第二章 機動兵器〈ストラクト〉④
「何よ、今の……」
格納ドッグから一連の流れをモニターで見ていたリーゼロッテが驚愕の声を上げる。
「高層ビルの残骸を足場に跳躍を繰り返して接近。機関砲の連射で足場を崩した後、着地時の損傷で機動力が失われたイーゾイド機の頭部を高周波アックスで破壊、ですね」
イリシアが独り言とも解説と共にそう呟いた。
「そんなの分かりますよ。問題はその直前、レオンの狙撃を躱した方です」
レーダーの探知範囲外からの長距離射撃。狙いもタイミングも、これ以上ない完璧だった。
正直あの瞬間、リーゼロッテはグレンの敗北を直感したが、そうはならなかった。
「ミフィーラ、グレンの〈レギオン〉のレーダーを拡張したの?」
「そんなことしてないっすよ。でも、彼の反応速度は異常でしたから、そういうこともあるんじゃないっすか?」
「いえ、それはあり得ないわ。実弾系ならまだしも、ビーム系の狙撃は見て躱せる弾速じゃない」
レーダーで感知できない距離では、発射の予兆である急激な熱源の発生にも気付けない。
「――続く射撃を回避したのですから、勘で躱したわけじゃないでしょう」
「エスパーだっての……?」
リーゼロッテの頭には、グレンが初めからレオンの位置を捉えていた、という可能性もよぎるが、それならなぜあんな無防備を晒したのだという疑問が浮かぶ。
「ノワール、アンタはどう思う?」
静かに画面を見続けていたノワールにそう問うが、返事がない。
「ノワール?」
リーゼロッテが再び問うと、ノワールは慌てて答えた。
「……あ、ごめん、考えこんでたよ」
様子のおかしいノワールに、リーゼロッテは首をかしげた。
「というか、経営科の僕にパイロットの事が分かるわけないだろ? それより、続きが始まるみたいだよ」
「それもそうね」
リーゼロッテは再びモニターに視線を移す。画面では、グレンが移動を再開していた。
「さぁて、次はどこだ?」
敵の一機を撃墜した後、グレンは再び進行を再開した。
「いや、わざわざ俺が移動する必要なねぇな」
ピピピっというアラートと共に、システムがレーダーで敵機を捕捉したことを通知する。
「今度は四機か。楽しませてくれよッ!」
自機を包囲する様に物陰から姿を現した敵機。射撃兵装を構えるのが二機。格闘兵装を振りかぶったのが二機。味方を巻き添えにしてでも、グレンを撃墜するつもりだ。
「囲まれたか……ならッ!」
振りかぶったブレードが直撃する直前、グレンは〈レギオン〉を再び跳ねさせ、宙返りするように躱した。
脚部スラスターの噴出方向を操作し、完璧な空中機動で姿勢を制御する。空中で逆立ちするような姿勢から、一四〇mm機関砲を連射。
けたたましい発砲音を立てて雨あられと降り注ぐ弾丸が、近接兵装を振り下ろした直後で硬直する敵機の背面に着弾。
〈レギオン〉の背面を滅多打ちにし、合金の装甲をぼこぼこにゆがませた。
規定ダメージを確認したストラクトのリミッタープログラムを作動させ、機能を強制停止させる。
頭部のアイカメラが光を失うと共に、機体が脱力。演習場内にシステム音が響く。
『イムリ・パーライト、サイガ・ベルトール、脱落』
グレンがスラスターを吹かし両脚で着地すると、そのタイミングを狙って彼を挟む二機が射撃を開始する。
実弾系射撃兵装とビーム系射撃兵装。実弾系射撃兵装から発射される徹甲弾はアステリウム合金の装甲をすぐに打ち抜くことができるほど強力なものではないが、ダメージは確実に蓄積する。
一方、ビーム系の射撃兵装が打ち出す荷電粒子は一撃で装甲を溶かすほどの高威力を誇り、出力を絞った状態であっても直撃すれば学園仕様のプログラム下では機能停止となってしまう。
グレンはビーム系射撃を打ち出す敵機の銃口の向きから射撃を予測し、タイミングを合わせて回避する。
実弾に関しては、装甲の薄い個所や駆動系以外の部位に掠ることは気にせず、スラスターを全開にしてビームを放つ機体へ肉薄する。
「危ないモンぶっ放しやがって。悪い奴にはお仕置きしちゃうぞ」
ビーム射撃が途切れる瞬間を狙い、胴体目掛けて跳び蹴りを放つ。バランスを崩した敵機が、背後のビル残骸に倒れ込む。
轟音を立てて残骸と共に尻もちを着いた機体の背後に回り込む。
機関砲を投げ捨てたグレンの〈レギオン〉が、両腕を倒れ込んだストラクトの両脇に差し込み強引に持ち上げる。
「行くぞォッ!」
出力を全開にしたスラスターが爆発的な推進力を生み出し、ストラクト二機分の重量を前方に押し出した。
燃料が爆発的な速度で燃焼され、火を噴きながら突き進む。
狙うはアサルトライフルを構えながら硬直する敵機。一度退避するか味方ごと打ち抜くかで迷う敵機に対し、グレンは持ち上げた機体に隠れるように前進。そのまま総重量約二〇トンのストラクト二機分の質量攻撃を試みる。
正面衝突する直前、グレンは持ち上げた機体を投げるように離した。空中に投げ出されたストラクトは、足裏を前に向け燃料を噴射することで静止しようとするが、勢いの付いた大質量が止まることは無い。
二機のストラクトは激しい音を立てて正面から衝突。バランスを崩して倒れ込んだ。
腰から引き抜いた高周波アックスを二度振り下ろし、倒れた二機に振り下ろす。
高周波が空気を揺らし不気味な音を立て、次いで鳴り響く金属が拉げる音がそれをかき消した。
「次はどいつ……って、あぁ?」
周囲を確認したグレンのモニターがぶれた。画面に表示される景色にノイズが走り、建造物を含めた周辺の地形を捉えていたレーダーまでも錯乱し、誰もいない眼前に敵機がいると表示している。
ノイズ交じりの風景に、銀色の光の断片が散らばっていた。
「チャフによるジャミング、ですか。これはまた……」
状況を分析したイリシアが苦笑いを浮かべながら頭を抱えた。
「ちょっとノワール、これ反則じゃないのッ!?」
立ち合い人を務めるノワールに詰め寄るリーゼロッテ。
「この決闘に、登録外の武装を使うことを反則とする取り決めはないよ」
「あぁ、クソ。そう言えばそうだった!」
「普通、この手の武装は決闘前に取り決めておくものなのですが。まぁ、今回はアールド君の考えが足りていなかったようですね」
決闘の内容は申し込まれた側が決める権利を持つが、チャフの使用等を制限する詳細なルールは両者の合意の下で決められるのが学園の伝統だ。
当然、そんな伝統を登校初日のグレンが知っている筈がなく、ガイオス側がこうした搦手を使ってくるのは予想できたことだ。
「ちょっと三人とも、見てください!」
ミフィーラがモニターを指して三人に観戦を促した。
「これは……」
「マズいですね」
チャフによりレーダーが機能せず、モニターに走るノイズによって視界が制限されたグレンに背後から忍び寄る一機のストラクト。
「ここまでか……」
三人がそれぞれの反応を見せる。グレンの背後に迫ったストラクトが、近接格闘用のヒートブレードを振り上げていた。
核融合で生成されるエネルギーの一部を熱エネルギーに再変換して刃に流し込むことで敵の外装を焼き切るヒートブレードは、高い威力を持つが、同時に高熱を放つためにレーダーによる熱源探知に捕捉され易いという欠点を持っている。
だが、グレンのレーダーはジャミングにより熱源の探知が不可能となっており、シートの形状上、背後の視界が極端に悪いためにその接近には気付けない。
先の狙撃よりも確実な敗北が迫る。リーゼロッテは歯を食いしばり、悔しさを表す。
「なッ!?」
しかし、彼女の瞳に映る光景は、再びその敗北の予測を裏切るものだった。
背面に振り下ろされるヒートブレードを、グレン機はその場で屈んで回避すると、勢いよく振り返って高周波アックスを横なぎに振り回した。
胴体に直撃した刃は超高速で振動し、バキバキとアステリウム合金の外装に傷を切り裂いていく。その刃がコクピットに届く前にリミッタープログラムが作動し、ブレードの振動が止まるとともに、敵機の機能が停止した。
「ちょ、ちょっとちょっと、い、今のはどういうことっすか!?」
目を見開いて驚きながら、ミフィーラが叫んだ。
「そんなの、私が聞きたいっての。もしかしてアイツ、マジモンのエスパーなわけ?」
「じょ、冗談キツイっすよリーゼロッテさん。この科学の時代に、そんなオカルトな……」
だが、そうでもないと説明が付かないのではないかとリーゼロッテは自問する。
「――今の動き。まさか、彼は……」
何か思い当たることがあるのか、イリシアが小声で呟く。
「何か知ってるんですか、会長」
「確信はしていません。ですが、先の狙撃を回避した動きといい、少し思い当たる所があるだけです」
それが何なのだと問い詰めたくなるリーゼロッテだが、流石にそれは失礼だろうと自重した。
「グレンさん、動くっすよ」
レーダーが復帰した〈レギオン〉が再び移動を始めた。どういうわけか、そのグレンの〈レギオン〉はガイオスがいる場所へ迷いなく直進している。
「グレン、君は……」
ノワールはただ静かにモニターを見つめていた。




