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残響戦域レゾナンス  作者: 素人Knight


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第六章 共振〈レゾナンス〉⑤

「なっ!?」


 これまでのステルス化の解除とは根本的に異なる出現方法である。


「これは……」


「どういうことだ、こりゃあ」


 月面に現れた漆黒の機体は、彼らが幾度も見た〈オブシディアン〉の姿とは少し違った。


 鬼を連想させる二本のブレードアンテナに、両腕と腰に装備したヒートブレード。そして、背中から伸びる二本の腕とそこに握られたブレード。


「そういうことですか……」


 その姿を見たイリシアが、納得するように顎を触る。


「ど、どういうことっすか!? 説明してくださいっす!」


「おそらく、三機のドローンはあの腕……触腕とでも言いましょうか。それを隠すためのものなのでしょう。不可視の斬撃の正体はまさにそれです」


 戦闘中、両腕が塞がったタイミングで放たれた攻撃もあの背中の腕だと考えれば納得できる。


 〈オブシディアン〉のステルス機能は、常時発動できるものではない。戦いの中で得た情報は間違いではなかった。


 しかしそれは、あくまで全身を覆い隠す場合の話。背中から伸びる二本の腕は、ドローンによって常時隠されていた。


 厳密に言えば、隠されていたのは触腕だけではない。その腕に握られるブレードもまたステルス化していた。


 そしてそれを悟られぬよう、ドローンはホログラムも作っていたのだろう。そのドローンが破壊された今、腰に残ったブレードは一本のみだ。


 両腕に二本。触腕に二本。一本はグレンによって折られているため、それで数は合う。


「ど、どうしてあの腕だけを……!?」


 そんなことをするなら、初めからドローンで全身を透明にしてしまえばいい。そんな風に思いながらミフィーラが問う。


「シンプルにそれができない、という可能性もありますが。なによりも大きいのは、誰もそれを思いつかないからです。人は自ら暴いた物を真実だと思い込む生き物です。

 あの機体と対峙すれば、誰もが全身の透明化に目を取られて、その奥に秘密があるとは思い至らないでしょう」


 たったそれだけのことだ。明らかになってしまえば、そこに使われている技術の途方もなさはともかく至って簡単なことだ。


 要するに、腕が多い。それだけのことで、そこまで難解な答えではない。


 しかし敵が全身を隠していることに惑わされてしまっては、その可能性を思いつけない。


「でも、それが分かったところで不利なのは変わらないっすよ!?」


「はて、それは何故ですか?」


「四本腕なんてどうやって戦うんすか! 手数が圧倒的に多すぎるっす! 射撃も、あんな高速で動き回られたら当たらないし……!」


「そんなことはありませんよ」


 ミフィーラの危惧に、イリシアは微笑みながら返した。


「四本腕との戦いが分からない、と言いましたね。それはどうしてですか?」


「そ、そりゃ普段四本腕の人間なんていないっすから……」


 困惑を浮かべるミフィーラだが、


「ミフィーラ、それは相手にも言えることよ」


「え?」


「四本腕で戦う訓練なんて、誰も積んじゃいねぇんだよ」


 リーゼロッテとガイオスは特に動揺もせず短く答えた。





 三機のドローンを撃ち落とし、再び崩衝をパルチザンに変形させたグレン。


 背中の触腕を晒した〈オブシディアン〉が、ブレードを握りこんで立ち尽くしている。


「メイクが剥げて恥ずかしいか?」


 挑発の思念を飛ばす。


『いつから気付いていた、グレン』


「中庭で戦った時には大体わかってたぜ。ただ、決着をつけるのにはどうしても目で見る必要があっただけだ。ようやくすっぴんを拝めて嬉しいぜ」


 データを解析した【A.L.I.C.E.】がモニターに表示していた〈オブシディアン〉の姿に間違いはない。だが一瞬の駆け引きと反応速度を争う戦うとなると、映像と実際の動きに若干のラグがある再現映像では物足りない。


 そのため、〈オブシディアン〉の周囲に飛んでいたドローンを撃ち落とす必要があった。


『ハッ、思い上がるなよグレン。君はその武器一本。僕は四本だ。格闘で勝てると思うのか?』


「お前がその触腕を上手に使えるならな」


『――チッ……』


「図星付かれてイラついてんのか、優等生」


 痛いところを突かれた。そんなノワールの感情がグレンに伝わる。


「そんなことが出来りゃ、最初からドローン使ってまで隠す必要なんてねぇもんな!」


 ストラクトの操縦に複雑な操縦は必要ない。手に走る電気信号を操縦桿のセンサーがキャッチし、パイロットの意図を読み取りそれ添うように機体が自動制御されている。


 よって、ストラクトでの戦闘で最も重要になるのは動作のイメージだ。故にパイロット達はまず、自身が乗る機体に合わせた戦闘のイメージを固めることから始める。


 斧を振り回すなら実際に斧を振り回し、両腕でガトリング砲を打つなら機関銃の訓練を積む。


 だが、四本腕で剣を扱う訓練を積んだものなど存在するだろうか。否である。


「そろそろしまいにしようぜ、ノワール!」


『調子に乗るな、グレンッ!』


 それを合図にするように深紅と漆黒が激突した。〈オブシディアン〉が振り上げた二本のブレードを、〈インフェルノ〉は〔崩衝〕でもって真正面から受け止める。次いで迫る触腕の攻撃を、左右に展開した大型シールドが根元で押さえた。


 互いの勢いが消滅し鍔迫り合いで僅かな膠着が生まれ、そこでようやく〈オブシディアン〉の足裏が地に着く。


 もはやステルス化を活かした空中戦は既に不可能となり、切り捨て正面からの格闘戦に移る。


 激しくぶつかり合う両者の得物。手数は両腕にブレードを持ち、適時触腕を差し込んでくる〈オブシディアン〉の方が上。


 しかし、格闘戦の優勢は〈インフェルノ〉にあった。


 横薙ぎに振り回した〔崩衝〕が、ブレードの刀身の腹を捉えて叩き折った。


『くっ……!』


 振り切った勢いそのままに回転し、〈インフェルノ〉は片手に持ち替えたパルチザンを上段から叩きつける。


 一本では受けきれないことは明らかのそれを、ノワールは機体をスラスターの全開噴射で後方に引いて逃げた。地面に衝突し、硬い岩盤に突き刺さった。


『――!」


 それを隙と判断したノワールが、残ったブレードで斬りかかる。後退する機体を無理やり全身させることで体にかかる慣性に歯を食いしばり〈インフェルノ〉のコクピットを寸分の迷いなく狙う。


 だが、その狙いが実現することはなく、再びノワールを後方に押しやる衝撃が機体に走った。


 刺さって抜けない得物を躊躇なく放した〈インフェルノ〉が、前進する〈オブシディアン〉の腹を蹴飛ばしたからだ。


「おいおいどうしたノワール! テメェそんなもんか!?」


 まるで巷で起こる喧嘩のような挑発をグレンが飛ばす。それはもはや思念に収まらず、コクピットにまで野蛮な声が響いていた。


『調子に乗るな!』


 ノワールも叫ぶ。彼もまた吠えていた。


 月面から武器を引き抜いた〈インフェルノ〉と、腰から予備のブレードを抜いた〈オブシディアン〉が向かい合う。


『次で決める……!』


「できるもんならやってみな」


 互いにそう交わし、再び距離を詰める。


『――ふっ』


「ん……?」


 ここに来て、〈オブシディアン〉が初めてそれらしい構えを取った。二本腕のそれとは異なる、四本腕専用の構え。


 半身に立ち、ブレードを握った四本の腕を緩く開いている。


『これはまだ習得し切れていないが、仕方ない。君が相手なら出し惜しみはできないからな、グレン』


 決して口には出さない、しかし寸分の狂いなく伝わる思念。


 そこに籠った純粋な殺意と、剣の達人と対峙しているかのような感覚に包まれたグレンが僅かに唇を舐める。


「ははっ、いい緊張感だ……!」


 素直に開き直った。威勢を張ることは時に状況判断を鈍らせ、致命的な判断ミスを呼び込むことになる。緊張も恐怖も、僅かな高揚感もすべて受け入れて敵に向かい合う。


 それが勝利に繋がるのだと信じ、グレンは改めて操縦桿を握る手に力を入れた。


 ことここに至り、両者に合図は不要。互いに思考を共有しているのだから、相手がいつ仕掛けてくるのかは感じ取れる。


 故に奇襲はおろか、先手も後手も存在しない。互いの機が十全に熟すその瞬間、一気に前へと踏み出した。


 互いに一歩踏み出し得物の間合いへ移る。


「――ッ!?」


 瞬間、体を包み込む死の気配にグレンが固唾を呑んだ。失敗したと、そう直感する。


 敵が振るブレードの軌道が見える。まだ敵は動いていない。しかしそう動くのだと確信する。


 響振能力で伝わるノワールの意思越しにではなく、避けられない未来を走馬灯のように垣間見る。


 全ての斬撃が、一寸の隙もないほど〈インフェルノ〉を捉えている。どれかを捌けば違うどれかの餌食になる。


 全てが遅延する世界で、グレンは必至に操縦桿を握る。


 だがもう遅い。敵の攻撃は既に始まっている。神経を走る電気信号を、操縦桿のセンサーがキャッチし機体が後退するよりも早く刃が届く。


 ドローンシールドも同じ理屈で間に合わない。


『僕の勝ちだ、グレン』


 同じくそれを察知したノワールの思念がグレンに届く。自身の技が、絶死の刃が敵を討つという直感が、ノワールの頬を無意識に緩ませた。


「――くっ……」


 どうしようもない敗北を悟り、しかしそれでも諦められないグレン。迫り来る〈オブシディアン〉のブレードがモニターに映る。即死は避けられない。


 ――仕方ないなぁ、グレン。


 頭の中に女の声が響いた。その声に聞き覚えがあった。いつも戦闘をサポートしてくれるAI、A.L.I.C.E.の合成音声だ。


 機械の癖にやけに人間に近いその音声が、さらに肉声に近付いていた。


 グレンがその声と言葉を認識するのと同時、上空から二枚のシールドが落下した。


 月の重力下とは思えぬ速度で落下したシールドは、十字の先端で四本腕の内三本を巻き込むように落下し、それぞれの肘関節を砕く。


『なッ、いつの間に……!?』


 内部の駆動系を破壊され脱力する三本の腕。残りの一本では如何な技量であっても〈インフェルノ〉は討ち取れない。


 横から叩きつけたパルチザンで〈オブシディアン〉のブレードを叩き折る。


 腕を破壊され、最後の武器すら失った〈オブシディアン〉へ向け、連続で〔崩衝〕を叩きつけた。


「俺の勝ちだ、ノワール」


 それが決着を告げる言葉となった。


 物言わぬ鉄屑となり果てた〈オブシディアン〉を映すモニターに文字が現れた。


 『Congratulations, Glenn. A.L.I.C.E.』


 【Autonomous Learning Interface for Combat Evolution】、通称【A.L.I.C.E.】。〈インフェルノ〉のOSに搭載されたAIの名前だ。

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