第五章 闇を駆ける流星雨③
「本当に機密情報を提供するんですか?」
リーゼロッテが尋ねる。その問いに薄く笑って、イリシアが首を横に振った。
「まさか。テロリストの要求に応じるなど、許されることではありません。学園の威信に関わりますから」
「じゃあどうするんです? 三時間で解決できるとは思えませんけど」
「そうですか? 私はそうは思いません。あなた方を呼んだのは、この事態に対処するためなのですから」
「私達?」
リーゼロッテが首を傾げる。それにイリシアは、集まった面々を順に見て言った。
「全員、パイロット科一年生の上位陣、ってことか」
その意図を察したガイオスが呟き、イリシアが頷いた。そこから導き出される彼女の考えに辿り着いたリーゼロッテが異を唱えた。
「私達にテロリストと戦えと、そういうことですか?」
「あなた達であれば、テロリスト相手でも十分に戦えると判断しました」
「光栄ですけど、どうして私達なんですか? 有事への対処なら、訓練を受けた三年生の方が適任じゃ……」
パイロット科の生徒には、卒業後の進路に関係なく対テロ組織への対策が訓練されている。故に、いくら実力があるといえど一年生の自分達よりも適任がいるのではというリーゼロッテの疑念は妥当なものだ。
「おっしゃる通り、有事への対処なら訓練を受けた三年生の方が迅速かつ正確でしょう。実際、先程真っ先に動いて下級生を避難させていたのは三年のパイロット科生でしたから」
ですが、とイリシアは続ける。
「すでに避難は済み、ここからは反撃の時間だからです」
揺るがぬ瞳でイリシアは言う。テロ組織の要求を拒むどころか、大胆にも反撃を仕掛けようとする姿勢を取っている。
「それならなおさら、なぜ私達なんですか?」
訝しむ視線でイリシアを見つめるエヴァ。相手の経歴や実績から、この招集に裏の目的を感じざるを得なかった。まさか、自分達を囮にでもしようとしているのだろうか。平時であれば鼻で笑ってしまうような疑いを持ってしまう。
対して問われた本人は穏やかな表情で、しかしきっぱりと言い切った。
「単純に、あなた方の実力を鑑みてです。特別な意図や思惑などありませんよ」
それは目の前の女の口から出る最大の賛辞だったかもしれない。こんな状況では全く嬉しくないと思うエヴァだが、そう言われては返す言葉がない。
「お恥ずかしいことですが、正直に言って今の三年生に優れたパイロットはいません。学位戦のランキングを見ればわかることですが、戦力的には二年生の方が上でしょう。ですが今はその二年生は教官と共に課外学習で不在」
毎年のこの時期は、学園が保有する戦力が一気に低下する。それが今年は顕著だった。ノワールを潜り込ませていたのは、襲撃のそれを見定めるためでもあったのだろう。これ以上ない完璧なタイミングである。
「〈セレスティア〉が万全であれば私が撃退に動きましたが、まだ修理が終わっていません。といっても、目視可能な距離に近付かれた時点で勝ち目は薄いでしょうが。申し訳ありません」
言葉とは裏腹に特に負い目を感じている様子ではないイリシア。
「という訳で、あなた方の力を貸してください。この学園と、生徒達を守るために」
とても物を頼む態度とは思えない豪胆な態度。しかし彼女の立場を知る者には、それが精一杯の低姿勢だということは理解できた。
答えに逡巡する。こちらが抵抗すれば、敵は容赦なく殺しに来るだろう。彼らが相対しているのは、宇宙史上に残るテロ組織。躊躇いなど微塵もない。リミッタープログラムに守られた学位戦や決闘とは異なる、本気の殺し合い。彼らが遠くない未来に経験するはずだった、命を懸けた戦争である。
誰しもが返答に臆する中、やはりというべきか。彼だけは即答だった。
「いいぜ、やってやるよ」
地球出身の特待生、グレン・アールドは親にお使いを頼まれた子供の気軽さで答えた。
「ありがとうございます。他の三名は、どうでしょうか?」
小さく笑ったイリシアの視線が三人を向く。挑発的なそれに彼らも応えざるを得なかった。
「――チッ。仕方ねぇか」
「そんな言い方されて、断れるかっての」
「ま、仕方ないよねぇ……」
それぞれが反応を示し、それが同意を意味していることを確認したイリシアが頷く。
「で、作戦はあるのか?」
「当然あります。戦うといっても、彼らを倒して拘束する必要はありません」
イリシアの口から出た言葉に、グレンが不満を漏らす。
「ちぇ~、なんだよそれ。つまんねぇぜ。たった五機なんだから、ぶっ潰しちまえばいいじゃねぇか」
「あなた、少しは言葉使いというものを……」
「ふふっ、その心意気はありがたいのですが、それは大人の仕事です」
「その大人がいねぇんだろ?」
「学園にはいません。この宙域を管轄としている警察船も、この分では占拠されているでしょう」
学園を警備するシステムは、なにも学園が有しているものだけではない。各宙域に派遣されている警察もその役目を担っている警察船も占拠され、システムも無効化されていると考えるべきだ。
「ですから、連合軍の第五宙域部隊に応援を要請します」
各宙域に独立行動が許可された、広域宇宙連合が保有する軍事力。それが連合軍だ。駐在している場所が離れているため、学園の様子を把握できている可能性は低いが、応援要請をすれば急いで駆けつけるだろう。
「そっちも既にやれてる可能性はないんですか?」
当然の疑問をエヴァが示す。
「ありえません。彼らの戦力はストラクトがたった五機。学園を襲撃できたこと自体が出来すぎた幸運のような戦力です。最新の装備と歴戦のパイロットが揃った連合軍を倒せる可能性は皆無です」
どこか実感が籠った調子で、きっぱりとイリシアは言い切った。
「要請は済んでるんですか?」
「問題はそこです。現在、通信システムがハッキングされたせいで連絡が取れない状況にあります。復旧にはそれなりの時間がかかりますし、何より要請を飛ばせば間違いなく気付かれるでしょう」
幸いなことに、システム復旧に使う時間は先の交渉で稼ぐことに成功した。よって、グレン達に求められるのは、連合軍の部隊が学園に到着するまでの時間稼ぎ。
「問題は残っているぞ、会長。機体が格納されてたドックは全て押さえられている。まさか生身でストラクトに特攻させるつもりか?」
中庭に立つ未知のストラクトと共に学園に侵入してきた四機の〈ヤクタレス〉。
「通常のドックは。ですがリペアドックの方は〈ヤクタレス〉が行っていません。そして偶然にも、そこにはあなた達の機体がある」
イリシアの視線が、尋ねたガイオスとリーゼロッテに向く。やや間をおいて、二人があっと口を開く。〈フルアーマー・レギオン〉と〈ガンダリス〉の二機は、グレンとの戦いでそれぞれ中破され修理中であったのだ。
修理中の機体で応戦するとは、流石のノワールも想定していなかったのだろう。
「俺の機体はほぼ修理が終わっているが……ノクティス、お前の方はどうなんだ?」
「あら? 珍しく気遣いなんかしてくれちゃって、似合わないわよ」
「うっせぇ、さっさと答えろ」
「万全とは口が裂けても言えない……でも戦えない程じゃないわ」
それは単純に時間差だ。先に破壊されたガイオスの方が修理が進んでいる。それだけに過ぎない。
不安要素を抱えた機体で戦場に出る恐怖がリーゼロッテを襲う。本来であれば、別の機体に乗るか、あるいは出撃自体控えるべきであるものの、そうも言っていられない状況にリーゼロッテが覚悟を決めた。
「学園のレンタル機ですが、〈レギオン〉も一機ありますから、アールド君はそちらに乗ってください」
「あいよ」
短く了承すると、手持ち無沙汰になったエヴァが口を開いた。
「私は何をすれば? 私の機体はリペアドックにはありませんけど」
「ここでハッキングされたシステムの復旧に協力してください。あなたの情報処理能力は随一でしょう」
「へぇ、お前そんな特技あったのか」
素直に感心を示すグレンに、
「まぁね」
若干の苦笑いでエヴァが応じた。
「作戦は以上です。三時間以内に通信システムを復旧し、応援を要請します。三人は同時に出撃し、連合軍が到着するまでの時間を稼いでください」
生徒会室で行われた緊急会議は、イリシアの言葉によって締めくくられた。次いで教員にもそのことが伝えられる。そちらはイリシアにまかせ、グレン達は早速リペアドックに向かった。




