第五章 闇を駆ける流星雨⑥
「グレンッ!」
その光景にリーゼロッテが叫ぶ。ガトリング砲を構えて照準を定めるが、コクピットを掴まれた状況では撃てるはずもない。
だが、そんな状況は無視して〈フルアーマー・レギオン〉が戦斧を振り下ろした。〈オブシディアン〉はすぐに後退しそれを躱す。
「集中しろリーゼロッテ! アールドの野郎は無事だ。足元を見ろ!」
言い返すよりも早くリーゼロッテが視線を移す。〈ガンダリス〉の足元にグレンが立っている。
「やるじゃねぇかノワール。〈レギオン〉じゃ勝てねぇなこりゃ……」
目の前でコクピットを投げ捨てる〈オブシディアン〉を眺める。
「でも見抜いたぜ、その機体の正体」
先程の攻防を思い出し、〈オブシディアン〉の周囲に浮かぶ三機のドローンを見てそう呟く。
ガイオスの攻撃を両手のブレードで防ぎ、その上で〈レギオン〉の腕を飛ばした斬撃。それが指し示す敵の正体を頭に浮かべた。撃墜されてなんだが、次はやられない自信がある。だがその上で問題が一つある。
「機体の性能差がやべぇな。最後の最後で押し切れねぇ」
単純な出力で〈フルアーマー・レギオン〉と同等。機動力は〈レギオン〉以上だ。せめて同格の機体を用意しなければ勝てる勝負も勝てない。
だが、学園にある機体にそれを満たすものは存在しない。そう考えた瞬間、グレンの時間が止まる。あるではないか、それを満たす唯一の機体が。確かに昨日までは存在しなかった。しかし今日ではない。なぜなら今日はその日であるのだから。
ポケットからデバイスを取り出して、リーゼロッテに通話をかける。機内の通信システムと接続したデバイスが着信を受け、自動的に応答した。
「時間を稼いでくれ、二人とも!」
すると先程撃墜されたグレンの声が聞こえる。
『あ、アンタ大丈夫なの!?』
「やられる前に脱出したから問題ない! それより、アイツを倒す手段がある! 十分で良いから時間を稼げ!」
もはや連合軍の部隊が到着するまでの時間など分からない。来たところでノワールを倒せるかについても同様。ならばここで倒すしかあるまい。それができるのは自分と、あの機体しか存在しない。
一方的に言い切って通話を切断すると、再び三機による戦いが始まった。〈オブシディアン〉に勝つ必要はない。そうとなれば打つ手はある。
二機は互いに近付き背中合わせとなることで死角を消し、〈オブシディアン〉からの攻撃を防御することに専念している。
それを見て、一度校舎に隠れて別の人物に電話をかける。ワンコールで応じたのはミフィーラだった。
『もしもし! 大丈夫なんすかッ、グレンさん!?』
「ミフィーラ、お前今どこだ!」
『え、あ、え……第三格納ドックっすけど』
「今すぐ来てくれ!」
『いきなりどういうことっすか!? 説明してくださいっす!』
「いいから早く来い!」
電話を切ると、ほどなくしてミフィーラが現れた。
「……はぁ……はぁ……」
グレンにせかされ走って来たのだろう。息も絶え絶えになったミフィーラにグレンが尋ねた。
「ミフィーラ、俺の機体がどこに搬入されたか知ってるか?」
「は、はい……? えぇと、搬入された時間によるっすけど……」
「今日の朝だ」
「なら倉庫っすね。港から降ろされてると思うっす」
外部から搬入された物資や機体は、一度港で検閲を受けた後、一時的に倉庫に置かれることになっている。
「そこで機体の調整はできるか?」
「ま、まぁ一応ある程度は。本格的なものは無理っすけど、デバイス経由でなんとか……」
「それでいい。行くぞ!」
ミフィーラの手を引いて走り出す。だが、それを拒むようにミフィーラがその場で踏ん張った。
「ま、待ってくださいっす」
「なんだ? いちいち説明してる時間はねぇぞ」
「それは分かってるっす。だから急ぐ必要があるっすよね?」
「あぁ、そうだけど」
「あっち、先によってください」
ミフィーラが小さな倉庫を指さしそう言った。
「あぁ?」
「倉庫までは遠いっすから。移動する用のビークルに乗りましょう」
ミフィーラの提案に、グレンが頷いて走り出した。
二人が近付くと自動でシャッターが開いた。ミフィーラの言うように、倉庫には複数のビークルが置かれていた。
「げ、二輪タイプしかないっす……」
学園敷地内を移動するために置かれているビークルには、二輪と三輪、四輪タイプが存在する。その中でも二輪タイプはバランス制御が難しいため、小回りは効くものの普段の移動には不人気だ。
「しかも旧式のガソリンタイプ」
目の前にある二輪ビークルを眺めたミフィーラは困ったような表情を浮かべる。
「どういうことだ?」
「このタイプは全部、操作が複雑なんすよ。意思伝達システムが開発される前の型落ちで、今じゃほとんど趣味用の乗り物っす。なんでこれしか……あぁ、そういえばもうすぐ大会だからその練習っすか……」
現行のビークルは全て、ストラクトにも搭載されている意思伝達システムによって運転が簡略化されており、アクセルとブレーキのみの操作で済む。
しかし旧式の二輪ビークルは最新タイプとは違い、操作はスロットルの開閉のみでなく左手のクラッチ操作と左脚でギアの上げ下げが必要となる。
加えて動力源はガソリンで、電力で動く最新のものとの燃費は比べものにならない程に悪い。
なぜそんなものが名門のステラリス学園に設置されているのかといえば、この時代に未だ紙の煙草を吸っている女教師の趣味だ。彼女が顧問を務める地上機動部の予算で購入された、半ば横領の結果。
「何が問題なんだ?」
「何が問題って……そりゃこれを操作するのには専用の技術と、それを証明する免許が必要だからっすよ?」
特別な技能が必要ないタイプが存在するのに、免許を取るなんて面倒なことをわざわざする者は少ない。
「俺運転できるぞ、これ」
「え、まじっすか!? 超珍しい!」
「地球に居たころ散々乗り回したからな。免許の有無は聞くなよ?」
そもそも戸籍すらない難民だ。学園に入学するとなって急いで準備したが、以前は持っていなかった。
デバイスをハンドルの中間に設置すると、ビークル側で使用が承認される。床に引き留めるロックが外れエンジンがかかった。
シートに跨りスタンドを払う。スロットルを開いてエンジンを吹かす。
「問題なさそうだな。乗れ、ミフィーラ」
「はいっす!」
タンデムシートに飛び乗ったミフィーラが、前に座るグレンの体に腕を回してしがみついた。
「行くぞぉ!」
開いたシャッターからアクセル全開で飛び出した。ガソリンが燃焼されエンジンを高速回転させる。体を後ろに引っ張られる慣性を感じながら、中庭を爆走。戦闘を続ける〈ガンダリス〉と〈フルアーマー・レギオン〉を横目に、倉庫を目指した。
「う、うやぁぁぁぁあああっっっ!!!!」
グレンの後ろに乗りながら、戦闘で荒れた地面をタイヤが踏むたびに訪れる凄まじい振動にミフィーラが叫んだ。
「ちょ、ちょっとちょちょっとと飛ばしすぎッスゥぅぅうう!!!」
「喋ってると舌ァ噛むぞ!」
両手とハンドルに、両足をペダルにおいて体を支えるグレンに対して、簡素なシートに座りグレンの体を抱くだけのミフィーラは振動に対して体の支えが甘い。加えて、同年代の女子に比べて背の低いミフィーラは、若干高い位置にあるタンデムシートに座りながらもグレンの背に隠れて前が見えにくい。
だが、ミフィーラがこうも震えている理由は他にもある。
「こいつ、やけに振動が激しいな。音もでけぇしガソリン臭ぇ。低速のトルクも馬鹿みてぇに強いし……なんだこりゃ?」
運転しながら感じたことを呟くグレン。彼が知るはずもないことだが、そこにはあの女教師の趣味が多分に含まれていた。彼女曰く、――燃費と乗り心地は悪ければ悪いほどいい――とのこと。
ほどなくして目的の倉庫についた。
「あ、しまった! この扉、IDがないと開かないんだった!」
「くそ、マジか! こうなりゃぶっ壊して……」
「最悪、ビークルを爆発させるって手もあるっすけど……それでも壊せるかどうか」
二人が乗って来たビークルのタンクには大量のガソリンが入っている。上手く火元を用意すれば爆発を起こせる。だが、目の前にある分厚い鉄の扉にそれが通じるとはとても思えなかった。
扉の前で立ち尽くす二人。すると、バイクに設置したままのデバイスに着信があった。先程登録したその番号は、イリシア・ヴェルエールのものだった。
『正規IDをアールド君のデバイスに転送しました。それで開けてください』
「会長さっすが!」
デバイスを電子ロックにかざすと、音もなく扉が開いた。
『あまり無茶はしないでくださいね、アールド君』
まだ切れていなかった通話越しに、イリシアがそんな言葉をかけた。
『先程も言いましたが、応援が到着するまでの時間を稼げばそれで十分です。無理に勝とうとしなくても――』
「その気遣いには感謝するが、それは無理だぜ会長。やられたまま終われるほど、俺は利口じゃないんでな」
『あなたという人は……』
「それと、もうそろそろ他の生徒も出張ってく頃だろうけどそれは止めろ。ノワールを倒せるのは俺だけだ。他の奴は足手まといになる」
格納ドックを抑えていた〈ヤクタレス〉をグレンが潰してしばらく時間が経った。中には応援に向かおうとする生徒もいるだろう。
だが、ステルス化した〈オブシディアン〉に対抗できるのはグレンだけ。イリシアもそれを理解しているのか、やや苦しそうに了承した。
『分かりました。気を付けてください』
「あいよ」
短く答えて通話を切る。倉庫の中に入り照明を点けた。明るい光が内部を照らすと、目の前に巨大なシルエットが浮かんだ。自身が持ち込んだ機体を覆うグレーのカバーを剥ぎ取ると、その姿が露になる。
「これがグレンさんの……」
「ようやくお前に乗れるぜ」
まるで久しぶりに会った愛犬を愛でるような表情で機体の装甲に手を触れる。すると機体のアイカメラが赤く光る。
「生体認証……」
その現象から想定される最新技術にミフィーラが息を呑む。そして自身がその技術に触れられる事実に、場違いながら目を輝かせた。
目を輝かせているのはミフィーラだけではない。入学から今日までレンタル機を使用し続けたグレンも同じだった。ようやく自分専用に調整された機体に乗れる高揚感と共に愛機の名を呼んだ。
「行くぞ〈インフェルノ〉!」




