第二章 機動兵器〈ストラクト〉①
午後の授業も無事終了した放課後。
パイロットスーツから学園の制服に着替えを済ませたグレンが、ふと気づいた。
「そういや俺、寮の場所か知らねぇや」
学園敷地はかなり広い。目途もつけずに歩き回ったところで、目的地に着けるとは限らない。
「いや、リーゼロッテに聞けばいいか。アイツ、俺の案内役だったし」
しばらくすれば更衣室から出てくるだろうと思い、グレンが待っていると。
「よぉ、特待生」
期待した声とは別の、野蛮な声が届いた。
「よぉ、何の用だ、ガイオス」
グレンは後ろに十人以上の仲間を引き連れるガイオスに視線を移し答えた。
「ちょっと顔貸せ」
「拒否権は?」
「あると思うか?」
グレンの赤銅の瞳が、ガイオスの背後に構える男子生徒達を流し見る。それから鞄を投げ捨て、袖をまくりながら言った。
「ま、その方が手っ取り早くていいか」
「早まんなよ、特待生。ここでお前をどうこうしようってわけじゃない」
「なら場所を変えるか? 俺としてはここでやっても良いぜ。何かあったとしてもチクるつもりもねぇ」
「は、まるで俺らがお前を裏でボコろうとしてるみたいじゃねぇか」
「違うのか?」
グレンが尋ねると、ガイオスはよこしまな笑みを浮かべた。
「違う。先に手を出したのはお前で、これはそのお礼参りだからな」
「あぁ?」
グレンがガイオスの言葉に疑問を浮かべていると、
「来いよ、カイ!」
ガイオスが振り返って、誰かを呼び出した。
人混みの中から姿を現したのは、食堂でグレンに絡んだ男子生徒だったのだが。
「誰だ、そいつ」
グレンにはそれが一目で分からなかった。とはいえ、それはグレンの問題ではない。いくら彼であっても、つい数時間前トラブった相手の顔を忘れるようなことはしない。
グレンが分からなかった原因は、カイと呼ばれた男子生徒の顔面を、ぐるぐるに巻いた包帯で隠されていたからだった。
包帯の隙間から見える素肌には、痣や切り傷といった、暴行の跡が覗いていた。
「特待生、お前はかなり危険な奴らしい。ちょっとした口喧嘩から発展した殴り合いでこうまでするとは」
ガイオスはボロ雑巾同然となったカイの肩に手を置く。
「こいつ、いきなり俺の胸倉を掴んで殴り掛かったんです!」
「…………あぁ、そういう感じか」
カイのふざけた言いがかりを受けて、グレンは全てを察したようだ。
「そう言う事だ、特待生」
「はっ、危険なのはどっちだよ。その怪我、お前らがやったのか? 仲間相手によくやるぜ」
「おいおい何言ってんだ? この怪我は、お前がやったんだろ?」
当然、何の根拠もない言いがかりだ。あの時食堂に居た生徒に尋ねれば、ガイオス達の言葉が嘘であることはすぐに分かる。
だが、グレンとしてはそんな面倒な解決法を取る気はなかった。この手のいざこざに中途半端な対処をしたところで、根本的な解決にならないからだ。
「どう落とし前を付けるつもりだ、転校生?」
「さてな。ここで乱闘騒ぎでも起こしてみるか?」
「まぁ、それも良いがな。だがそんなことをすれば俺達もタダではすまねぇ」
そこでだ、とガイオスが続ける。
「俺の仲間になれ、グレン・アールド。〖獅子王派〗に入れば、今回の件は水に流してやる。俺は仲間には寛容だからな」
「寛容ね……」
同級生一人を派閥に入れる為だけに、仲間をボコる奴を寛容とは言わないだろう、とグレンは思う。
「言っておくが、断れると思うなよ。こっちはお前の暴行を学園側に報告することだってできるんだぜ。学園で暴行事件なんておこしゃ、いくら転校生でも退学かもな」
「馬鹿かガイオス。報告なんてして学園が動けば不利なのはお前らだぞ。俺がそいつとトラブって、リーゼロッテに止められたのはかなりの生徒が見てる」
「知ってるぜ。派閥の下っ端どもがよく見てたからな」
「あぁ、それであの反応か」
グレンは食堂での出来事を思い出す。グレン達が一触即発の状態となった際、それを止めるどころか囃し立てる生徒ばかりだった。
雰囲気に乗せられ先に手を出せばそれで良し。そうでなくとも、人混みで囲んで真相をうやむやにする。
「見た目によらず結構賢いんだな。その頭、慈善事業にでも使えよ」
「余計なお世話だ。それでどうするんだ、特待生」
派閥入りか退学処分かの二択を迫るガイオス。それにグレンは楽しそうに笑って、答える。
「そこまでにしなさい、ガイオス」
その直前、食堂での一件の様に割り込む声があった。
「邪魔するなノクティス。お前には関係ないだろうがよ」
「なら、学級長の僕は口を出してもいいかな?」
だが今度はリーゼロッテだけでなく、ノワールもいた。
「話は聞いたわ。アンタ等、めちゃくちゃ言ってんじゃないわよ。あの場には私とノワールも居たのよ!」
「君達が学園側に報告するというのなら、僕は生徒会に話を通す。そこまで大ごとにしたいのか?」
「チッ」
割って入った二人に舌打ちするガイオスだが、そこで予想外の人物が言葉を発した。
「邪魔するなよ、お前ら」
事の張本人であるグレン自らが、リーゼロッテとノワールの介入を拒絶したのだ。
「グレン?」
「アンタ、今どういう状況か分かってる」
二人して珍しい動物を見るような眼でグレンを見る。
「俺の派閥へ来る気になったか?」
「断る。別にクラスで誰が上に立とうが興味はねぇが、お前の下に就くのだけはごめんだね」
「ならどうする? 退学する気か?」
「それも断る」
自身が突き付けた二択のどちらをも拒絶するグレンの言葉に、ガイオスが腹を立てる。
「あぁ?」
「――決闘だ、ガイオス。俺に勝てば、お前の派閥に入ってやる」
「グレン、君って奴は……」
「ちょっ、アンタ何勝手に……!?」
突然の申し出に、リーゼロッテ達が驚き言葉を失った。
「決闘だって?」
「まじかよ」
「ガイオス、今日二回目か」
「本気でやるのか?」
「張ったりだろ」
「勝てるわけないぞ」
ガイオスの後ろに立つ派閥メンバー達も、突拍子もないグレンの言葉にざわついている。
「はっ……。ハッハッハッ!」
そしてそれらとは対照的に、ガイオスは高笑いを上げていた。
「いいぜ、アールド。その決闘、受けてやる。俺が勝てばお前は〖獅子王派〗に入る。それで良いな?」
「構わないぜ。時間と場所は?」
「わざわざ後日にする必要はねぇ。今から一時間後、第六演習場・旧市街地フィールドだ。ノワール、立会人はお前がやれ」
「分かった」
「決闘の内容は、両陣営七機の対機戦だ」
対機戦は最も単純な決闘方法だ。読んで字のごとく、ストラクトを用いたシンプルな削り合い。先に相手の全機体を機能停止に追い込んだ陣営の勝ちとなる。
すると、リーゼロッテとノワールが揃って声を上げた。
「アンタ、つくづく卑怯な奴ね……」
「いくら何でも不公平じゃないか、ガイオス」
両陣営七機という制限は、通常行われる対機戦に出撃ストラクトの最大数だ。派閥メンバーから選りすぐりのパイロットと機体を集めて行う、いわば総力戦。
ガイオスの派閥、〖獅子王派〗には学年でも優秀なパイロット科の生徒が何人も所属し、ストラクトも独自のカスタムを施した汎用量産機〈レギオン〉を多数保有している。
対してグレン陣営は、もはや陣営と呼べる体をなしていない。ガイオス達七機相手に、グレンは自機だけで立ち向かわなければならないのだ。
これが最早、通常の決闘ではなく、決闘という形を取っただけのただの集団暴行であることは誰の目にも明らかであった。
ノワールとリーゼロッテが、グレンに対して親近感、あるいは懐柔の意図を持っていることを棚に上げても、その決闘内容はあまりにも目に余るものだった。
「決闘の条件は、申し込まれた方が決めることができる、だろ」
「ぐっ……」
ガイオスは二人の非難を一言で退け、派閥メンバーを連れその場を去って行く。
余程自信があるのだろう。その背中には、勝負に向けた覇気と勝利の確信が宿っていた。
「そう言えばノワール、立会人ってのは?」
「そう言えば、じゃないよグレン……」
グレンが尋ねると、ノワールは頭を抱えたまま雑に答えた。
「そのままの意味だ。第三者の立会人を入れて、結党前に決めた約束を反故にしないように担保するのが慣習なんだ」
この場にいる人物の中で、C組の派閥争いに関与していないノワールだけが第三者として立会人を務めることができる。
自身の派閥に勧誘している最中の人物が、負けたら軍門に下るという条件で決闘を取り決めたことに、リーゼロッテは呆れと先んじて動かなかったことへの後悔で肩を落とす。
「アンタ、本当に馬鹿なのね」
「失礼な奴め。一応、学園のルールに従ったんだぞ、俺は」
「登校初日に決闘なんて、多分学園史上初よ」
「君はよっぽどトラブルに巻き込まれやすい体質らしい」
ノワールは、そういう星の元に生まれてしまったんだろうね、と半ば同情の色が見える視線を向ける。
「トラブル?」
よしてくれ、とグレンは続ける。
「こんなのがトラブルの内に入るかよ。むしろ、ようやく楽しい学園生活が始まりそうでわくわくしてるんぜ」
張りぼての強気ではなく、心の底から自信満々な笑みを浮かべるグレンであった。




