第一章 二ヶ月遅れの特待生②
「というわけで、二ヶ月遅れて今日からこのクラスの一員となる、パイロット科の特待生、グレン・アールドだ。みんな仲良くするように~」
担任のオリアナ・ローベルトが間延びした口調でそう言って一人で拍手をするが、クラスメイト達がそれに続くことはなかった。
一房に束ねた長い黒髪に切れ長の瞳。スラリとした長身が映えるパンツ姿は、同性からの指示を受けそうな出で立ちだが、白シャツのよれ方や胸元のポケットに入った煙草ケースは、女子の先生というよりも、気だるげなおっさん教師という雰囲気を醸し出している。
「特待生って、どういうこと?」
「会長や紫封刃雷と同じ?」
「いや、それより地球出身て」
「なんで特待生が二ヵ月遅れてんだよ。遅刻ってレベルじゃねぇぞ」
口々に疑問が上がるが、総じて動揺していた。
「第一印象は世良くないようだな。どれ、いっちょ自己紹介でクラスメイト達の心をつかんでみろ、特待生君」
投げやりなのか自主性を重んじているのか判断がつきかねる態度でグレンに挨拶を促す。
「グレン・アールド。さっき説明されたけど、特待生枠で入学した地球出身だ」
よろしくな、と爽やかに挨拶を飛ばしたグレンだが、その視線はクラスメイト達の顔を順にみている。さながら獲物を探す肉食獣の如き瞳だった。
そしてやはり、クラスメイト達の反応は薄い。
「よしアールド、あそこの空いてる席に着け」
その反応を見て、オリアナは和やかな歓迎は不可能だと判断し、グレンを着席させた。
オリアナがホームルームを行い、授業が始まるまでしばし空き時間となった。
学園には経営科・パイロット科・工業科のコース分けがされており、入学時点でどの学科に配属されるかが決まっているが、クラスという概念は存在している。
午前中に教養科目の座学を行い、午後から各学科の専門講義が行われるから、というのが表向きの理由である。
「ねえグレン、ちょっと話があるんだけど」
隣に座るリーゼロッテがグレンに声を掛ける。
「なんだ、告白か?」
「いいから聞いて。真面目な話よ」
そう言われて、グレンの表情が引き締まる。
「アンタ、私の派閥に入らない?」
「派閥?」
「学園の生徒同士が作る、一種のチーム或いは会社だと思ってくれていい」
「俺がお前の派閥に入るメリットは?」
「私はヘリオスグループ傘下企業、『フロート・テクノロジーズ』社長の娘。良くしておいて損はないわよ」
表向きではない理由は、複数の学科の生徒達に徒党――派閥――を組ませ、その人脈を卒業後に利用しやすくするためだ。
「へぇ、あのヘリオスグループね」
ヘリオスグループは、宇宙開発産業において巨大な経済圏を築いている複合企業だ。一〇〇を超える企業によって構成され、莫大な資産を運用している。
「それに、学園は派閥毎に仕事を斡旋してるから、多少のお金も稼げるよ」
爽やかな男の声で補足される。
「初めまして、アールド君。僕はノワール・シングリス。経営科の生徒で、一応このクラスの学級長をしている」
「グレンでいいぞ、シングリス」
「それじゃ、僕のこともノワールと呼んでくれ、グレン」
好青年の鏡とも呼ぶべき爽やかな笑顔を浮かべるノワール。
「グレン。君が地球出身というのは本当なのか?」
「あぁ、本当だぜ」
「そうか。いや、凄いなと思って」
「凄い?」
「五年前の事件以来、地球環境は劣悪になってしまったと聞いているから。生活に困り犯罪に走る者も多くて、まともな教育を受けられないって」
「ま、そういう連中が一部いることは否定しねぇよ。でも、全員がそうじゃない」
ノワールの勝手な決めつけをムッとした表情で否定するグレン。
「気を悪くしたなら謝るよ。ただ、少し親近感を覚えてしまってね。正直言って、僕も家庭環境がいい方じゃなかったから。仲良くできると嬉しいよ」
「そういうことなら、気にするな。よろしくな」
軽く握手を交わして友好を結ぶ二人の間にリーゼロッテが割って入った。
「ちょっとノワール、邪魔しないでよ」
「あぁ、ごめんごめん。どうしてもグレンと話してみたくて」
再びリーゼロッテが勧誘を始める。
「というわけで、私の派閥に入ってくれない? パイロット科の特待生のアンタなら、最初から好待遇で迎えるからさ」
「好待遇ね……」
グレンが真剣に考えこんでいると、そこにまた割り込む声があった。
今度はガサツな男の声だ。
「やめとけ特待生。ノクティスの奴、嘘は言ってねぇがお前を騙す気だぜ」
そちらへ視線を向けると、グレンと同じ十六歳にしては上背のある、ガッチリとした体格の男の姿が映る。
長身に、制服の上からでも分かるほど鍛え上げた筋肉を纏った巨漢の少年は、野蛮な目つきでグレンを見下ろしている。
「騙す?」
「ぐっ……」
グレンの視線にたじろぐリーゼロッテ。
「その女の派閥は、とてもじゃないが派閥と言えるモンじゃねーんだよ。何せ、派閥メンバーはお前ひとりなんだからな。そりゃ最初から好待遇なわけだ。いきなり派閥のトップ2だからなぁ」
「チッ」
「そんな女のことは放っておいて、俺の派閥に来い、特待生。こっちに来るなら、それこそ好待遇で迎えてやる」
男がグレンに手を差し伸べ、自身の派閥へ勧誘する。
「おいおい、そういうのはまず名前くらい名乗ってからにしねぇか? 俺はまだお前がどこの誰なのか存じ上げないぞ」
「ガイオス・アルファード。お前と同じパイロット科で、派閥、〖獅子王派〗のリーダーだ。そこのノクティスと同じく、親父がヘリオスグループ傘下企業『アクシア重工』の社長だ」
「アルファードって、確か朝に決闘してたやつか」
「なんだ、知ってんのか。なら話は早い。俺の戦いは見ただろ?」
「あぁ、見たさ。汎用量産機のレギオンを金に任せてコテコテにカスタムして、金に任せた装備で敵を圧殺するのが戦法だろ?」
生徒会室のモニターに映っていたガイオスの戦いを見ていたグレンの分析に、ガイオスが鼻を鳴らす。
「その強気な性格、気に入った。お前、俺の派閥に入れ」
「ちょっとアルファード、今は私が勧誘してるんだから邪魔しないでよ!」
「黙れよノクティス。テメェの派閥にに加わったところで特待生にメリットはねぇ」
火花を散らしながら睨み合う二人。そこに静観していたノワールが割って入る。
「まぁまぁ、落ち着きなよ、二人とも」
「ノワール。生徒会の犬に要はねぇからすっこんでろ」
「焦るなよガイオス。グレンは今日この学園に来たばかりなんだ。そんなにすぐには決められない。君の派閥が絶対だと言うのなら、焦る必要はないだろ」
「ちっ」
ノワールの指摘にガイオスは舌打ちをして踵を返す。
「早く決めろよ、特待生。俺の気はそう長くないぞ」
どうにか事なきを得て、ノワールが安堵のため息を漏らした。
「初日から大変だね、グレン」
「退屈よりよっぽどいいぜ」
ノワールの気遣いにグレンが笑顔で応じると、授業開始を告げるチャイムが鳴った。
「授業を始めます。全員席に着いてください」
続けて教室に入ってきた教師の号令と共に授業が始まる。
勧誘に失敗したリーゼロッテは、がっくりと肩を落としていた。




