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残響戦域レゾナンス  作者: 素人Knight


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第五章 闇を駆ける流星雨②

 中庭から避難したグレン達の耳に、激しい爆発音が届いた。


 廊下の窓から外を見ると、漆黒のストラクトの周囲で、何かが煙を上げて撃ち落とされている。


「あれは、学園のセキュリティドローン?」


 遠目に見えたそれの正体をリーゼロッテが呟く。セキュリティドローンとはその名の通り、学園敷地内を警備する無人兵器である。


 実体弾とビームの両方を撃ち出すことが可能なドローン兵器で、侵入者への対策として設置されている。


「でも何でセキュリティドローンなんかが出てるの……?」


 至極当然の疑問を、エヴァが口にする。実体弾のみならずビームを放つことができる強力な兵器とはいえ、基本的にセキュリティドローンは対人の兵器だ。開発の経緯も、宇宙開発に否定的な民衆が起こす暴動を鎮圧する用途としてのもの。


 第一、第二世代ならまだしも、現行のストラクトの相手に戦える火力ではない。故にエヴァの疑問は当然であり、学園のセキュリティについて理解しているリーゼロッテも同様のことを考えていた。


 すると突然、グレンのデバイスに一通のメールが届いた。


 未登録のアドレスから送られてきたそのメールの詳細を確認すると、


『至急、生徒会室へ』


 簡潔に書かれたメッセージ。すぐにメッセージの意図を理解したグレン達は、校舎の角にある生徒会室へ向かった。


 勢いよく扉を開けて中に入ると、先程のメールの送り主――生徒会長のイリシア・ヴェルエールが椅子に座って待っていた。


 生徒会室にはイリシアの他にも、生徒会メンバーと思われる女子生徒が一人と、見慣れた少年がいた。


 グレン達一年C組のパイロット、ガイオス・アルファードだ。


「よく来てくれました。お二人もご一緒でしたか」


 こんな状況にも関わらず落ち着いているイリシアに、リーゼロッテが詰め寄る。


「どういうことですか、会長! どうして警備のストラクト隊が出撃していないんですか!?」


 それが先程の疑問の正体。万が一の襲撃に備え、学園には迎撃用のストラクト部隊が派遣されている。


 ヘリオス・グループが保有する強力なストラクトと、そのパイロットが学園に駐留しているのだ。


「こちらを見てください」


 イリシアが手元のPCを操作して、リーゼロッテに見せた。モニターには、複数のカメラで中継される映像が映っていた。


「こ、これは……!」


 迎撃部隊が駐留する宿舎にある格納倉庫内の中継カメラ。そこには、無残に破壊された三機のストラクトと、柱に拘束されるパイロット達の姿があった。これでは出撃どころか、外部に連絡をすることすらできない。


 一体誰が、などという疑問は浮かばない。中庭に現れた漆黒のストラクトのパイロット以外にありえない。そして、もう一つの疑問がグレン達の頭に浮かぶ。


「学園のストラクトが出撃しないのはどうしてですか?」


 エヴァがそう尋ねる。ヘリオス・グループの駐留部隊以外にも、学園は数多のストラクトとそのパイロットを保有している。この場に集まった学生達がまさにそうだ。


 中庭から校舎に急いで避難したグレン達はともかく、我先にと向かって行く者もいるだろう。


 学位戦だけでなく、決闘という慣習が残る学園の生徒達は、その程度の血気盛んさを当然のように持ち合わせている者がほとんどだ。


 だが現状、そうした者の姿は見えない。まさかこの程度の緊急事態に狼狽えているとは思えない。


「格納ドックが抑えられてんだよ」


 そう答えたのは、グレン達より早く生徒会室に来ていたガイオスであった。支給デバイスには、彼の派閥メンバーから送られてきたメッセージと現場の写真が表示されている。


 黄土色に塗装された全体的に丸みを帯びた樽のようなスタイルの機体が、アサルトライフルを構えて格納ドックの扉の前に立っている。


「〈ヤクタレス〉」


 その機体はこの場の誰もが知っていた。先日の授業でも取り扱った、宇宙史に残る凶悪事件を起こした【星の雨】が独自開発した汎用量産機だ。


「先程のアラートが検知したのは〈ヤクタレス〉の方でした。港から四機に、全格納ドックが抑えられています」


 学園が保有する演習場は合計で六つ存在するが、その数の分だけドッグが存在するという訳ではない。四つのドッグは直接演習場に隣接しているが、残りの二つに関しては地下に敷かれたレール内をエレベーターが走ることでストラクトを移動させている。


「あのストラクトは学園にあらかじめ登録されていたということですか?」


 中庭に降り立った漆黒の機体を指してリーゼロッテが問う。イリシアは頷いて答えた。


「既に登録は削除されていますが」


「学園のシステムに入り込まれたってことか?」


「いえ、そのような痕跡はありませんでした。正規の方法で登録、削除されています」


 そう答えたのは、イリシアの隣に立っていた女子生徒。眼鏡をかけた生真面目そうな女子生徒が、ストラクト登録・削除ログが表示されるタブレット端末を四人に見せた。


「ストラクトの登録や管理は、我々生徒会に一任されています」


「つまり、生徒会メンバーに工作員がいたってことか?」


 グレンの指摘に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる女子生徒。自分が所属する組織に【星の雨】の侵入を許したことに責任を感じる彼女の代わりに、イリシアが苦笑いを浮かべながら答えた。


「お恥ずかしながら。生徒の自主性を重んじることは我が校の良さでもあるのですが、今回は裏目に出ました。私が会長職に就くより以前の、教員による管理であればこうはならなかったかもしれません」


「そんな、会長は何も悪くは――」


「いいんですよ、カナ」


「なんでもいいけど、結局その工作員っていうのは誰だったんだ? 会長のことだから、もう特定はできてるんだろ?」


「あなた、会長に対してその口の利き方は――」


 イリシアの自省を無視したような発言に腹を立て反論するカナを、イリシアが片手で制した。


「現在課外学習に出ている者以外のメンバーには、一名を除いて連絡がついています」


「その一名ってのは?」


「それは……」


 グレンの問いに言い淀むイリシア。僅かな逡巡を見せ、しかし黙っているわけにはいかないとその名を告げた。


「一年C組、【星屑戦隊】に所属する生徒――ノワール・シングリスです」


「――なッ!?」


 告げられた名前に、リーゼロッテとエヴァが目を見開いた。


「答えづらそうにしたのはそれが理由か」


 感情の読めない表情を浮かべてそう言うグレン。


「チッ、あの野郎……」


 どこか苛立った様子で吐き捨てるガイオス。


「――ノワールが!?」


「それ、何かの間違いってわけじゃないんですよね!?」


 リーゼロッテとエヴァは、予想もしていなかった級友の名前に驚いている。


「ええ、間違いありません。状況から見て、彼で確定でしょう。生徒会のメンバーとしてストラクト登録の仕事を主に請け負っていたのは彼ですから」


 淡々とそう告げるイリシアの内心では間違いであってくれと思っていた。入学当初から共に生徒会の仕事に励み、自らの派閥にも招待した貴重な人材。それが史上最悪のテロ組織のメンバーであったなどとは思いたくもなかった。


 しかし、状況が導き出す真相がそれ以外には存在しないと、聡明な彼女には分かっていた。そして、それが間違いではなかったということの証明が訪れる。


 突如、イリシアのデバイスが着信音と共に震えた。ノワール・シングリスと表示された画面を操作し、応答する。


「こんにちは、ノワール君。どうしたんですか?」


 まるで休日にかかって来た電話に出るような調子で、通話相手に先んじてイリシアが発した。スピーカーモードにして、相手の言葉を待つ。


『ごきげんよう、イリシア・ヴェルエール。あなたを、この学園最大の権力者と見込んで頼みがある』


 教員や校長ではなく、生徒会長を指して最大の権力者と言う。それがどういう意味か疑問に思うグレンだが、今はそれを聞いている場合ではない。


「頼み、ですか」


『あぁ、頼みだ』


「ストラクトで学園を占拠することは、私の基準では頼みではありませんねぇ……」


『あなたが要求に応じない場合、僕が取る手段を基準とすれば脅しだ』


 電話越しに聞こえる冷たい声色。丁寧ではあるが、これまでのような敬語ではない。本当にあのノワールなのか、という表情がその場の一同に浮かぶ。それは疑問というよりも、その事実が信じられない、といった心情によるものだ。


「具体的には?」


『学園を破壊し、生徒を殺害する』


 ノワールがさらりと答えたその内容に、生徒会室の全員が息を呑む。学園に侵入し、ストラクトまで持ち出してきた相手のそれがハッタリだとは思えなかったからだ。要求に応じない場合、ノワールは容赦なく破壊と殺害に及ぶだろうという共通の認識を持つ。


「それで、あなた方の要求は一体何でしょうか?」


『話が早くて助かるよ。学園が保有するストラクト関連の機密情報の提供。それが我々の要求だ』


「【星の雨(あなた方)】がそこまでして欲しがるような情報なんて、この学園にはありませんよ」


『くだらない嘘だな。この二ヶ月、僕がただのんびりと学園生活を送っていたと思うのか? ステラリス学園(ここ)は学び舎である以上に武力の養成所で、そして研究機関だ。一般生徒がアクセスできない情報があることくらいは調べがついている』


「…………」


 ノワールの言葉に沈黙するイリシア。YESともNOとも言わないその間が暗にノワールの言葉を肯定していた。そして事実、ノワールの指摘は正しい。強力なストラクトの開発やそれを操るパイロットの育成。実際、その内情を知った広域宇宙連合の反アカデミー派議員達から、『宇宙開発のための教育機関ではなく軍学校である』と揶揄される始末だ。


「でしたら、正規の手続きを踏んで提供を要求すればよいのでは? 学園で生まれた技術の多くは、広域宇宙連合やヘリオス・グループ傘下の企業との取引に使われています。平等な取引ですから、身分を隠せばあなた方も参加できますよ?」


『一般人や零細企業には手が届かない金額で行われるものを平等と称するならな。惑星やコロニーの政府から独立を謳ってはいても、根本のところでこの腐りきった宇宙社会の一部に過ぎないということか』


「平等と公平はイコールではありません。自由競争の上で勝ち上がる努力をし、成り上がった者の当然の権利では?

 というか、あれだけのストラクトを開発・保有できる【星の雨】に財力が無いとは思えませんが……あぁ、そう言えば昨年行った水星襲撃に失敗してかなり大きな損害を出していましたね?」


 言いながら、イリシアは意地の悪い笑みを浮かべる。その言葉に、そこはかとない悪意を悟る面々。


『そんな分かりやすい挑発に乗るほど、僕は愚かじゃない』


 ノワールはイリシアの言葉を切って捨て、逸れた話を戻した。


『僕たちの要求は以上だ。それに応じない場合は、先程言った通りだ』


 有無を言わさぬ口調でノワールがそう告げた。それに対して、イリシアは僅かに考え込んで答えた。


「…………分かりました。要求に応じましょう」


『素直で助かるよ、イリシア・ヴェルエール。これで学生を殺さずに済む。といっても、すぐにとはいかないだろう。何時間必要だ?』


「では、三時間程度いただけますか?」


『…………分かった。いいだろう』


 僅かに考え込むような沈黙を挟み、ノワールが許可する。


「感謝します。データはあなたのデバイスに送信する。それでよろしいですね?」


『構わない。くれぐれも、無駄な抵抗は考えないように』


 言い切って、ノワールは一方的に通話を切った。

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