第一章 二ヵ月遅れの特待生①
ステラリス学園は、第五宙域内に建設されたコロニー内部にあった。何もない宇宙空間に一から建設したのではない。
小惑星帯に存在する手ごろな小惑星の内部をごそっとくり貫き、その内部を居住区として建築したものだ。
内部壁面は全面モニター仕様で、太陽を再現した光を照射。夜には年間を通して僅かに変化する星空を投影している。さらに無数のスプリンクラーを内壁に設置し、不定期に雨を降らせるという機能もあった。
内壁は小惑星中央に建築された核融合炉からのエネルギーを受け、服に編み込まれた金属分子を偏りなく引き寄せることで、体感で約1Gの『仮想重力』を作り出している。
ちなみに、服だけでなく机や椅子といった家具にも仮想重力は働いている。
そうして作り出される環境は、この場所が小惑星内部であるということを忘れさせる、まさしく地球のような環境だった。
巨大な内部空間に建設されているのは、巨大な学園とそれを囲う演習場や研究棟、ストラクト格納ドッグといった学園施設と、学生達が生活を送る寮。
人工的の太陽光に照らされた、近未来的デザインが映える白い校舎の一角に、その部屋は位置していた。
質素なデザインながら、机や椅子等の家具は本格的な、宇宙で手に入らない本物の木や皮が使われている生徒会室。
「以上で、あなたの入学手続きは完了しました」
書類の束の側面を机に押し当てながらそう言ったのは、この学園の生徒会長を務める美少女。
学園のパイロット科三年生、イリシア・ヴェルエール。
「今日から正式に、この学園に一年生として在籍していただきます」
ゆるくウェーブのかかった色素の薄い金髪はよく手入れされており、その身なりと、その振る舞いから滲み出る気品だけで、彼女がこの宇宙文明にあって上流階級出身だということが分かった。
「朝から悪いね、会長」
イリシアを前にして悠然と構え、砕けた口調で礼を言ったのは、たった今正式な入学手続きを終えたばかりの少年、グレン・アールドだった。
黒い髪に赤褐色の瞳。凛とした目元にスッキリとした鼻立ちや輪郭。ぴんと背筋を張って立つその姿勢は、それだけを見れば精悍な軍人を想起させるものがある。だが、目の前の上級生を相手に向ける怯えのない視線や、その顔に浮かべた笑みには、生来の生意気さが浮かび出ていた。
「いえ、これが私の仕事ですから」
『これは一波乱ありそうだ』と学園生活で培った直感で悟ったイリシアは、少年の軽口をさらりと受け流す。
すると、ドアがノックされる音がした。
「どうぞ」
「失礼します」
イリシアに促されて入室したのは、二人と同じく学園の制服を身に着けた少女だった。
イリシアよりは色の濃い、艶やかな金髪と、血の様な赤い瞳。目鼻立ち整った気の強そうな顔だった。
スラリとした細身でありながら、メリハリのある肢体は、十五、六の少女には過分な色気を醸し出している。
「おはようございます、リーゼロッテさん。以前お話したこと、覚えていますか?」
「はぁ。こいつが例の……?」
「はい。今日からあなたのクラス、一年C組に加わります」
加わる、といってもグレンは学園の転入生ではない。
彼は今年度の初めから、学園の一年C組に在籍していた。
「では、彼の案内役をお願いできますね」
「分かりました、会長」
少女は一言で承諾してから、グレンの方を向き直った。
「パイロット科一年、リーゼロッテ・ノクティス。よろしく」
「同じくパイロット科一年のグレン・アールドだ。グレンでいいぜ」
よろしくな、と歯を見せ笑いながら、グレンが手を差し出す。
「私のことはリーゼロッテで良いわ」
リーゼロッテはその手を握り、握手を交わした。
「なぁ会長、それなんだ?」
ふと、グレンの視線が部屋に取り付けられたモニターには、激しくぶつかり合う二機のストラクトが映っていた。
火星独立戦争最中の恒星歴三〇年に開発された、強力な機動兵器。それがストラクトだ。
高機動で戦場を駆けまわるストラクトは、宇宙を泳ぐ戦艦に搭載された砲門による攻撃が主流だった戦争の常識を一変させた。
恒星歴四一年に勃発した七年戦争で登場した第三世代ストラクトは、既存の戦艦による死者の総数を上回るほどの犠牲を出した。
現代では第五世代まで技術が進歩し、相変わらず宇宙文明における紛争の要を担っている。
「決闘ですね。この機体は、一年生のアルファード君ですね。もうすぐホームルームも始まると言うのに、元気なことです」
呆れが半分、ヤンチャな後輩を可愛がる気持ちが半分といった具合のイリシアがグレンに説明する。
「あのバカ」
それとは対照的に、リーゼロッテは完全に呆れている。
「決闘ってのは?」
「アンタ、そんなことも知らないの?」
「ストラクトを用いたパイロット同士の対決の事ですよ。勝った方は負けた方になんでも要求できる。それが決闘です」
「なるほど。面白そうだな」
にやりと笑うグレンの顔は、やんちゃ坊主といった雰囲気があった。
「そう言えば、アルファード君はあなたのクラスの生徒でしたね。これは、面白くなりそうな予感がしますよ」
「会長にとって面白いことは、多分私にとって厄介なことですよ」
「そう言えば、アンタどうして二ヶ月も遅れたわけ?」
生徒会室を出た後、ホームルームのために教室へ向かう途中。教室へ続く廊下を歩きながら、リーゼロッテが尋ねた。
今日は六月二十日。学園の新学期が始まり、二ヶ月が経っている。
人類が宇宙に進出し一〇〇年の月日が経った今でも、かつて地球の自転と公転を軸とした作られ使用されていた時間や暦の概念は残っている。
一日が二四時間。一週間は七日で、一年は三百六十五日。
基本的に四月を年度の初めとし、三月を年度末としている。
こうなった経緯は至極単純で、それが人間の体に染みついた生活リズムであり、社会に浸透した概念だったからだ。
「あぁ、就学ビザの申請を忘れてたんだよ」
「はぁ? 今どき就学ビザって、アンタどこの出身なのよ」
別の惑星やコロニーへ渡る際に必要なのは、基本的には渡航費用とパスポートがあればそれで十分だ。
太陽系に散らばった人類は全て、広域宇宙連合が作成する戸籍によって出自や身元が管理されており、基本的に渡航の目的や身元を精査する必要はない。
稀に必要となる場合もあるが、少なくともこの学園に就学するに辺りビザは必要ない。
「そりゃあくまで、連合が管理してるコロニーや惑星の住民に限った話だろ。俺は地球出身だからな」
「うそ。地球出身者なのアンタ」
宇宙人でも見たかの様な目でグレンを見るリーゼロッテ。
「そんなに珍しいのか?」
「そりゃね。地球なんて辺鄙な星からこの学園に来れる奴なんていないわよ」
ステラリス学園に入学するには、高難易度の入学試験をクリアし、多額の学費を支払う必要がある。
多くの企業が宇宙へ進出する中、それに伴って文明の中心は地球から宇宙に移っている。
そんな世界で地球に残っているのは、社会の貧困層と相場が決まっているのだ。
「『バベル事件』で地球の主要都市がやられたせいで、戸籍やらなんやらが完全に吹き飛んじまったからな。今じゃ、身分一つ証明するのにも複数の手続きを踏まなきゃならん」
「『バベル事件』ね」
その言葉に、リーゼロッテは何か含みのある表情をした。




