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1.ようこそ君のいない世界へ

イカロスは太陽を目指すべきではなかった。

風になるべきだった。


摩天楼がそびえる都会の下、巨大な広告塔も誰も目に映らない。

人々はスマホの青い光に囚われ、無表情のままスクランブル交差点を渡っていく。

その華やかさの裏側。

ビルの隙間にある光の届かない路地裏の奥で。


俺は死んだ。





全身が波打つような激痛に襲われ、これが死なのかと覚悟した。

感覚は薄れ、視界が白くぼやけていく。

夜のはずなのにまるで昼間のような光が脳を焼く。


「もう将来に悩む必要はないな」


そんな言葉が頭をよぎる。

俺の未来は、ここで途絶えたのだ。

そして意識は、闇へと沈んだ。




どれほどの時が流れただろう。

暗闇の中で自分が誰であったかすら忘れ、ただ漂っていた。

そんな時、心の奥に火を灯すような声がそっと聞こえた。


「ツバサ、必ずお前を救い出してやるからな」


次第にその声は反響し、晴れやかさだけが俺を包み込んだ。






目が覚める。


大きなカーテンが開く音と共に暖かな陽光が差し込む。

柔らかなベッドの感覚。白を基調とした洋風の寝室。

大きなシャンデリアが俺を歓迎しているようだ。


「おはようございます。フクチ ツバサさん、体調はいかがですか?」


透明感のある声に目をやると、少女があどけない笑顔でこちらを見ていた。


「ここは……どこなんだ?」


「町外れの森にある洋館です。以前はある方の別荘でしたが、現在の所有権はあなたです」


状況が飲み込めない。まるで異世界に飛ばされたような気分だ。

少女はこちらを伺いながらそっと告げた。


「落ち着いて聞いてくださいね。現在はAE歴三十年。ここは三十年後の未来です。あなたは悲しい事故に遭い、長い間昏睡状態にありました。」


三十年…。


気がつくとベットのシーツを握りしめていた。手のひらを見ても老いた様子はない。


少女は母親のような優しさで微笑む。


「大丈夫ですよ。私が付いています。三十年で世界は大きく変わりました。仮想現実『アニミバース』によって人々は自由に理想の世界で暮らしています。まるで楽園のようです」


「楽園?」


「そうです。人々は自らの手でゲームやアニメのような世界を創り、その世界の登場人物のように生きています。異世界ファンタジー、サイバーパンクな大都市など無限の『バース』が存在します」


「俺は……いったい?」


「記憶が曖昧なようですね。ゆっくりと思い出してみましょう」


少女はそっと俺の額に手を添える。

その瞬間、頭に電流のような感覚が走り、

記憶が泉のように溢れ出す。


俺には幼馴染がいた。





俺の人生は、今振り返ればごく普通のものだったと思う。

そこそこの大学に通い、代わり映えのない日々に、時折退屈を感じながらも、笑ったり、悩んだり、泣いたり、人並みに生きていた。


それでも、世の中の空気は少しずつ濁っていった。

ニュースや噂話から、どこか焦げ臭いものを感じていた。

誰もが無関係に見えて、何かが確実に壊れ始めていた。


そんな平凡な日常。

だが、俺の人生には一つだけ平凡とは程遠いことがあった。


ヒカワ エイイチという存在だ。

太陽のように眩しく、誰よりも前を走る存在だった。


幼少期、俺達は双子のようにともに過ごした。

公園で日が暮れるまで遊び、真っ黒に日焼けした肌を見せ合って笑った。


かけっこも、ボール遊びも、ゲームも。

いつも俺は、いつもあいつの背中を追いかけていた。


将来の夢を語り合った夜もあった。

「大人になったらルームシェアでもしよう」

「俺たちなら何にでもなれる」

そんな言葉が今でも胸に残っている。


あいつは勉強も運動も息をするように挑戦していった。

俺はいつも教えられていたな。

あいつのようになりたかった。

でも、歳を重ねるごとに、その背中は遠くなっていった。


疎遠になったけれど俺の人格の根幹にはいつもエイイチがいた。

俺にとってあいつは英雄だった。


気がつくと口は勝手に動いていた。


「エイイチ…あいつは今、何をしてるんだ?」


少女は少し目を伏せて静かに語り始める。


「彼は『サイバートピア』という大企業を創設し、知的存在『アニミス』を生み出しました。人々は彼を”たった一人で世界を救った男”と呼んでいました」


「……英雄か」


「はい。でも、彼は五年前のAE歴二十五年に亡くなりました。仲間達の裏切り、混沌を望む者達『フラットアーサー』の存在……彼の心臓は耐えられなかったようです。」


言葉が出てこなかった。

それが本当なら俺は……


少女は決意に満ちた眼差しで俺を見つめこう言った。


「お願いがあります。かつて彼と共に世界を救った6人の仲間たちは今、権力に溺れ、世界の破壊を企てる『フラットアーサー』となりました。そして英雄の遺志を継ぐ者を自称し、彼の名に泥を塗り続けています。英雄の親友だったあなたに、彼らを止めて、世界を再び救って欲しいのです」


「……俺にそいつらを止められるのか?」


少女は小さく頷いた。


「はい、あなたこそが彼の遺志を継ぐ者であり、二人目の英雄になる者です」


その言葉に、胸の奥が震えた。

壮大な何かが今始まろうとしている。


こうして俺はこの未来で目覚め、英雄の親友として、世界を救う使命を課せられた。


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