第六章 響振〈レゾナンス〉②
――〈インフェルノ〉が繰り出した最初の攻撃は、両手で持ったパルチザンの振り下ろしであった。
二本のヒートブレードを頭上で交差し受け止める。だが、痛烈に叩きつけられたその一撃は〈オブシディアン〉の出力を以てしても受けきることは叶わず、両足が月面を割って沈み込む。
直後、敵の攻撃を感じ取ったグレンは両肩の大型シールドを瞬時にパージ。自律起動する二枚が両機の間に割って入り、不可視の斬撃を受け止めた。
「種は分かっちゃいるんだが流石に見えないとなるとやりづらいな……」
モニター越しに敵を見やる。視界に映らない不可視の斬撃を放つカラクリについては分かっている。
そんな彼の前で〈オブシディアン〉が姿を消す。
「そこだッ!」
振り返りざまにパルチザンを振る。先端のヒートブレードが見えない何かにぶつかる鈍い衝撃が走った。
それがブレードの一本と衝突したのだと分かる頃には、出力で勝った〈インフェルノ〉がステルス化した〈オブシディアン〉を大きく後退させていた。
衝撃によって弾かれた敵の両脚が地面に電車道を刻むのを見て、再び攻勢へ出る。
三合打ち合って間合いを取る。それと同時、ステルス化を解除した〈オブシディアン〉のブレードが中ほどから折れ、地面に突き刺さった。
折れたブレードを捨て、腰に装備した一本を抜く。すぐさまエネルギーが充填され、刀身が熱を持って赤く光った。
「残り五本。全部折れば俺の勝ちか? ノワール」
折れたブレードを捨て腰から予備を抜き、再び〈インフェルノ〉へと斬りかかる。眼前でステルス化し、拘束で側面に回り込む。
地球環境が再現されている中庭と比べ、月面フィールドで設定されている仮想重力は約1/6に留められている。
純直線距離を走る速度を競えば〈インフェルノ〉に劣るものの、ステップワークを含めた小回りの利き具合では勝っている〈オブシディアン〉にとってはその強みを生かせる戦場だ。
「被害を抑えようと演習場に移動したんだろうけど、失敗だったね。ここでは僕が有利だ!」
出力に関しても正面から得物をぶつけ合えば押し負けるが、ストラクトの装甲を破壊するには問題ないだけのものを持っている。
両手のヒートブレードを連続して振る。一刀ずつが必殺の破壊力を持ったそれは、しかし全て〈インフェルノ〉のパルチザンと自在に動くシールドによって弾かれた。
こちらの攻撃を弾く動きのまま反撃へ移る〈インフェルノ〉から離れるように宙へ舞う。
数秒してステルス化が解けた。〈オブシディアン〉に搭載された光学迷彩は長く続かない。
持って一〇秒。普段であれば、敵を屠るのには十分すぎるその時間が、今はどうしようもなく短い。
いや、そもそも。目の前の相手を倒すのにはたかが光学迷彩ではらちが明かないのではないか。
そんな思考を巡らせながらノワールが感じていたのは、驚きを通り越して感服だった。
リーゼロッテを救うために舞い戻ったグレンの度胸にも、見えない敵を相手に一切引けを取らない操縦技術にも。なにより、既にこちらのカラクリを看破しているその洞察力には天晴れと言わざるを得なかった。
だからこそ、ここで殺すには惜しいと思う。どうしても仲間に引き入れたい。そう思ってしまう。
『さっきも言ったはずだ。お前らの仲間にはならねぇよ』
そんな声が聞こえた。
「――ッ!?」
ストラクトの拡声機能、ではない。月面フィールドに音を媒介する空気はない。機体に搭載されたAIが、戦場の状況をパイロットに分かりやすい形で伝えるために検知した衝撃を音に変換するシステムはあるが、それはこのように声を届けるものではない。
「君はその領域にいるのか……!」
「あ、あれ……なんで止まったんすか?」
生徒会室でモニターを見ていたミフィーラが、動きを止めた二機の様子に首を傾げた。それと同時、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。
「どうなってますか!」「状況を説明しろ!」
ノワールに撃墜された二人が、ストラクトを中庭に置き捨てて走って来たのだ。両者ともに肩で息をし、〈インフェルノ〉と〈オブシディアン〉が映し出されたモニターを凝視する。
「え……っ?」「野郎、なにしてやがる」
そしてまた同時に、ミフィーラと同じ疑問を浮かべた。
モニターを見つめながらイリシアが告げた。
「おそらく、話しているのだと思われます」
「いえ、会長。二機の間に回線は開かれていませんが……」
「そんなものは必要ありませんよ。やはりそうなのですね、アールド君。あなたは……」
「ちょっと、どういうことですか会長!」
「説明しろ」
二人に問われ、やや間をおいて答える。
「ストラクトの動力源が何かは知っていますね?」
それは質問への答えではなく、確認作業のような言葉だった。
「は? えっと、そりゃまぁ」
「ルミニウムを用いた核融合反応だろ。それが何だってんだ」
「その通り。では、核融合の際、微量に放出される放射性物質があることもご存じですね」
「あぁ。残響粒子、でしたっけ。ストラクトが行動した領域で検知されるっていう……あの、それが何か?」
要領を得ないイリシアの言葉に、再びリーゼロッテが首を傾げる。そしてようやく、先の質問の答えを語った。
「残響粒子は、現段階では人体への悪影響は発見されていません。そうでなければストラクトなんて兵器は実現されていませんから」
ですが、と彼女は続ける。
「その粒子に、適正のある者が影響を受けた際にある現象が起きます。いえ、ある能力が発現する、と言った方がいいでしょう。私も実際に目にするのは初めてですし、くだらない噂話だと思っていましたが……どうやら彼らはその能力に目覚めているのでしょう」
「その能力っていうのは何なんだ。さっさと答えろ」
「思考の共有。そして残響粒子を介した敵機の察知と正確な予測。――響振能力。それがその能力の名前です」
沈黙が走る。リーゼロッテもガイオスも、イリシアが言っていることが理解できなかった。いや、聡明な彼らには、彼女の言葉の意味は理解できた。
だからこそ、彼女の言葉をそのまま受け入れることはできなかった。
「な、なんですかそれ……まるでオカルトじゃ……」
「けッ、んだそのイカれた話は」
「信じられない、というのは分かります。ですが振り返ってみれば思い当たることがあるのではないですか?」
言われたリーゼロッテとガイオスの脳裏に、グレンと対峙した際の記憶が過る。死角からの不意打ちを、まるで全て頭の中を覗かれているのかと思うほど悉く回避された記憶が。無人のドローン兵器を振り向きざまに撃ち抜かれた光景が。
「有人であれ無人であれ、響振能力を使える者に対して不意打ちは意味を成しません。彼がステルス化した〈オブシディアン〉の攻撃を捌けるのも、そうと思えば納得できます。彼にとって、目で見える見えないは関係ないのでしょう。そこにあるのだから、どう動くかは感じ取れる」
ストラクトが残す足跡のような残響粒子。触れた思いを響かせ、無機物の振る舞いすら感じ取る。それが響振能力。
「ま、待ってください! 会話が出来てるってことは、もしかしてノワールも……」
「えぇ、おそらく彼もそうなのでしょう。響振能力での会話、いえ念話はお互いに使えなければ成り立ちません。一方的に語り掛けるだけなら、あるいは可能かもしれませんが。こうして動きを止めているのですから、二人は間違いなく話し合っているのでしょう」
見つめる先にはやはり動かぬ二機。そこで交わされている言葉を彼女たちが知ることはない。それを知る資格を有していないがゆえに。




