに、いくら神の目を持っているからと言って、信仰心が薄い人間もいないわけではないから、拒否されたならそこで終わりだ。
ああ、こういう時、何かサイナーがあれば役に立ったのに。
ずっと知り合いを騙してきて、自分がラインであることを知っているのは家族のみだ。
兄である蜜音に頼るのはいいが、シスコンが強まってくれるのはとても頂けない。
そもそも。そうだ、これはそもそも、私と神のゲームであって、家族が介入するべきものではない。そういうことに、しておこう。
それなら、どうするか。期限は一ヶ月だと、あの神は言っていた。
当てもなくフラフラしていても、そう簡単に見つかるはずがない。
あの神を少しも信用しないなら、私をゲームに勝たせないように、嘘を言っている可能性も疑える。そんな性格だから、ゲームもかなり至難なものにしているはず。
まあこれも全て、憶測にすぎないが。それでも、死にたがりの私をわざわざ生かせたくらいだから、それはいい性格をしているだろう。いい意味ではない、勿論。
そして今、私は治療室を出る準備をしているわけなのだけれども。
ドアを開けたら、私の両親が既にスタンバイ。
早く帰りたいのは分かるが、どうも態度に出すぎだと思うんだ。
「愛ちゃん、もう具合はいいのね?」
疑問符がついてはいるが、有無を言わせない声音で言ったのが、私の母――樋代弓佳。
私と同じ橙色の髪を後ろで一つに纏め、青と群青の間の綺麗なブルーの目。
青色の目はこの世界で祝福の子と言われ、世界に祝福される。金色の神の目とは違い崇拝はされないが、それなりにどこでも優遇され、まず嫌われることはない。
ちなみに、正反対の赤は忌みの色。赤色の目を持つ者は忌み子と呼ばれ、蔑まれる。それの色を持つと、生んですぐに殺されるのは普通だと、この世界ではそうなっているのだ。
目の色がどうとか、結局、運なんだろうけどねえ。
「まだ具合が悪いなら、入院してもいいんだぞ」
それは大袈裟だね、パパン。
母である弓佳とは違い、優しい声で言ったのは、私の父である樋代藤次郎。
煌めくブロンドの髪に、紫水晶の目。この世界では珍しくない二色。細身である蜜音と私を生んでおきながら、鍛えられた体は彫刻のようだと、慕っている彼の部下が言っていた。
「どうせ入院しても変わらない。ここはサイナー治療室だからね」
それに、家に帰れば蜜音がいる。私の兄が力を使えば、疲労くらいすぐに消えるさ。
そこまで言うと、近くに来た笑顔のナースと共に、診察室に行く。昨日、越智くんから伝えられていたこと。話があるとの報告。一体、何の用事なのやら。
祝福の子であり、しかし樋代家の私たちに笑顔で媚を売るその人にうんざりしながらも、てきとうに対応した。何、サイナーの医療関係となると、そういう仕事をしている弓佳の知り合いでもあるのだ。追っ払うなんてことはしない。
医師のいる診察室へ入ると、初老の男が中で待っていた。
その医師は私の金目と弓佳の碧眼を見て、藤次郎を見ずに招き入れた。用意されていたイスに座る。
同じ男として、同じこの世界の住人として、私と弓佳の傍にいる藤次郎は、あまり好まないのだろう。
医師は、私たちをここまで案内してきたナースに声をかけると、そのナースは何を言われてか部屋から出て、早足でどこかに行ってしまった。聴覚のいい私の耳に、少し騒がしい足音が聞こえたのだ。
「それで今日、お話と言うのは?」
藤次郎に話しかけられた医師は、ニコリと営業スマイルを浮かべる。
「ええ、それのことなんですか。もうすぐ人が来ますので、もう少々お待ちいただけないかと」
その言葉は、問いかけた藤次郎ではなく、私にかけられたものだった。
初めからこの医師は、一般人には興味がないらしい。
だが、一般人と言うと藤次郎が普通の人のようでおかしいので、補足しておく。つまりこの男は、約束された地位のないもの、碧眼か私の金目を持っていない限り、興味がないのだ。
こういった人間は多い。碧眼の祝福の子も少ない訳ではないので、どうせ相手にするのならそっちの方がいいと思っている。基本、この世界の人間は自分以外を見下している傾向があるから。
少々の言葉の通り、その来るべき人はすぐに姿を現した。
人数は五人。あまり私と歳の変わらない男子のみ。だが、全員が私よりは年上だ。
そして皆、愛神市の五校の制服を着ていた。
愛神市には、小学校が十校、中学校が五校しかない。
中学校の五校は、愛神市の五校と呼ばれ。それぞれ五大神の像が置かれており、その学校ではその像の神に加護が与えられると言われてきた。
愛神と呼ばれている愛神市の真ん中にある学校は、最高神リリス・サイナーの像が置かれ。
光西歌と呼ばれている愛神市の西側にある学校には、陽を司る神アレイル・レートシンスの像が置かれており。
陰東都と呼ばれている愛神市の東側にある学校には、陰を司る神レイメル・オーギュストの像があって。
癒北子と呼ばれている愛神市の北側にある学校には、癒を司る神コンライト・アモーレの像があり。
死南院と呼ばれた愛神市の南側にある学校には、死を司る神セプリアドゥー・ドゥーウェンの像がある。
そんな有名校の制服を着た少年たちの顔は、どこか強張っている。
二人ほど例外がいて、その例外がまた面白いのだけれども。
一人は珍しい銀髪の持ち主で、目が青と赤のオッドアイ。右が赤で左が青。真逆の青と赤。祝福される空色と、蔑まれる忌み色。オッドアイの中でも、この両目を持つのは珍しい。左耳にマリンブルーのピアスをつけており、大人びた見目のいい顔立ちと似合い、落ち着いた雰囲気と獣のような危うさがあり、惹かれる。
もう一人は、少し長めの黒髪に、青色の目を持つ祝福の子だ。襟足の一部を長く伸ばして、他を切ったそのウルフカットの少年は、まったく緊張してない様子である。中性的な顔立ちだが、どちらかというと男性的な綺麗さがあり、品もある。銀髪のように危うさはないが、冷徹そうな目元が私的には素敵だと思う。右目下の泣きボクロがセクシー。
「初めまして、若君。このような場所で馳せ参じることをお許しください」
そう言ったのは、例外の黒髪のほうだ。
別にいいけど君、ここは誇りある国が認めた愛神市の病院だよ。それをこのような場所と言うのだから、それなりに高い地位にでもいるのだろうか。プライドの高いであろう初老の医師も、それを当たり前のように頷いているし。
取り敢えず、と声を出したのは弓佳だ。
「貴女たちは誰?」
「愛佳、知り合いか?」
弓佳の視線と、藤次郎の問いに首を横に振る。
一度でも会っているならば、完全記憶能力を持つ私が忘れるはずがない。でも、見目のいいこの五人を、私は会ったこともなければ見たこともない。
黒髪の少年はそう答えるのを分かっていてか、私の答えに驚いてはいなかった。
「それもそうでしょう。若君と私たちが会うのはこれが初めてです」
「では、何かね、黒髪くん。私は気が長くない。さっさと要件を言いたまえ」
前フリだけ長いんだよ。私は君らの名前さえ知らないというのに。
そう言うと、黒髪くんは静かに頭を下げた。
その時、一瞬見えた表情。――何の感情もない、無表情だった。
これはまた、珍しい。
私の金目を前にすると、大体この世界の人は緊張してしまうのに。
それに対してこの少年は、私の言葉に頭を下げる〝動作〟をした、という感じだ。感情が見えない。金目に会えた喜びでもなく、自分以外を見下す嫌な目もしていないというのに。どうしてだろうか。むしろ、少し嫌悪が混じっていたようだった。
「――私は雪月ひなつと言います。雪月家次期当主であり、今代の〝二つの槍〟に任命されました。どうぞ、よろしくお願いします」
雪月。それは、四家の苗字ではなかったか。
しかも、今代の〝二つの槍〟。〝二つの槍〟とは、国宝でありサイナーの力が込められた道具――神器の槍の使い手である。
その使い手たちは、常に完璧ではならない。
五大神の内の二柱、癒しの神コンライト・アモーレと死神セプリアドゥー・ドゥーウェンがそれぞれに込めた神器の使い手は、常に完璧だ。神童と呼ばれるほどの天才的な才能を持っていないと使えないその二つある槍。それの使い手を、国は〝二つの槍〟と言い、宝とすることにした。
その話は知っている。この世界に生きていれば、自然に学ぶものだ。
だが、宜しくとはどういう意味なんだろうね?
――そう。
「まるで、私はリリス・サイナーのようじゃないか?」
何たって〝二つの槍〟と四家は、リリス・サイナーの加護者の配下なのだから。
宜しくとは、まるで、そういう意味じゃないか。
そしてその少年は、それが当たり前だという表情で。
「ええ、そうですよ。――若君が、今代のリリス・サイナーです」と言った。
予定変更で、ひなつくん改め【五陀】の雪月、ここに登場




