第三章 宇宙史①
「おいアールド、お前ガイオスに勝ったって本当か?」
決闘の翌日。登校したグレンに、数人のクラスメイトが群がっていた。
「まぁな。つか、何で知ってんだ?」
その質問に、別の男性生徒が答える。
「そりゃ、特待生が初日からガイオスと決闘したら噂にもなるだろ? しかも勝ったとなりゃな」
「ったく、お前のせいで今月の小遣いなくなっちまったぞ、この野郎」
気安くそう言って肩を組む男性生徒。
「あぁ? そりゃどういうことだよ」
馴れ馴れしいその態度に特に不快感を示すことなく疑問を示すグレン。
「知らねぇの? 決闘と学位戦は賭け対象なんだぜ。あ、これ先生には秘密な」
「私は結構儲けさせて貰ったよ。ありがと、アールド君」
二人の会話を聞いていた女子生徒がそんな事を言う。
艶めく長い髪に、目鼻立ち整った容姿。制服の内側から存在を主張する二つの丘と、膝上まで折り曲げた短いスカートから伸びるきめ細かい肌。学園の制服がアイドルグループの衣装に様変わりする様な美貌の少女だ。
だがそんな彼女の顔やスタイルよりも、腰まで伸びた鴇色の髪と、それよりも僅かに濃い色の瞳にグレンの目が留まった。
「何だよエヴァ、アールドに賭けたのか?」
エヴァと呼ばれた少女は、自身の艶めく髪を払って靡かせて答える。
「うん。私、アルファード嫌いだしね。オッズも高かったし、アールド君が勝つと思ってたから」
「へぇ、流石は学年六位のパイロットだな。お目が高い」
「へへへ、まぁね。あ、そう言えば自己紹介まだだったね。エヴァ・レイモンド。アールド君と同じパイロット科。エヴァで良いよ。よろしくね」
「俺もグレンで良い。よろしくな。ところでエヴァ、聞いても良いか?」
「分かった、グレン君。どうしたの?」
「その髪と瞳は自前か?」
「そうだよ。でもこんなご時世だし、珍しくないでしょ?」
エヴァの言う通り、彼女の様に明るく鮮やかな髪や瞳は珍しくない。
テラフォーミングが進んだとはいえ、地球とは異なる環境で暮らす人間の遺伝情報には僅かな変質が生じており、その結果として、かつては存在しなかった様な髪や瞳の人間が生まれている。
特にグレンの同年代。宇宙進出から数えて第三世代目にはその特徴が顕著に表れている。
地球生まれ地球育ちのグレンが、黒髪に赤い瞳という奇抜な組み合わせになっている様に、地球環境もかつてとは様変わりしている。
「ま、それもそうか」
「そうそう。それで、勝って何を要求したの? 資産の強奪。あるいは派閥の吸収かな?」
エヴァに問われたグレンが沈黙する。
「…………」
「え、まさか君……」
「やべ、忘れてた」
決闘には、両者が望むものを賭けることができる。ガイオスが勝てばグレンを派閥に入る条件が課せられ、通常であればグレンも何か条件を課すことになる。
それを忘れていたということは、グレンは何のリターンもないまま大きなリスクを背負って戦っていたということだ。
「馬鹿なのよ、ソイツ」
「まぁまぁ、いきなりの事で僕も説明し忘れてたし」
いつの間にか登校していたリーゼロッテとノワールが、グレンを囲む中に割って入った。
「ほら散った散った。もうすぐホームルームよ」
グレンの隣に座りながら、群がるクラスメイト達を追い払う。
「おいおい、横暴だぞリーゼロッテ」
「そうだそうだ。俺達もグレンと話させろぉ!」
リーゼロッテの態度に野次が飛び交うが、彼女は少しも気にすることなく無視した。
「そうよ、リーゼ。私もグレン君と話したいな」
解散し席に戻っていくクラスメイト達の中、残り続けたエヴァがリーゼロッテに抗議する。
「あなたが手間取っている様なら、私がグレン君を勧誘しても良いよね、リーゼ?」
「ダメよ」
「あなたにどんな権利があってそう言ってるの?」
「あ? 喧嘩売ってる?」
「え、やるの?」
視線を交錯させた二人の少女が、バチバチと火花を飛ばしている。
「そこまでだ、二人とも」
その様子を見かねたノワールが割って入った。
「邪魔するの、ノワール? あなたには関係ない話だと思うけれど」
「派閥争いは結構だけど、せめてグレンの気持ちを聞くべきじゃないのか? それを無視するようなら、僕は学級長として君らを止めないといけない」
「学級長ね。とても素敵な理由だけど、私にはあなたが別の思惑から私を邪魔している様に見えるけど」
「別の思惑?」
「例えば、彼を〖星屑部隊〗が欲しがっている、とか?」
「まさか。邪推だよ、エヴァ」
ノワールが首を振って否定する。
「そうかなぁ?」
そう言ってにやりと笑うエヴァ。ノワールは肩を竦める。
「どけ、お前ら」
再び割り込んでくる声があった。野蛮な男の声だった。
「ガイオス、何の用よ」
昨日グレンと決闘を行った、ガイオス・アルファードが登校していた。
「テメェ等に用はねぇからどけ」
三人を押しのけてグレンの前に立つ。
「どうした、ガイオス」
至って自然体のグレンとは対照的に、リーゼロッテやノワールを含めたクラスメイト達に緊張が走る。彼らの間でもう一悶着起こりそうな予感を感じ取っていると、
「え、ガイオス、君――?」
グレンの正面で、ガイオスが頭を下げた。
「昨日はすまなかった」
その場の全ての予想を裏切る様な言葉がガイオスから放たれる。その謝罪が何についてなのかは、わざわざ聞かずとも明らかだ。
「気にするなよ。恨んじゃいねぇ」
「そうか、助かる」
顔を上げてグレンと視線を合わせるガイオス。やはり同世代にしては厳つい顔つきだが、昨日見せた傲慢さは無かった。
「ま、色々あったがクラスメイトだ。これからは仲良くしようぜ」
グレンが爽やかに手を差し出し、ガイオスがそれに応えて握手を交わす。
「あぁ。それだけだ。邪魔したな」
そう言って、ガイオスは自分の席に戻った。
「アルファードってあんな奴だったっけ? 何か悪いものでも食べたのかな?」
「じゃなきゃオカルト的な何かに憑かれてるとしか……」
「確かに、どうしたんだろう」
ガイオスの変化に驚く三名。周囲のクラスメイト達も大方同じことを思っていた。
「いや、むしろ素があれなんじゃねぇの。昨日の振る舞いの方が無理してる感じあったぜ」
出会って一日のクラスメイトをそう評価するグレン。
昨日の決闘の後、ガイオスは一言も話すことなく下校したが、その間に何か心境の変化でもあったのだろう、とグレンは思う。
リーゼロッテは何かに憑かれていると言ったが、むしろその逆。先ほど見たガイオスの表情は、どこか憑き物が落ちた様だった。
派閥の長としての責任か。あるいは大企業の社長令息としての自覚か。もしくはその両方か。
純粋に力を求め競争する以外の何かを、ガイオスが背負っていたのは間違いない。
圧倒的に不利な状況を自分の実力のみで覆すグレンと対峙し破れたことは、傍から見れば屈辱であるが、ガイオス本人にとっては良き出来事となったのかもしれない。
昨日までの、傲岸な態度や言動が嘘のように消えたガイオスを見て、グレンはそう思った。同じストラクトのパイロットしてか、同い年の男子としてか。あるいは、一度本気で争った者としてか。
そうこうしている内に、ホームルーム開始を示すチャイムが鳴った。扉を開けて、担任のオリアナがやって来た。
「おいーす。お前ら席に着け~」
ノワールやエヴァを含め、立ち話をしていた生徒達が席に着く。
「あ~、今日もまた午前中は座学か……」
「真面目に受けなさいよ。特にオリアナ先生の授業は、寝てると結構なスピードのチョーク飛んでくるわ」
「まじかよ、そりゃ怖い」
適当に流すグレンを見て、まさかそのチョークも避けたりするのではないか、と思うリーゼロッテであった。




