エピローグ
ステラリス学園で起きた機密情報を狙ったテロ未遂事件。パイロット科の生徒の尽力により難を逃れたこの事件は、【星の雨】の社会的存在感もあり宇宙中を震撼させることとなった。
テロリスト達を引き渡したグレン達を待っていたのは、連合軍の部隊による事情聴取と今後の方針についての会議だった。
そこで決定したのは、ことの重大さと生徒のプライバシー保護の観点から、学園と連合軍は徹底的な情報統制により事件の詳細を隠蔽するということ。
【星の雨】を取り押さえたのは、未然に襲撃情報をキャッチした連合軍によるものであり、学生を始め学校関係者への被害は一切ない、と報道されることになった。
後半はともかく、前半は嘘っぱちもいいところである。連合軍の部隊がやって来たのは、グレンがノワールをコクピットから引きずり下ろし拘束した後であり、ほとんど全ての成果は実際に戦った三名のものだ。
しかしそうはできなかった。生徒を危険の矢面に立たせたという事実以上に、襲撃を予測できず到着の遅れた連合軍や、まんまと警察船を乗っ取られた宙域警察の面子に関わる問題でもあったからだ。
そうした諸般の、いわゆる大人の事情によって彼らの功績は闇に葬られた。もっとも、グレン達がそうした栄光や功績に興味を示さなかったことも、隠蔽には一役買っていた。
彼と派閥を同じくするリーゼロッテが、『テロリスト撃退パイロット所属中』という謳い文句を使えなくなることを悔やんでいたのが唯一の問題といえるくらいだ。
そして世間を騒がす事件の日から数日後。学園は襲撃により破壊された中庭や校舎の一部を連合軍と宙域警察からの寄付(、、)により修繕し授業が再開されていた。
いつもと変わらぬ日常がそこにはある。変わったことと言えば、実力を示しながらも地球生まれとしてやや白い目で見られていたグレンの評価が変わったことだろう。
突如現れた異物から、学園を守った頼もしい同級生へと。
そして学園に日常が戻る頃には、世間もまた事件の存在を忘れ、ニュース番組で芸能人のくだらないゴシップが報道される日常に戻っていた。
特待枠で入学した新入生がテロリストを撃退した、というセンセーショナルな見出しを掻いたニュースは人々から飽きられ、忘れられている。
「ふぅ、今日も長い授業だったぜ……」
食堂で夕食を取り終えたグレンは、特に寄り道もせず寮の自室に帰った。入室を検知したセンサーが自動で照明を点灯させる。人工的な白い光が照らす部屋は、ひどく殺風景なものだ。
三年間暮らす自室を飾り付ける生徒もいるそうだが、グレンにそうした趣味はない。寝起きできればそれで良いという考えが、パンフレットに掲載された写真と同じ部屋を作っていた。
制服の上着を脱いで椅子に投げかけ、テーブルの傍にある椅子を引いて座る。
「リーゼロッテの奴、どんだけ書類書かせば気が済むんだ。腱鞘炎になるっての」
外部から持ち込んだタブレット端末を開くと、一件の着信履歴が表示された。丁度夕食を取っている時間にかかってきたものだった。
イザベラ・テレス。表示されている名前を見て、グレンの方からかけ直した。
数コールで応答がある。
しかし、相手はグレンが想定した者ではなかった。何故かビデオ通話に切り替わった画面いっぱいに、幼い子供達の顔が映った。
『あー、グレンだ!』
『グレンだグレンだ!』
『なんでいなくなったの~!』
『久しぶり~!』
『そこどこ~?』
口々に質問が飛んでくる。
「ええい、お前ら一斉に喋るな!」
そう言いつつも、子供達の質問にグレンは一つずつ応えていく。
「言っただろ、学園に入学するって。ここは寮の部屋だ」
『学園ってぇ?』
『寮ってなに~?』
「学園ってのは……あれだ、勉強するところだ。寮っていうのは俺の住んでる場所。久しぶりって言っても一週間とかだけどな」
『いつ帰って来るのー?』
「帰る日は特に決めてないな。学年末には一回帰ることにするか?」
『早く帰ってぇ! 僕、サッカー上手くなったんだから!』
「無茶言うな。結構遠いんだぞ?」
『だってぇ……ぐす……』
画面越しに少年が涙を浮かべる。
『うぅ……寂しいんだもんっ……』
「あぁ、悪い悪い」
グレンは苦笑いを浮かべ慰めるように話す。
『じゃあ、帰って来る?』
「ん~、それは難しいけど……。まぁあれだ、定期的に電話するからそれで我慢しろ」
『えぇ~』
「男だろ、そんくらいで泣くんじゃねえ」
『じゃあ、帰ったら遊んでくれる?』
「あぁ、好きなだけ遊んでやるよ」
そう笑顔で答えると、涙を服の袖で拭った少年が笑顔を浮かべた。
『うん! じゃあ僕もう泣かない!』
その言葉に親指を立てて応え、グレンは話を変えた。
「イザベラ呼んでくれるか?」
『うん、わかった!』
少年が画面から消える。やや遠い場所で『イザベラー、グレンが呼んでる!』という声があり、ほどなくして呼び出した相手が現れた。
『久しぶりね、グレン』
黒い長髪を一房にまとめた女は、グレンが地球で暮らしていた時に世話になった人物だ。
イザベラ・テレス。リリード孤児院の院長で、〈インフェルノ〉の開発元である『ハイフレイム社』の技術者でもある。
『調子はどう?』
「ぼちぼちだな。ま、勉強は大変だが楽しい生活だよ」
『それは何よりね。お小遣いは足りてるかしら?』
グレンが地球を出て学園に入学するにあたり、イザベラは毎月一定の金額を仕送りとして送ることになっていた。グレンは当初不要だと断ったが、それでは学園生活に差し障るという理由でイザベラが押し切ったのだ。
「そうそう。その件なんだが、来月以降は仕送りはしなくていいぞ」
『別に気を遣う必要はないのよ? 孤児院を出たといっても、あなたが私の大切な家族であることに変わりはないもの。それに、学園の同級生たちも皆お小遣いをもらっているのでしょう?』
家族、とイザベラは言う。孤児院の院長と児童という関係からわかるように、二人の間に血縁関係はない。作り直したグレンの戸籍においても、母の欄に記入はない。
しかし、イザベラはグレンを含め孤児院の児童たちを家族として扱っている。家族が学校の寮に入るのだから、仕送りは当然だと考えているのだ。
「派閥を作ったからな。来月からはそれでやりくりできる」
まだ仕事が決まったわけではないが、少なくとも仕送り程度は稼げるはずだとグレンは踏んでいる。
「孤児院の経営だって余裕はないだろ」
『グレン……』
子供の成長を目の当たりにした母のような表情を浮かべるイザベラ。
『活躍を応援してるわよ』
そういって、イザベラは話を変えた。
『先日は大変だったみたいね、グレン』
それがテロ組織による学園の襲撃事件を指しているのは、わざわざ訪ねるまでもない。
「まあな。っても、俺は避難してたから特に危険は目には遭わなかったぜ?」
『えぇ、知ってるわよ。そういうことになっているのは』
実際は違うことを知っている。それを言外にイザベラは示した。
「なんで知ってるんだ?」
それを素直に疑問に思い、グレンが聞いた。
『ふふ、お母さんは何でも知ってるのよ』
しかし詳しくは答えず、笑って誤魔化すだけだった。
「はっ、流石はイザベラだな」
といっても、グレンもそれに違和感を覚えることも驚くこともない。彼女がこうして意味深な話し方をするのは今に始まったことではないし、一般人が知り得ない情報を知る立場にあるということも、グレンは理解していたからだ。
『大活躍だったようね』
「いや、別に大したことじゃない」
先日の出来事を振り返りながらグレンは語る。ノワールを倒せたのは自身だけの活躍ではないからだ。
リーゼロッテやガイオスが戦って時間を稼がなければ〈インフェルノ〉は起動できず、ミフィーラがいなければ最低限の調整すらできなかった。
イリシアが交渉をしなければそもそも戦うことはできなかったし、エヴァがいなければテロリストたちを迅速に受け渡しできなかっただろう。
それになにより。
あの時、【A.L.I.C.E.】のサポートがなければグレンは確実に死んでいた。
――あの声は何だったのだろう。
あれはどう考えても無理なタイミングだった。人間どころかシステムの反応速度ですら間に合わないほど間近に死が迫っていた。
『どうしたのグレン。急に黙って』
「……いや、何でもない」
すこし迷って、グレンはそう答えた。余計な心配をかけたくない、という思いが【A.L.I.C.E.】についての報告を躊躇わせた。
『そう、ならいいけれど。そういえば、テロリストたちはどうなったのかしら?』
「確か、明日には連合本部に護送されるって話だったな」
『そう、明日なのね……』
「イザベラ?」
『いえ、何でもないわ。それより、明日も授業よね、グレン』
「それもそうだな」
また連絡するとだけ伝え、グレンは通話を切った。
ベッドに寝転がり、先日のことを思い出す。
ほどなくして眠気がグレンを襲うと、それに逆らうことなく目を閉じた。
そうしてグレンの慌ただしくも愉快な学園生活が戻ろうとしていた。




