第六章 響振〈レゾナンス〉①
二人の抵抗は長くは続かなかった。
衝撃が走る。
「ぐぅッ……!」
機体内部のコクピットを守るように交差させた両腕のガトリング砲。その砲身が深々と切り裂かれ、 力なく落ちた。関節部分を破壊されたらしくピクリとも動かなかった。
「おぉおおおおッ!」
通信システム越しに叫ぶ少年の声。〈ガンダリス〉を庇うように前へ出る。
光学迷彩を一時的に解除した〈オブシディアン〉へ戦斧を叩きつける。
上段から振り下ろす圧倒的質量。だがやはり片腕では出力が足りず、下段から振り上げられたヒートブレードに打ち負けカチ上げられた。
頭部を狙って横薙ぎに払われた二本目の刃を姿勢を低くすることでなんとか避けた〈フルアーマー・レギオン〉が、再び戦斧を振り上げ反撃に出た、その瞬間。
「なっ!?」
目の前の光景に、思わずリーゼロッテが声を上げる。
ガイオスが操る〈フルアーマー・レギオン〉の左脚の膝から先が、またあの不可視の斬撃によって断たれていた。
振り上げた戦斧の重量を片脚では支えきれず、うつ伏せに倒れた。
ガイオスの野太い声が飛ぶ。
「チッ、ここまでか。逃げろノクティスッ!」
たった今撃破され地面に倒れる〈フルアーマー・レギオン〉の中からだ。
「馬鹿言わないで! 私が逃げたら、アンタがやられるわよ!」
機体が撃破された際はすぐに脱出する。それはストラクト同士の戦いにおいて最初に教わることではあるが、うつ伏せに倒れたせいでコクピットの開閉システムに障害が起きたのか、未だガイオスは逃げられていない。
「それに、アンタがやられたのは私のせいよ。私だけ逃げるなんてことはできない……」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇ! テメェ、俺のために死ぬ気かよ!?」
言われて、リーゼロッテには返す言葉がなかった。肩の誘導ミサイルはとっくに打ち尽くし、〔浮遊する牙〕は全機撃破され、両のガトリング砲も機能しない。嬲り殺される以外の未来があるのなら教えて欲しいくらいだった。
窮する〈ガンダリス〉に〈オブシディアン〉が右手のブレードを突きつける。
『殺されたくないならデータを送信しろ。これが最後の忠告だ』
拡声機能を使って発せられるノワールの声が響く。それは眼前のリーゼロッテではなく、今も生徒会室からこの状況を見ているイリシアに向けてのものだった。
返答はなく、数秒の沈黙が続く。
『まさかとは思うけれど、この期に及んで僕が躊躇うとでも思っているのかな? 僕が彼女を殺せないと、そんな能天気なことを考えているのか? だとしたらあなたは相当な馬鹿だ』
突きつけられたブレードを器用に回転させ逆手に持ち替える。そのまま高く掲げ、
『ならまずは彼女を殺して思い知らせよう。僕が……僕たちがどれだけ本気なのか。悪いねリーゼロッテ君に恨みはないけれど、ここで死んでもらう』
「あら、なんだったら見逃してくれてもいいけど? 無理に手を汚す必要はないんじゃない?」
リーゼロッテも〈ガンダリス〉を通して声を届ける。
『見っともなく命乞いをしないのは流石だよ。でも君は一つ勘違いをしている。僕の手はとっくに血で汚れていて、君一人殺さなかったところでその罪は消えない』
「驚いた。人殺しが罪だっていう認識はあったんだ。クソったれのサイコパス野郎だと思ってたわ。一つ聞きたいんだけど、誰かを殺すときに胸が痛んだりするの?」
『くだらない挑発だ』
そうきっぱりと切り捨て、しかし存外にもノワールは話を続けた。
『胸が痛むかって? そうだな……少なくとも、君を殺すのに何ら干渉はないね』
だがそれまで。その僅かな会話に意味を見出すことはなく、ノワールはリーゼロッテを殺すための一手を打った。
『ここまでだ。じゃあね、リーゼロッテ。恨むなら君自身の無力さと、この掃き溜めみたいな宇宙社会を恨め』
自身の死を告げる死神の言葉に、リーゼロッテは鼻を鳴らして言い返した。
「えぇ、死ぬときはそうするわ。そしてアンタは、自分の間抜けさを恨みなさい!」
『死ね』
逆手に持ったブレードが直角に落とされる。凄まじい切れ味のそれは、容易に〈ガンダリス〉の胸部装甲ごとコクピットを刺し貫き、リーゼロッテを蒸発させるだろう。
――だがしかし、そうはならなかった。
接触の寸前、〈ガンダリス〉の目の前に現れた二枚の赤い大型シールドがブレードの切先を受け止めたからだ。
それを成したのが誰なのかなど、もはや考える必要はない。
次いで上空から迫る荷電粒子の弾幕。正確無比な狙いで飛ぶそれを、〈オブシディアン〉は後方に飛んで躱した。
ビームが地面に着弾するとほぼ同時にやって来た深紅の機体が〈オブシディアン〉へ一直線に突進。レスリングの低空タックルのように低い姿勢のまま〈オブシディアン〉の腰へ組み付くと、スラスターを全開で吹かして持ち上げた。
〈オブシディアン〉に組み付き、尚も止まらない勢いそのままに校舎を超える高さまで飛び上がる。
「開けろッ!」
事前に繋げてあった通話越しに叫ぶ。
「了解っす! そこから一番近いのは……第七演習場・月面フィールドっす……開けました!」
「あいよ!」
眼下を見れば、今しがたミフィーラが扉を開けてくれた演習場の入り口が見えた。
空中で姿勢を制御し、全速力で飛んだ。組み付かれた〈オブシディアン〉が暴れ、その度に機体に衝撃が走るが無視する。
その程度でどうにかなるような柔な機体ではないし、敵の得物であるブレードは組み付いてしまえばその脅威は消え去る。
数秒で演習場へ侵入し、
「閉じろッ!」
「了解っす!」
入口を閉めさせる。
「オラよッ!」
月面フィールド特有の灰色の地面へ敵機を投げる。
地面へ激突する寸前、〈オブシディアン〉は脚部のスラスターでその勢いを相殺し、砂ぼこりを上げながらゆっくりと着地した。
「さぁて、第二ラウンドと行くか、ノワール」
宙に浮きながら、見下ろした敵機へとグレンは言う。
深紅の機体が右手に持ったビームライフルを軽く振ると、瞬時にその形状が変化する。射撃兵装から近接兵装へ。ビームライフルから、ヒート系の武器へと変形した。
――複合兵装ハイブリッド・パルチザン〔崩衝〕だ。
「あれが、彼の機体ですか……」
モニターでグレンたちの様子を見ていたイリシアが呟いた。生徒会室には今、イリシアと生徒会メンバーのカナ、そして演習場の開閉を行ったばかりのミフィーラがいた。
赤を基調とした機体装甲に、どことなく神話に登場する龍を思わせる頭部から三本のブレードアンテナに、両肩に取り付けられた十字の大型シールド。右手に持ったビーム系の射撃兵装。
それが外観から見て取れる、グレンの専用ストラクト〈インフェルノ〉の特徴であった。
「あのシールドは先程パージされたはずですが……」
「自律起動可能な大型シールド……みたいっす。〈ガンダリス〉の〔浮遊する牙〕と同種っす」
「カナ、あの機体について詳細な情報を出してください」
「は、はい」
イリシアの手元のPCに、今朝登録された〈インフェルノ〉の機体情報が映し出される。
全高十七メートル。機体重量二十二トン。搭載された兵器は、右手に持った複合兵装に大型ドローンシールドが両肩にそれぞれ一枚。これと言って特殊な記述はない。
しいて言えば、機体のエネルギー効率が桁違いに高いことだろう。長期戦を想定して低燃費に抑えるのではなく、その逆。莫大なエネルギーをそのまま機体に流すことで爆発的な出力を生み出している。そんなことをすれば間違いなく機体のスピードやパワーに振り回されてしまうだろうが、そこはグレンの操縦技術でカバーするつもりなのだろう。
だが、そんなものは専用機であるのならよくあることだ。
「ん、これは……」
イリシアの視線が、機体制御システムについて記された場所に吸い寄せられる。OS自体は標準的なもの。しかしそこに搭載されたAIは、彼女が知るものではなかった。
「【A.L.I.C.E.】……?」
首を傾げるイリシア。だが、悠長に考えている暇はなく、
「動いたっす!」
モニター越しの月面フィールドで、深紅の機体が漆黒の機体へ急降下した。




