第四章 VS双銃要塞⑥
奇しくも、グレンの予測は当たっていた。
ことは〔浮遊する牙〕が動きを変える少し前の事。ドローンの一機を潰されたリーゼロッテが、コクピット内で息を呑んだ。
「相変わらず変態的機動ね……」
さしものリーゼロッテもグレンの操縦にドン引いていた。だが、その顔に焦りはない。
「でももう十分。アンタの動きはたっぷり記録したわ」
そう言うと、リーゼロッテはコンソールを操作し、戦闘の最中に組み立てたデータを機体にアップロードする。
進行度合いを示すバーが色づき、一〇〇%に達する。
『敵機行動記録、アップロード完了』
『〔浮遊する牙〕動作プログラム更新。システムアップデートを実行します』
作業内容を伝えるシステム音が鳴る。今度は違う色のバーが再度表示され、すぐに完了する。
サブモニターに「UPDATE COMPLETE」の文字が出る。
『システムアップデートを完了。汎用モードから専用モードへ移行します』
「こっからが本番よ。――噛みつけ、〔浮遊する牙〕ッ!」
プログラムをアップデートされた〔浮遊する牙〕が、グレンへと襲い掛かる。その動きが、数秒前とは別物へと変わる。
四機のドローンは、まるで獲物に噛みつく猟犬の如くグレンの〈レギオン〉を攻め立てる。
そのうち一機を撃ち落とそうとした〈レギオン〉の背後を取り、その死角から一射。寸前で機体の両膝を抜いて緊急回避される。だが、その動きに先程の余裕の無さを見て取り、作戦の手応えを得る。
追い立てる〔浮遊する牙〕は、〈レギオン〉がパイプラインで形成された細い道に逃げ込むと、誘いに乗ることなくその場で停止。撃ち落とされぬ様に散開した。
「よっし、いい子よ〔浮遊する牙〕。賢い賢い!」
ドローン兵器〔浮遊する牙〕は通常、OSに搭載されたAIと意思伝達システムによってリーゼロッテの意思をくみ取り自律機動している。五つのドローンを操縦するのに、一つ一つをマニュアルで操作するには人間の情報処理能力が不足しているからだ。
そのため、その動きには当然、AI特有の行動パターン、リーゼロッテの癖が滲み出ている。
そこでグレンの行動を〈ガンダリス〉のアイカメラで録画し、それを解析することによって対グレン専用の戦闘プログラムを作成した。
グレンの操作の癖や行動パターンを学習したそれは、先程のように容易に撃ち落とされたり、誘い込まれることはない。
「これで私の勝ちよ、グレン」
これは入学以来、リーゼロッテが隠し続けていた奥の手であり、〈ガンダリス〉が保有する最大戦力の切り札でもあった。
急速に自身を追い詰めるドローン兵器から逃げ続けるグレン。時間にして五分以上それを続け、ある瞬間からそれを止めた。
僅かに開けた場所で急停止すると、〈レギオン〉の関節に負荷がかかるレベルの勢いで振り向きざまに上空へ飛ぶ。脚部のスラスターを全開で吹かすことで下半身に時計回りの捻りを加えると、不愉快な音を立ててフレームが歪む。あまりのGに耐えかねた股関節の一部が破損した。
内部の金属フレームが折れ、人工関節の炭素ナノチューブの結束が緩む。
再びスラスターを吹かせ、空中で姿勢を制御する。宙返りの様に足を大きく振り上げ、一回転する。
集音システムが拾う〈レギオン〉の破損する音を聞いたリーゼロッテが、ようやく勝機を垣間見る。突然行動を変化させたドローン兵器から逃れる為、焦って無茶な動きをした。
リーゼロッテの認識はそうだった。
「終わりよ、グレンッ!」
〈レギオン〉のビームライフルは射角を失い、迎撃に回すことはできない。背面に収納したヒートホークを取って投げる時間は与えない。
着地の瞬間を狙い、〔浮遊する牙〕が〈レギオン〉に接近する。空中での四次元攻撃は、万が一にも躱された際に味方機を巻き込む恐れがあり、何よりグレンは逃走の中で幾度もそれを誘っていた。
〈レギオン〉の手足が届かぬギリギリまで接近し、着地の瞬間を狙い上空から逃げ場を消す一斉射撃を計画した。
それは対グレン専用の戦闘プログラムだからこそ導き出せた戦略であり、最適解。
そして、その学習が仇となる。
『機体フレーム損傷。機動力が低下します』
〈レギオン〉の一部関節が傷ついたことを検知したOSが、コクピット内にアラートを響かせた。その音を聞きながら、グレンはニヤリと笑みを浮かべる。
「あぁ、分かってるぜ……!」
地面まで僅かな高さ。背中から落下しそうな〈レギオン〉の姿勢を、再度スラスターの噴射により制御し、片脚を勢いよく振り上げ宙返りの要領で機体を反転させる。
そして、自らの上空に留まる〔浮遊する牙〕の一つに狙いを定めて、〔浮遊する牙〕を蹴る。
サッカーのオーバーヘッドの如く捉えたドローン。勢いが不足し破壊とはならないが、引っ掛ける様にして蹴ったそれが、周囲に展開する他のドローンを撃ち落とす弾丸と化す。
激しく激突した二機が、内蔵スラスターを損傷し墜落した。
〈レギオン〉蹴りを放った足で着地する。破損した股関節に更に負荷がかかり、殺しきれなかった衝撃がコクピットをひどく揺らす。
直後降り注ぐビームの雨。だが、それを発射するドローンの数が半数に減ったことで弾幕に隙間が生まれる。容易にそれを掻い潜った〈レギオン〉がマニピュレーターを器用に動かしビームライフルをくるりと回転させる。
円柱の砲身を握り、その場で回転。勢いそのままに、グリップ部分を一機のドローンにぶつけた。
弾け飛んだドローンが工場の壁に突き刺さる。エネルギーが減少し機動力が明確に低下したドローンを、反対側のマニピュレーターで掴み取る。
握りこんだその中で暴れまわる三角形の金属片を地面に叩きつけ、完全破壊した。
「――クソっ、やられた!」
一瞬の内に四機を破壊されたリーゼロッテが、ここに来て初めて焦りを見せる。悔しそうに歯噛みする彼女。しかし、未だその眼には希望が宿っている。
「でもこれならッ!」
画面右上に表示される六つ目のサブモニター。それはグレンとの戦いに備え、急遽リーゼロッテが追加した最後の〔浮遊する牙〕。
自機を目視可能な距離から離れた後に遅れて展開し、〈レギオン〉のレーダー探知圏外から追尾させていたそれのカメラに、敵機の背中が映る。
調整が間に合わず一機だけマニュアル操作するしかなかったそれが、レーダーの探知領域の僅か外から、一条の光を吐き出した。
小型のドローンに似つかわしくない出力で発射された膨大な熱量が、音速を遥かに超えた速度で走る。
だが。
「それは効かねぇって、分かってんだろッ!」
これまで幾度も見た、グレンの超人的な直感がそれを回避する。
真っ直ぐな射線から体をズラし、振り向きざまに自機の射撃を放つ。当然、リーゼロッテの反射神経ではその一撃を躱すことはできず、真っ直ぐに貫かれた〔浮遊する牙〕が爆散した。
「うっわぁ~……相変わらずえぐいっすね」
格納ドッグから二人の戦闘を眺めていたミフィーラの反応は、それはもう見事なドン引きだった。
自身の機体の関節を破壊し、それによって生まれた僅かな緩みで伸ばしたリーチで攻撃。極めつけは、射撃武器のグリップを握っての打撃だ。本来想定されていない方法で使用されたあのビームライフは、おそらくグリップ部分が壊れているだろう。
今すぐ行動不可能になるわけではないが、どちらも学園からのレンタル機でやることではない。
「ふふ、アレは整備が大変そうですね」
「私、やりたくないっすよ。わざと関節をぶっ壊す人の機体なんて面倒見切れないっす」
「となると、アレはアールド君の自腹修理となりますね。学外の業者に頼ることになりますが、……さて、一体どれくらいの金額になるのでしょう」
「考えたくないっす」
いくつもゼロが並ぶ請求書を想像しながら、ミフィーラはため息を吐いた。
モニターの映像から目を切り、イリシアは考え込む様子を見せる。
「それよりあの動き。アールド君、やはりあなたはあの能力を発現して……」
「会長?」
その様子を不思議に思ったミフィーラが首を傾げる。
「あ、移動し始めました! 決着をつけるつもりっすね。こっから先、どうなると思うっすか?」
再びモニターを眺めたイリシアは、確信を持って答えた。
「互いの消耗度合いは、機体そのものに損傷を負っているアールド君の方が上ですが……まぁおそらくアールド君の勝ちでしょう」
「でも、グレンさんはどうやって〈ガンダリス〉の装甲を突破するつもりなんすか? あの装備じゃ中々きついっすよ」
「その辺りは考えがあるでしょう。何気に戦略家なのが彼ですから」




