第二章 機動兵器〈ストラクト〉⑥
ヒットアンドアウェイを繰り返すグレンに対し、ガイオスは若干の苛立ちと微かな違和感を覚えていた。
状況を見れば、彼の優勢は明らかである。ガイオスの榴弾砲や戦斧が当たれば一撃で勝負が決まるのに対し、グレンの攻撃は当たりこそすれど未だ明確なダメージを与えていない。
このまま相手の大振り攻撃を捌き続け、集中力が切れた所に攻撃を仕掛ければそれでいい。
故に、ガイオスが苛立ち焦る必要はない。そのはずなのだが。
「――チッ」
脚部に足裏でサイドキックを放つグレン機に戦斧を打ち付けるが、それよりも早く後退され攻撃を空振りする。
当然、〈レギオン〉の蹴り程度――それも体重の乗っていない当てただけ――をもらったところで大した損傷はない。殺しきれなかった衝撃がコクピットを大きく揺らしただけ。
捕まえられなかったが、この調子でいけば先にミスを犯すのは相手だろう。ガイオスは至って冷静にそう判断する。
「だが――」
唯一不安点があるとすれば、今日はどうも機体の調子が悪い。決闘が始まった直後は正常に動作していたはずが、グレンと戦い出してから徐々に機体が思うように動かなくなった。
すぐに動きが止まる程の不調ではない。ただ、ほんの少し反応が遅れたり、姿勢制御に手間取ったりといった僅かなもので、敗北に繋がる様な致命的な動作不良は起きていない。
普段であれば無視できるような不調であり、それが気になるのは戦いが長引いているからに違いない。
後で整備を担当したメンバーを締め上げてやろう、なんてことを考える余裕さえあった。
頭上に掲げた戦斧の柄で、上段から振り下ろされたアックスを受け止める。アックスの刃を高速で振動させる高周波が〈フルアーマー・レギオン〉にも伝わってきた。
機体のエネルギーの一部をアックスに流し、振動数を上げているのだろう。
だがその程度の攻撃で〈フルアーマー・レギオン〉の装甲を切ることなど不可能だ。純度の高いアステリウム合金を用いた装甲を破るためには、それこそ威力の高いビーム系の射撃や、ヒート系の刃を長時間接触させる必要がある。
「オラァッ!」
力比べでは当然ガイオスが上。静止した状態から一気に戦斧を跳ね上げさせた。
崩れた姿勢を整えながら放たれた機関砲の連射が脚部に当たるが気にせず敵機へ肉薄する。その寸前。
「チッ、またか……!」
踏み出そうとした脚部が上手く持ち上がらない。スラスターで強引に前進しようとも、直立した状態では上に飛び上がってしまうだけだ。
「おい、どうなって――」
苛立ちながら自機の不調に疑問を思っていると、突如アラート音が響いた。
『両脚内部フレームに損傷を確認』
『機体の機動力が四〇%低下』
その瞬間、ガイオスは自身の慢心を後悔した。
「そういうことか、特待生ッ!」
機体が思うように動かないのは整備不良から来る不調ではなかったことを、今更ながら悟る。
左右にステップを踏み予測不可能な軌道で迫る〈レギオン〉。迎撃のために榴弾砲を放つが、あの異常な反応速度の前ではすべてが無駄となる。
そもそも俊敏な動きが不可能な〈フルアーマー・レギオン〉。低下した機動力とあっては〈レギオン〉の動きには付いていけない。
側面に位置取られる。振り上げたアックスが一直線に首に迫った。
装甲の薄い首に攻撃を受ければ、いくら〈フルアーマー・レギオン〉と言えど大きな損傷は免れない。下手をすれば一撃で首が飛び、撃墜となるだろう。
それだけは防ごうと戦斧でガードしに行くが、衝突の寸前でアックスがピタリと止まった。
「――フェイントかッ!」
がら空きになった右脚の膝関節に、機関砲が撃ち込まれる。
実体弾が撃ち込まれる振動がコクピットを揺らした。
『右脚部損傷拡大』
『機動力が一〇%低下します』
耳障りなアラート音と、システムの合成音が鳴る。
「るッせぇんだよ!」
空いた左腕で胴を横なぎに狙うが、素早くバックステップを踏まれ躱された。
「野郎、最初からこれが狙いか!」
アックスによる格闘攻撃のフェイントから、機関砲による膝関節への攻撃に成功したグレンは、再び距離を取った。
「そろそろ明確に動きが鈍ってきたな」
グレンの作戦は、ガイオスの戦いを見た今朝の時点で思いついたものから一切変わっていない。
「そのワガママボディじゃ、膝関節が辛かろう」
装甲の分厚さ由来の超重量は〈フルアーマー・レギオン〉の最大の武器でもあり弱点でもある。
重量による速度低下を補う出力強化はできても、関節部分に加わる負荷は軽減できない。
ところで、ストラクトの内部は、金属製の内部フレームと炭素ナノチューブを束ねた人工筋繊維により構成されている。
フレームに絡みついた人工筋繊維は電気的刺激で収縮することで駆動しており、その仕組みは人体とさほど変わらない。
つまり、負荷が集中するような場所も人体と似通った場所になる。
関節部に負荷が集中するというデメリットを抱えながら、そのような構造をしている理由は一重に、操縦時にパイロットがイメージし易いからである。細かい操作を〈意思伝達システム〉に委ねているストラクトは、パイロットが機体の動作を明確にイメージできるかどうかでその操縦精度に差が生まれる。
人間の体と近い関節の数や可動域である理由は、パイロットが人体を動かすイメージで機体を操縦できるという覆しようのない利点が存在しているからだ。
「膝関節の人工筋繊維に負荷がかかったせいで、内部フレームが狂ったな」
グレンが実弾系と高周波系を選んだのは、〈フルアーマー・レギオン〉の装甲ではなく内部に損傷を与えるためだ。
生半可なビーム射撃ではあの装甲を撃ち抜けないどころかまともに届かず、ヒート系の格闘武器は長時間接触させないと傷を付けられない。
実弾はビームの様に減衰・偏向させることなく関節に届き、高周波系のアックスは装甲を破れずとも触れるだけで内部に振動を伝えることができる。
実弾と高周波による振動ダメージの積み重ねで機体内部を損傷させる。
それがグレンの狙いだった。
「さぁて、腹も減ってきたことだし、そろそろ終わりにするぜ!」
にやりと笑ったグレンが操縦桿を強く握りしめ、脳内に明確なイメージを描く。
それに応える様に〈レギオン〉が動く。
素早くマガジンを交換し、大量の一四〇mmを吐き出しながら接近。
迎撃のため放たれた榴弾砲が向かってくるが、スピードを落とさないどころか加速前進し、その中を掻い潜る様に前進した。
ガイオスは後退しようとするが、狂った膝ではそれも上手くいかない。右脚が上手く上がらず、地面の瓦礫に足を取られた。榴弾砲の反動を殺しきれなかったことも相まって、〈フルアーマー・レギオン〉は後ろへ大きくバランスを崩す。
「逃がすかよッ!」
弾切れとなった機関砲を捨てる。スラスターを最大出力で吹かし、一騎打ちの開幕直後にもらった意趣返しとして肩から突進した。
完璧なタイミングでショルダータックルを入れる。グレン機のコクピットにも壮絶な衝撃をもたらしながら、自身も倒れ込むように敵機を抑え込んだ。
流石の〈フルアーマー・レギオン〉と言えど、完璧なマウントポジションから脱出することは簡単ではない。
それも片脚が潰れた状態では尚更で、下で暴れるがポジションを返せない。とはいえ、この体勢ではグレン側も攻撃を加えられない為、グランド状態からテクニックで膝立ちになる。
右肩の榴弾砲が放たれるが、頭部を傾けて避け、空いた左手のパウンドで潰す。砲身から中ほどから拉げた。
戦斧を持った右腕は、左脚で抑えている。
顔面を掴もうと伸ばされた腕を左手で掴み、相手の首に押し付けることで完全に身動きを封じた。
「終わりだ、ガイオス」
そしてその体勢のまま高周波アックスを振り下ろす。すさまじい衝撃で〈フルアーマー・レギオン〉の顔が大きく拉げるが、規定ダメージに達していないためガイオスの撃墜は告げられない。
再びアックスを振り上げ、叩きつける。合計五回。金属を潰す無慈悲な音が旧市街地フィールドに響く。
『ガイオス・アルファード、脱落』
機体のリミッタープログラムが作動し、規定ダメージを受けた〈フルアーマー・レギオン〉のアイカメラが光を失い脱力した。
『全機撃墜を確認したため、決闘を終了します』
『勝者、グレン・アールド』
静寂に包まれた戦場に、決闘の勝者を告げる機械の合成音だけが聞こえた。




