第一章 二ヶ月遅れの特待生③
「いやぁ、参った参った。まさかここに来てまでお勉強とは思わなかったぜ」
午前の座学を終え、ノワールに案内された食堂で順番を待ちながらグレンがそんな文句を垂れた。
「ここに来てまでって。グレン、君は学園をどんな場所だと思ってたんだい?」
「毎日生徒間でドンパチ出来るって聞いて、入学したんだけどな」
「誰から聞いたのかは分からないけど、午前は座学。昼から学科ごとの授業っていうのが基本だよ」
「お、じゃ午後からは楽しそうだな」
「ご期待に応えれるかは微妙だけどね」
順当に列が進み、二人の順番が回ってきた。
注文したメニューを受け取って、空いてる席を探す。といっても食堂は大して混み合っているわけではなく、二人分の席はすぐに見つかった。
「今日はラッキーだよ。二年生が課外学習で学校を離れているから」
「はばいばくしゅう?」
グレンは昼食を食べる手を止めずに尋ねる。
「……うん。二年のパイロット科と工業科の生徒が先生も付き添いでね。宇宙空間での戦闘訓練にね」
グレンとは対照的に、ノワールは咀嚼し飲み込み終えてから答えた。
「二年になるとそういうのもあるんだな。ところで、朝のあれは何だったんだ? あいつ等、揃いも揃って派閥がどうのって……」
「この学園でいう派閥っていうのは、西暦時代の学校であった『仲良しグループ』とはわけが違うからね」
「どういうことだ?」
「学園が仕事を斡旋しているのは話したけど、それは単なる小遣い稼ぎじゃないんだ。派閥で受けた仕事への評価がそのまま、進路を決定するときに重要な要素として評価されるから。
だから、どこの派閥に所属するかは大事だし、派閥同士のいざこざも多い。朝、ガイオスが決闘してたのを見ただろ?」
「あぁ、やってたな」
「あれもB組を牛耳ってる派閥リーダーとの決闘だったんだ。負けた方が勝った方の傘下に入るっていう条件で」
派閥に入るのは、パイロット科の生徒だけではない。ストラクトを整備する工業科の生徒や、経営科の生徒達も含まれている。
朝の決闘でB組の生徒を組み込んだガイオスの派閥は、一気に学年一の派閥に成長しただろう、とノワールは分析する。
「なるほど。ならなんでC組は派閥を統合しない? B組は一つの派閥が牛耳ってたんだろ?」
「そうできるなら、簡単なんだけどね。リーゼロッテとガイオスはあんまり仲が良くない、っていうか正直結構最悪な仲なんだ。二人の性格的な問題以上に、親の会社がライバル同士だからね」
「いや、それはおかしくないか?」
ノワールの説明に違和感を感じたグレンが尋ねる。
「勝った方がなんでも命令できるなら、リーゼロッテを倒してメンバーに加えちまえばいいだろ。仲良くできるとかできないとか以前の話だ」
「そう思うだろうけど、それは無理だろうね」
「理由は?」
「入学直後に戦って、リーゼロッテが勝ってるからね。決闘じゃなく、学位戦でだけど」
「学位戦?」
聞きなれない単語に首をかしげるグレン。
「決闘とは別の、ストラクトを用いたパイロット同士の対決だよ。条件は一対一で、ストラクトに正規登録された兵装以外の武装の持ち込みは禁止の勝負。
学園規則に公式に記載された勝負だ」
「決闘は公式じゃないような言い方だな」
「鋭いねグレン」
おおっ、と感心を見せたノワールは、グレンの疑問に答えるように説明しだした。
「その通り、決闘はあくまで非公式の闘い。まぁ、学園の伝統になってるから、今更禁止されたりはしないだろうけど」
おっと、と言ってノワールは脱線した話を戻す。
「学位戦の結果は授業の成績にも反映される、きちんとした学校行事だよ。学年別と全学年共通のランキングもあって、現時点での一年最強はリーゼロッテ」
ガイオスは二位、とノワールが付け加える。
「リーゼロッテの奴、強いのか?」
詳しくは見ていないが、今朝の決闘を見る限りガイオスは中々の実力者だ。確かに、アレに勝てる一年生はそうそういないだろうとグレンは予想する。
それに勝てるということは。
「強いよ。学園で見ても、五本指に入るかもしれない」
「へぇ、そりゃいいね」
「でも決闘なら、ガイオスが勝つと思う」
「その理由は?」
「決闘は一対一とは限らない。両者が合意すれば、どんな勝負でも可能だ」
二人の勝負が決闘なら、ガイオスは派閥を動員して勝つことができるが、そんな勝負はリーゼロッテの方が同意しない。
「ま、そのせいで今のC組は一枚岩じゃない。ガイオスもあの感じだから、皆が皆好きになれるわけじゃないし、クラスにはガイオス以外の派閥に所属している生徒も多い」
難儀な奴らだ、とノワールの心労を労わるグレンだが、その顔は何かを企んでいそうな笑みが浮かんでいた。
「ところで、お前はどこの派閥に所属してるんだ?」
「僕は〖星屑部隊〗。生徒会長が組織してる派閥に所属してる」
「へぇ。あの姉ちゃん、派閥のリーダーなんかやってんだな」
「姉ちゃんって。グレン、一応あの人は水星の……いや、何でもない」
何か言いかけて、ノワールが言葉を止めた。
「にしても、これあんまり美味くねぇな」
フォークでステーキの切れ端を刺しながらグレンがぼやいた。
「そうかなぁ? 僕はここのメニュー、結構好きだけど」
「まあ、味付け自体は悪くないさ」
そう言って、グレンはフォークで刺した肉を眼前に持ち上げた。
「問題は、この生産プラントで作られた合成タンパク質を3Dプリンターで成形した肉と、完全室内で栽培されたパサパサの野菜と米だ」
「そういうのやっぱり分かるんだ。さすが地球出身」
学園が存在する小惑星内のこのコロニーを含め、殆どのコロニーやテラフォーミングした惑星で、栽培や畜産といった農業は広がっていない。
人類が宇宙に進出して一〇〇年の月日が経ち研究も行われているが、土や空気の違いという環境要因から未だ成功はしていないからだ。
社会的地位の高い者が来るようなレストランでは、天然の肉や野菜が振舞われているというが、それらは全て地球から高値で輸入している。
その結果。現在の地球では農業に従事する者が高給を得るという、かつての社会と構造が逆転していた。
「流石にな。ま、食えるだけありがたがらねぇとな」
バクバクとろくに味わいもせず口に放り込んでいくグレン。
「それに飯だけじゃねぇぞ。モニターに映る太陽の光も、森林エリアの木も俺からしたら違和感だらけだ」
なんてことを言いながら食べ終わると同時。
「おいおいおいおい!」
周囲を威圧するような声を出しながら、二人の傍に歩いてくる男子生徒がいた。
一人ではなく、後ろに仲間を二人連れている。
「お前らどこで飯食ってんだぁ!?」
「どこでも何も、食堂だろ」
敵意むき出しの視線を軽く受け流し、グレンが答えた。
「つかこいつら誰だ、ノワール?」
「一応、クラスメイトだよ。ガイオスの、〖獅子王派〗のメンバー達だ」
「悪い悪い。野郎の顔覚えるのは苦手なんだ。んで、ここで飯食ってるのが問題あるのか?」
「問題大有りだ!」
「ここは俺達〖獅子王派〗の席なんだよ」
グレンは首を傾げ、ノワールに尋ねた。
「そんなルールがあるのか?」
「まさか。食堂は普段から満席だ。誰かの席なんてものはない。早いもの勝ちだ」
「だとよ。分かったら消えろ。タダでさえ美味くない飯が余計不味くなる」
グレンが雑に切り捨てると、その態度に苛立ちを見せた一人が、
「不味いなら捨てとけよ、地球生まれの田舎者!」
食事が乗ったトレーをひっくり返そうと手を伸ばす。
寸前でグレンがその手を掴み、強引に捻り上げた。
「不味い飯でも粗末にする気にはならないぜ」
「離せよ、田舎者」
掴まれた腕を振りほどこうとするが、想像以上に強いグレンの握力がそれをさせない。
「おい、喧嘩売ってんなら最初からそう言えよ」
腕を掴む手に力を加え、相手の骨をきしませながらグレンが言った。
「はっ、やるか?」
「三対一ってことが分かってんのか?」
「落ち着け、グレン。君達も煽るな!」
今にも殴り合いを始めそうなグレン達を諫めるノワールだが、その声は両者に届いていなかった。
一連の流れを見ていた生徒達が騒ぎ出す。
「おい、誰か止めろよ」
「止めろって言われても……」
「いいじゃん、やらせて上げなよ」
「派手にやれよ、一年坊!」
困り果てる者や、対立を煽るものとそれぞれだ。
「ちょっとアンタ達、何してんの!」
周囲の生徒を掻き分けて、リーゼロッテが割り込んできた。
「やめなさい、グレン」
相手の腕を掴んでいたグレンの手を強引に引き剥がす。グレンの方も大した抵抗はしなかった。そうでなければ、男女の力の差からして不可能だからだ。
「アンタ達もここは引きなさい。これ以上大ごとにしたくなかったらね」
「チッ。行くぞ、お前ら」
グレンに腕を掴まれていた一人が二人を連れ、食堂を去って行く。観衆達もシラケたのか各々食事や談笑に戻った。
「ったく。早速騒ぎ起こすんじゃないわよ、この馬鹿」
「お前にゃ関係ないだろ」
リーゼロッテに窘められ、グレンは不機嫌をあらわにしながら残った肉を口に放り込んだ。それは叱られたからか、それとも喧嘩の邪魔をされたからなのか。
多分後者だろうと、この半日のグレンの言動を見て結論付けるとともに、『こいつは相当な問題児だ』と悟るリーゼロッテ。
「アンタが問題を起こすと、案内役を任された私の責任になるの」
「そりゃ悪かった」
頭を抱えるリーゼロッテに、存外グレンは素直に謝った。
「ところでリーゼロッテ。案内役の君が、グレンを僕に任して何処に行ってたんだ?」
「えぇ? あぁ、〈ガンダリス〉の整備が終わったから、その確認よ。
で、遅れてお昼にしようと思ったら、アンタらが揉めてた」
「〈ガンダリス〉?」
「私のストラクトよ。先週の学位戦で破損したから……ってもうこんな時間じゃない」
後十分で昼休みが終わる。リーゼロッテは急いで簡単に食べられるサンドイッチを注文し、食べ始めた。




