言葉の贈り物
これは妖精たちの住まう国、フェアリー国のお話です。
鬱蒼と茂る針葉樹の森を抜けると、そこには小人たちが村を作って暮らしていました。
ふとっちょさんや、メガネ君、ブロンドの美しい髪の可愛い女の子もいます。
そんな小人たちが、今とっても夢中になっていることがあります。
それは、『言葉の贈り物』でした。
虹色の風船に手紙をつけて、大切な人に言葉を届けるのです。
真っ青な空に浮かぶ虹色の風船がふわりと、ふとっちょさんの手の中に降りてきました。
「うわーい、やったあ! リズからの手紙だ」
ふとっちょさんの笑顔を見届けると、虹色の風船はシャボン玉のように消えてしまいました。
『お仕事大変だけど がんばって!』
最近仕事が大変で、とっても疲れていたふとっちょさんですが、友達のリズから『言葉の贈り物』を貰ってとっても元気になったのでした。
そんな小人たちの様子を、茂みの陰からこっそりと見ていたコリンズは面白くありません。みんなに意地悪ばかりしてまわるコリンズには、誰も『言葉の贈り物』をくれなかったからです。
「ふん、なんだい、あんなの。みんなで慣れ合っているだけじゃないか! 馬鹿みたい」
コリンズは足元の石ころを蹴飛ばしました。
その後ろで、ミドルが寂しそうに空を見上げました。
透き通るような青空に、虹色の風船がいくつも浮かんでいます。
その光景はとても美しく、そしてミドルの心を切なくしました。
「そうかな。僕は『言葉の贈り物』が欲しいよ」
ミドルがそう呟くと、コリンズがミドルの頭をはたきました。
「根性無しの、甘ったれ! そんなこと言っているから、お前は女々しいんだ。このうすのろ!」
コリンズが、激しくミドルを罵倒します。
すると……。
ふわふわふわり。
二人の目の前に、虹色の風船がひとつ落ちてきました。
「俺のだ! それは俺のだからな!」
コリンズはジャンプして風船に手を伸ばしました。
しかし風船はコリンズの手をすり抜けて、ゆっくりとミドルの手の中に落ちてきたのです。
「ああ、エリーからだ」
ずっと寂しい思いをしていたミドルは、飛び上がって喜びました。
そんなミドルを横目で見ながら、コリンズは鼻を鳴らして家路につきました。
赤い煉瓦の道を、しょんぼりと肩を落として歩きます。
「ちぇっ」
悲しい背中に影法師が、長く長く伸びていました。
夜空に星が瞬き、乾草のベッドの上に横たわっても、コリンズはなかなか眠ることができませんでした。
窓の外で、優しくお月さまが微笑んでいます。
「神様、どうか俺のところにも『言葉の贈り物』が届きますように」
コリンズはそっと心の中で神様にお祈りしました。
次の日も、またその次の日も、朝早くからコリンズは空を眺めました。
青い空にはたくさんの『言葉の贈り物』を携えた、虹色の風船が飛んでゆきます。
しかし、コリンズのもとに『言葉の贈り物』は届きませんでした。
するとコリンズはだんだん腹が立ってきました。
『言葉の贈り物』を貰って喜んでいる人の笑顔も、虹色の美しい風船も、何もかもにむしゃくしゃししゃするのです。
そして、コリンズはあることを思いつきました。
「ようし、見ていろ!」
虹色風船に、みんなの悪口を書いて飛ばしたのです。
風船を貰った人は悲しみました。悪口を書かれて、とても心が傷つきました。
そして次第にみんな、心が荒んでいったのです。
今まで優しさと愛に満ちていた『言葉の贈り物』に、お互いの悪口を書くようになりました。
虹色だった風船もだんだんと黒ずんで、灰色の風船になりました。
「虹色の風船なんて、なくなっちゃえ」
意地悪な微笑みを浮かべて、コリンズが呟きます。
すると、ひとりの少女が虹色の風船を飛ばそうと、小高い丘の上に佇んでいるのが見えました。
コリンズは、丘の上に走っていきました。
「おい、お前。 虹色の風船なんて飛ばさせやしないぞ」
そう言って、コリンズは乱暴に少女から手紙をひったくってしまいました。
「あはは。こんなもの無くなっちゃえ!」
コリンズは少女の手紙を細かく破って、捨ててしまいました。
風が紙切れを空に舞い上げました。
「ひどい! なんてことをするのコリンズ。せっかくあなたに『言葉の贈り物』を贈ろうとしたのに」
少女は泣きながらその場所から走り去ってしまいました。
コリンズは必死に紙切れを集めようとしましたが、風に運ばれて紙切れはもう見つかりません。
「うわーん、わんわんわん……」
コリンズは声を上げて泣きました。
目が溶けてしまうほどに泣き続けました。
日が落ちて、すっかり辺りが暗くなる頃、そっとコリンズの肩に手を置く人がいました。
銀色の髪をした、とてもきれいな人です。
「もう、泣くのはおよしなさい」
「あなたは、誰?」
「私は月の精です。あなたはずっと『言葉の贈り物』を欲しがっていましたね」
「うん。今日ようやくこの俺にも『言葉の贈り物』を贈ってくれようとした人がいたんだ。だけど俺……」
「あなたは前に、怪我した彼女を町までおぶってあげたことが、あったでしょう? 彼女はそのことがとっても嬉しくて、一生懸命にあなたに手紙を書いたのです」
「なのに俺……」
そういってコリンズは、また泣き出します。
「じゃあ今度は、あなたから『贈り物』をしたらどうですか? この種をあげましょう」
そういって月の精は、コリンズになにかの種をくれました。
「なんの種ですか?」
コリンズは不思議そうに首を傾げます。
「それは『幸せの種』ですよ」
月の精はそう言ってニコニコと微笑みました。
「『幸せの種』をあなたが育てて、彼女にプレゼントするといい」
コリンズは『幸せの種』を植木鉢に植えて、大切に抱きしめました。
「この花が咲いたら、きっと彼女にプレゼントしよう。そして悪口を書いて傷つけてしまったひとりひとりにも、この花を贈って慰めよう」
そんなコリンズを、月が優しく照らしました。