第四章 VS双銃要塞②
パイロットスーツに着替える為に更衣室へ向かう最中、並んで歩くリーゼロッテがグレンに尋ねた。
「アンタ、さっきのあれは本気なの?」
「あれ?」
「会長の仲間になるより、戦う方を選ぶとかいう、頭のイカれた話よ」
つい数分前の出来事を思い出し、改めてリーゼロッテは頭を抱えた。あそこまで熱心な誘いを断るどころか、大勢の生徒の前で啖呵を切るというグレンの行動。
あの場に居た生徒の殆どが、グレンに敵意、あるいは警戒心を抱いただろう。それは、共に誘いを断る形となったリーゼロッテにも。
自らの派閥を作りたいリーゼロッテにとって、先の一幕は今後に憂いを残すものだった。
とはいえ、彼女自身に〖星屑戦隊〗に入らなかったことに対する後悔はない。敵とは言えたかが学生。その程度を蹴散らせない様では、会社を継いだところで先はない。そうリーゼロッテは考えているからだ。
問題は、無事グレンを取り入れたあと。派閥を大きくしていく過程で、敵が多いことを理由に勧誘を断われる可能性が高まったことだ。
リスクとリターンの判断に長けている学園の生徒で、イリシアを敵に回したグレンが所属する派閥に入りたいという者は少ないだろう。
いや、そもそももっと大きな問題がリーゼロッテの頭にはあった。
イリシアが、派閥の圧力や決闘を用いてグレンを強引に奪っていくことこそ、リーゼロッテの一番の懸念だった。
「気を付けた方が良いわよ。会長が本気になったら、一人のアンタじゃ勝てないわ」
「そうか? 決闘なら、俺は負ける気ないぜ?」
「どういうことよ」
「決闘は申し込まれた方がその内容を決められるんだろ? 下級生に決闘を申し込ませて、自分に有利なルールにするか? 少なくとも、俺が生徒会長なんて役についてたらそんなことはしない」
想定よりもしたたかな考えを持っていたことを意外に感じつつも、リーゼロッテはそれを否定する。
「甘いわね。そんなのが通用する様な相手じゃないわよ。そんな考えじゃ、あっという間に取り込まれるわ」
イリシアについて、リーゼロッテが知ることはさほど多くはない。
零細企業の社長令嬢であるリーゼロッテとは比較にならない高貴な家の出身の人間で、この学園の生徒会長。
さらには三年生最強のパイロットで、学園史上最大規模の派閥の長を務める傑物、といったところだ。
どれも凄まじい肩書であるが、そのどれもが彼女の上辺でしかないことは、彼女に対する学園の生徒達の反応や態度で、入学直後のリーゼロッテにもすぐに理解できた。
イリシアが纏う雰囲気やオーラを感じ取った彼女の本能が、アレが尋常の学生ではないと告げている。
「ま、そうなったら大人しく従うさ」
「ちょっと、それじゃ困るのよ。アンタは私の派閥に入るんだから」
「それを了承した覚えはないぜ」
あっさりと言われ、リーゼロッテは言葉に詰まる。すると、学園支給のスマートデバイスが二人のポケットで振動した。
二人が同時に通知の内容を確認した。
「へぇ。思ってたより早かったな」
「そうみたいね」
二人のデバイスに届いたのは、次の学位戦の日時と場所。そしてその対戦相手との通知だ。
「あと数日遅けりゃ、俺も自分のストラクトが届いたんだが、まぁいいか」
グレンはデバイスを眺めて、にやりと笑う。獰猛な肉食獣が、獲物に狙いを定めるかの様な表情。
それを見たリーゼロッテが決意を固める。
(これが最後のチャンスか……)
もたもたしていると、いずれグレンはイリシアに奪われてしまう。そうでなくても、明日にはグレンの専用機が届いてしまう。
ただでさえ無双状態のグレンに専用機が届けば、彼を手に入れる難易度は一気に上がる。
その前に手を打たなければいけない。そして、それには絶好の機会も得た。きっとグレンはこの勝負を逃げない。
その確信を得て、リーゼロッテは再三グレンに問うた。
「グレン、もう一度言うわ。私の派閥に入って。私にはアンタが必要なの」
「何度も言ったはずだ。俺は誰の下に就く気もねぇ」
「別に下に就けとは言わない。あくまで対等な仲間としての勧誘なら?」
その問いに、意外にもグレンは考え込んだ。予想外の手応えにリーゼロッテが期待に胸を膨らませた。
だが、グレンの返答はさらに想定外の物だった。
「そういうことなら、むしろお前が俺の派閥に入れ」
「は、はぁ!? ちょ、ちょっと、それどういうことよ!?」
「いやなに。話を聞いてる間に、俺も自分の派閥が欲しくなった。で、丁度目の前に優秀な奴がいるんだから、誘うのは当然だろ」
「いや、まぁそりゃそうかもしれないけど……」
そして、リーゼロッテは一度深呼吸をし、それからグレンの目をまっすぐ見つめて答えた。
「私も、誰かの下に就く気はない」
「あぁ、だろうな。お前はそういう奴だと思ってた」
見つめ合った二人は、互いに互いが欲しいと思いながらも、同時に相いれない欲望も持っている。
それは即ち、自分が一番でないと気が済まないという、若者が持って然るべき根源的な、くだらない欲求である。
どちらが派閥の長であるかなど些末な問題だ。わざわざ無駄な争いをする必要はない。
それは分別の付かない子供のすることだと、好戦的な性分のグレンはともかく、リーゼロッテはそう弁えている。
だがその欲求を理性でねじ伏せ、合理を取れる気は彼女にはなかった。畢竟、彼女はそこまで大人ではなかったのだ。
ましてや、目の前の相手より自分が強いのだと証明できるチャンスを与えられた状態では尚のこと。
リーゼロッテは、グレン・アールドの名が表示されたデバイスを本人に突きつけながら告げた。
「次の学位戦、賭けをしましょう」
「賭け?」
「私が勝ったら私の派閥に入って。アンタが勝てば、私がアンタの派閥に入るわ」
そして、リーゼロッテは決定的な言葉を口にする。
「――決闘よ、グレン。今日の学位戦、一対一の対機戦で」
本来、決闘の方式は申し込まれた方が決めることになるが、学位戦は一対一の対機戦とルールが決まっている。
そしてやはり、その申し出にグレンは即答した。迷うことなどない。むしろ待ち望んでいたかの如く、瞳に闘争心の炎を燃やしている。
「乗った」
リーゼロッテの体が武者震いする。怯えではない。グレンの闘争心が伝播する様に、彼女の心に火が点いたのだ。
純粋に技量や力を競う学位戦では味わえぬ、ハイリスクハイリターンの決闘でしか得られぬ興奮が、柄にもなく彼女を支配していた。
「その決闘の立会人は、俺がやらせてもらう」
すると、二人の横から野蛮な男の声がかかった。既にパイロットスーツに着替え終えたガイオスが立っていた。
「何でアンタがここに……」
「教師に頼まれただけだ。もう授業が始まる時間だぞ、お前ら」
ガイオスがぶつくさと言う文句に、二人が茶々を入れる。
「お前、意外と真面目だったんだな」
「そうなのよ。アイツ、アレで根がお坊ちゃんだから」
「聞こえてるぞ、ノクティス」
ガイオスの文句は無視して、リーゼロッテは涼しい顔で言った。
「それより珍しいわね。アンタが決闘の立会人とか。入学以来初めてなんじゃない?」
「一度はソイツを勧誘した身だからな。決闘の相手がお前なら、勝負の結果は一番近くで見たいと思っただけだ」
皮肉気味なリーゼロッテの言葉に、ガイオスは至って真剣に返した。
拍子抜けた感覚に陥るリーゼロッテとは対照的に、グレンは級友の心意気を感謝した。
「それじゃあ頼むぜ、ガイオス」
「あぁ、任せろ。それより、お前ら早く準備しろ。早くしないと減点食らうぞ」
「へいへい。真面目だねぇ、ガイオスちゃんは」
そう言って、グレンは更衣室へ向けて歩き出した。その背後で、鼻を鳴らしたガイオスであった。




