第二章 機動兵器〈ストラクト〉③
『意思伝達システム起動』
『AM007レギオン』
合成音声と共に、システムが起動し操縦席に内が明るくなる。
瞬時にOSが起動し、操縦席内壁に広がるモニターが、まるで機体を透過したかのようにドッグ内の景色を投影し始める。
モニターの正面部分には、レーダーや動力源残量、一四〇mm機関砲の残弾数を表示するメインコンソールが立ち上がった。
学園支給のものではなく、自前のパイロットスーツを着用したグレンが操縦桿に手をかけ、ペダルに足を乗せる。
眼前に立ち上がった仮想ディスプレイに触れることでOSのプログラムが操縦開始を認識すると、〈レギオン〉のアイカメラが光を灯した。
動力源であるルミニウム核融合炉が始動する。生み出した莫大な熱量をジェネレーターが電力に変換すると、ストラクトの機動準備が整えられスタンバイ完了だ。
『両陣営、準備はいいか』
モニターの右側に、立会人を務めるノワールの顔が映った。
「オーケーだ」
「早くしろ」
『ではこれより、一年C組経営科、ノワール・シングリス立ち合いによる決闘を開始する。格納ドッグオープン』
ドッグのシャッターが開く。
決闘の舞台は第六演習場・旧市街地フィールド。ドッグ出口は都市の入口に存在し、眼前には荒廃した都市の残骸が立ち並んでいた。
『決闘内容は対機戦。敵陣営ストラクトを先に全滅させた方の勝利とする。尚、ストラクトには学園仕様のリミッタープログラムが施されているため、敵機パイロットを殺害するような攻撃は不可能。機体が一定以上の損傷を認識すると同時に機能停止、当該ストラクトは脱落とする』
モニターにカウントダウンが表示される。三秒前。二秒前。一秒前。
決闘開始。
「――よっしゃ、行くぜッ!」
気合を入れたグレンが足元のペダルを一気に踏み込むと、両脚の裏面に埋め込まれたスラスターの化学燃料が燃焼し、莫大な推進力を生み出す。
その力に押し出された〈レギオン〉が飛び出した。
第六演習場・旧市街地フィールドは学園敷地内に建設された、地球の元合衆国のとある州に広がる行政区をモデルにした戦場である。
合衆国最大の人口を誇り、経済や文化の面で大きな影響力を持っており、繁華街としても発展していた都市だ。
だが、旧市街地フィールドはその頃の都市をモデルにした戦場ではない。
暦が恒星歴に切り替わる三〇年前に起きた恐慌を起因として発生した経済格差を背景とするテロリズムによって、都市は壊滅的な被害を受けた。
倒壊した高層ビルや瓦礫だらけの路上。亀裂が生じ、人間の足では乗り越えられない段差が生まれた地面や、大爆発によって生じた巨大クレーター等、旧の文字が示す様に、かつての発展は見る影もない。
そんな旧市街地フィールドは、倒壊したといえ高層ビルの残骸が残り、全高一八メートル相当の視界を有するストラクトであっても見渡しが悪い。
となれば、機体に搭載されたレーダーにより敵機を補足するのが第一目標となるのだが。
肝心のストラクトに搭載されたレーダーが、その目標を達成する性能に到達していないというのが現状である。
というのも、最新鋭のレーダーが搭載されているストラクトには、その索敵を掻い潜るステルス機能が搭載されているのだが、この二つの技術は、一方が向上すればもう一方も向上するという鼬ごっこを繰り返している。
その結果として、ストラクトに搭載されたレーダーが敵機を補足できる範囲は、人間が目視可能な範囲とそう変わらないという一見おかしな現状を作り出している。
ステルス機能が搭載されていないミサイルや弾丸。熱源感知によりビーム系の射撃武器を捕捉でき、至近距離であれば遮蔽物に隠れた相手でも感知できるという利点もあり、全てのストラクトにはレーダーが搭載されている。
そうはいっても、まず何より敵を先に発見するという、古来より続く戦法自体は否定されていない。
これはストラクト同士の戦闘でも同じであり、旧市街地フィールドの様な戦場では、仲間の一機が高所に陣取り、敵を見つけ次第狙撃、あるいは仲間に居場所を知らせ奇襲を仕掛けるというのが定石となる。
自機のみで決闘に挑むグレンは、当然ながらその様な方法で敵機を発見することは不可能であり、自然、物陰に隠れながら移動し、敵を発見し奇襲を仕掛けるのが最も勝率の高い戦法となるのだが。
あろうことか、グレンは旧市街地フィールドの大通りを白昼堂々と進行していた。
「馬鹿か、アイツは」
ガイオス陣営に所属するパイロット科一年生、レオンはガイオスの指示を受けカスタムした〈レギオン〉で高所に位置取り、ビーム系の狙撃銃を構えながらそう言った。
レオンのコクピットモニターには、光学照準器を模したロックオンシステムが表示され、レティクルの中央でグレンの〈レギオン〉をロックオンし続けていた。
「撃つぞ、ガイオス」
かつての住宅用超高層ビル――だいぶ低い位置でぽっきり折られている――の頂上で構えるレオンと地上のグレンとの距離は、ギリギリ〈レギオン〉のレーダー索敵可能範囲外。
『いや、待て。野郎、何か考えがあるのかも……』
レオンは機体の通信システム越しに、派閥の長に確認を取る。ガイオスは一時待機を命じるが。
「馬鹿か、今なら鴨撃ちだぞ」
『あぁ? 俺の命令が聞け――』
ガイオスの言葉を遮る様に、レオンは通信を切った。ピッという電子音と共に通信画面が消える。
「俺は別に、お前に忠誠を誓ったわけじゃねぇんだよ」
ガイオスが親の会社をバックとして派閥を作ったように、レオンもまた自身のスポンサーである親の会社の権力や資金力をチラつかせ、彼が所属するA組の生徒を中心に派閥を築いていた。
だが先日、彼の派閥はガイオスとの決闘に敗れ〖獅子王派〗に吸収された。
たかが二ヶ月、それも自分自身というよりはバックの力で得たとはいえ、徐々に打ち解けていた仲間達を強制的に奪われ、パイロットとしての自信も打ち砕かれ、顎先で使われることになったレオンのちっぽけな自尊心に傷がついたことは言うまでもない。
最も、決闘は学園の規則ではないが受け継がれてきた伝統であり、自分もそれを利用してきた立場である以上、レオンの側から異を唱えるようなことは無い。
それは彼に残った唯一の見栄であり、最後のプライドを守るためでもあった。
だが、それでもレオンのガイオスへの反逆心が消えることはなく、何より眼前で隙を晒す敵を打ち抜くことなど容易であり、成功さえすれば咎められることはないと考えていた。
操縦桿を握るレオンの手に無意識に力が入る。パイロットスーツがこすれる音と共に、光学照準器に映る画像が拡大された。
基本的に、ストラクトの操縦に複雑な操作は要求されない。
射撃や格闘攻撃。方向転換や急ブレーキという決定的な操縦を除く姿勢制御やロックオンのほぼ全てをOSに搭載された〈意思伝達システム〉がサポートしている。
操縦桿を握る手の神経を走る電気信号を操縦桿のセンサーがキャッチすることでパイロットの操縦意図を読み取り、それに合った形で機体制御を行うシステムだ。
グレンが駆る〈レギオン〉を完全にロックオンし、射撃準備完了。OSに搭載されたAIも、射撃も命中確立が一〇〇%と表示している。
「死ね!」
レオンが操縦桿のトリガーを引く。核融合によって生成したエネルギーが狙撃銃の砲身内部の粒子加速器に流れ、比較的大きい質量の荷電粒子を亜光速にまで加速させ発射する。
莫大な熱量を伴って走る粒子が、空気を焦がしながら直進する。
ビームが無事発射された刹那、レオンは直撃を確信した。距離、タイミング、角度、照準。その全てが完璧であり、外れる外れる筈がないと。
だが、結果はレオンのその確信を裏切るものとなった。
「な、にッ……!?」
ビームが直撃する瞬間、グレンの〈レギオン〉が一瞬で進行方向を変え躱したのだ。
目標を外したビームは、瓦礫だらけの地面を深く溶かし抉る。
「どうなってるッ……!?」
『おい、何をしてる! 撃つなと言ったはずだぞ!』
通信画面が再度表示され、激高したガイオスが映る。
「くそ、あんなのまぐれに決まってる!」
そんなガイオスの顔や言葉には見向きもせず、レオンは再びトリガーを引く。
再度標的へ向けてビームが発射されるが。
「なっ!?」
これもまた躱される。
『馬鹿野郎、今すぐそこを離れろ!』
「くそ、くそ、クソっったれぇッ!」
第三、四、五射と続けるが、ついぞグレンに目標することは無かった。
「あの特待生、どうなってんだ!」
方向転換を繰り返し進む敵機を再度ロックオンし直し、トリガーを引こうとするが。
「なに!?」
トリガーが硬くロックされ、射撃が行えない。その原因を説明する様に、機体搭載のOSがシステム音を奏でる。
『エネルギー補充中』
『砲身温度の急上昇を確認。冷却が必要』
レオンの狙撃銃は、威力と射程を高めるカスタムを施しているが、必要なエネルギー量が増大し、たった五発で砲身の冷却が必要となるデメリットを抱えている。
『パイロットの心拍数増加を検知。動揺を確認』
操縦桿を握る掌越しにパイロットの精神状態を検知したAIが冷静になれと促すが、それがレオンを更に苛立たせる。
「見つけたァ!」
通信回線越しのガイオスは僚機パイロットの声ではない男の声がレオンの耳に届く。
否、それはレオンにだけでなく、旧市街地フィールド全域に届いた声だった。
グレンが機体の拡声機能を通じて叫んだのである。
モニター越しに、グレンの〈レギオン〉とばっちり目が合う。一射ごとに移動するのは狙撃の鉄則であり、レオンもそれは理解していた。
だがグレンの異常な動きに動揺し、同じ位置から射撃を繰り返したことで逆に居場所を突き止められてしまったのだ。
瞬間、グレンの〈レギオン〉が大きく跳ねる。膝を曲げて跳躍する同時に、全開にしたスラスターが生み出す推進力で大きく機体を宙に打ち出したのである。
右手には一四〇mm機関砲が握られ、高周波ブレードアックスは腰に納まっている。
「いや、ここまで来るには時間が……」
旧市街地フィールドは、地球を想定した1G相当の仮想重力が発生しており、この環境下での〈レギオン〉の機動力であれば瞬時に敵の射程に収まるまでには時間がかかる。
その間に仲間の元に戻ることは十分可能だ。そうレオンは考えた。
だが、グレンが駆る〈レギオン〉の動きはレオンが想定できる範囲から逸脱していた。
スラスターの噴出方向を変化させると、両機を結ぶ直線の周辺に散らばった高層ビルの残骸に次々と取り付き、方向転換を繰り返す。そうして作り出される予測不可能な軌道でレオンに迫った。
更には、中継地点となる足場を得たことで、その速度が加速度的に上昇する。
着地と跳躍の度に足場のビルを倒壊させながら突き進む。
結果、当初の予測を遥かに上回る速度でレオンを射程範囲に収めることになった。
上回ったのはレオンの予測だけではない。レオンの〈レギオン〉に搭載されたロックオンシステムはグレンを捕捉できず、AIが導き出した敵機の起動予測も度重なる修正を強制され、まともに機能していない。画面に表示される敵機到着までのタイムリミットもぐんぐん短くなっている。
「う、うわぁっ」
グレンの一四〇mm機関砲が唸る。砲身内に敷かれたレールに電流が走り、発生した電磁力が実弾を打ち出した。
レオンは急いでその場を離れようと飛ぼうとするが――。
「しま――っ!」
一四〇mmの徹甲弾がレオンの足元に着弾し、ストラクトの踏み込みという超圧力が加えられたことでビルの一部が崩壊した。
轟音と共に崩れ落ちる瓦礫と共に、レオンの〈レギオン〉が落下する。姿勢を制御しようと試みるが、そもそも空中戦を想定した設計ではないストラクト。
経験の少ない未熟なパイロットの空中機動が上手くいくはずがなく、何とか着地はできたものの、右脚の駆動系に致命的な損傷を受けてしまった。
眼前には、腰から抜いた高周波アックスを構えたグレンの〈レギオン〉。
「くそったれがッ……」
レオンがそう吐き捨てると共に、高周波アックスが頭部を切り落とした。
高速振動するブレードによって切断した首を、グレンはまるで自身の戦果を誇示するように掲げ、ポイっと投げ捨てた。
残骸となり果てた頭部が転がり、絡み合った装甲が濁った金属音を立てた。
『規定ダメージを検出。リミッタープログラム作動により機能停止。レオン・イーゾイド、脱落』
無機質なシステム音が無常に響いた。




