それぞれの終わりと始まり
プロローグ
[2018年 4月16日 月曜]
「はぁ……はぁ……」
この世界が過去なのか、未来なのか、それとも“やり直された”世界なのか、この“星”に住む人間は誰一人として認知できない。
そして、青年が守ろうとする自分の世界は二つの柱を失い、青年がいた世界は消滅の運命が定められている。
「はぁ……はぁ……」
青年は全てを失っていた。仲間も友もそして、思い人すら消え去った。
けれど、青年はそれでも、今“神”の前に立っていた。
「お前を殺す…………そして……全てを終わらせる…………」
殺意に満ちた瞳で、青年はボロボロの体で戦いの構えを取る。
――だが神は、あざ笑う表情で答える。
「貴様に、最後の“刻”を与えよう…………。
ツキガミアラタ」
[一週間前]
[2018年 4月 9日 月曜]
「新太――、朝だよ――!」
朝、下の階から姉貴の起こす声が聞こえてくる。
「…………う…………うん…………?」
姉貴の声と共に俺は目を覚ます。
――ガチャ!!
「新太ッ! 早く起きなさい! 早くしないと遅刻するよ!!」
姉貴は大学の支度を整えながら、部屋に入ってきた。
「起きる…………起きるってば…………」
寝ぼけながら、そっけなく返す。
「………………」
「新太…………そう言っていつも起きないでしょ…………」
「………………」
すると、姉貴は俺の毛布を剥ぎ取り無理やり胸ぐらを掴み――
「ッ!?」
「さっさと起きて学校に行け、バカがッ!!!」
――バチンッ!!!
強烈なビンタの音が俺の部屋に鳴り響いた。
「姉貴…………行ってくるわ……」
「いってらっしゃ――い!!」
俺は月上 新太。どこにでもいる普通の高校一年だ。
「………………」
「痛え…………」姉貴の強烈なビンタのおかげで、いまだに頬がヒリヒリと痛む。
「新太――!! おはよう――!!」
「おう! 梨沙……おはよう!」
彼女は幼なじみの美咲 梨沙。明るくて元気な子。姉貴とも、とても仲が良く、たまに女子会と名言って泊まりに来たりする。
あと、なんか感が鋭かったりする。
「なんで、頬っぺたさすってるの?」
「…………なんでもいいでしょ」
「あ…………、また、ハル姉に起こされたんだ」
見事にバレてしまう。
「うるさいなぁ…………」
すると、梨沙は俺の目の前で上目遣いしニヤついた表情をしながら言う。
「私が起こしに行こうか?」
「べ、別にいいよ……来なくて!!」
俺は咄嗟に顔を背けながら答えた。
「そ、それにお前の母ちゃんもうそろそろ時期って言ってただろ?」
「そうだった!! 新太のこと起こす暇なかったわ」
梨沙の母ちゃんは出産の時期で色々と忙しく、梨沙もここ最近は病院に通ってばっからしい。
「ところで赤ちゃんの名前とかもう決めてあるの?」
俺はつい思ったことを口に出す。
「ううん……まだ…………パパと三人で話そうと思っているけど中々仕事から帰ってこないから決まんないんだよね」
「そうなのか…………」
俺の両親と梨沙の両親は同じ仕事場の同僚関係であり、色々な研究をしている。
「ねぇ……新太だったらなんてつける?」
突然、梨沙から赤ちゃんの名前の案を聞いてきた。
「名前か――、名前…………」
「………………」俺はしばらく考えるが…………。
「ダメだ全く思いつかない」
「はぁ……、期待した私が馬鹿だったよ…………」
梨沙は残念そうにため息をつく。
「だったら、俺に聞くなよ」
そんな他愛もない話をしながら、俺たちは学校へと向かっていった。
学校生活は普通だ。親の方針で武道をやらされているから、部活には入っていない、今日から一週間の間、久しぶりに武道の師範がしばらく休みをくれたので俺は放課後、速攻で帰宅するのである。
下校途中、校門のところに梨沙が立っていた。
「よっ! 梨沙、お前も部活休みだったのか?」
「ふぁ!! あ、新太脅かせないでよ!!」
普通に声をかけたつもりが何故かかなり驚かせてしまったらしい。
だが、梨沙の様子が少し変である。
「き、今日…………ひ、久しぶりにい、一緒にか、か、帰らない?」
彼女は何か恥ずかしそうに手をモジモジしながら話す。
「まぁ……良いけど…………どうしたんだ? 様子変だぞ?」
「へ、変……な、何が!?」
「いや…………なんでもない……」
こうして俺たちは一緒に下校することになる。
「………………」
「………………」
校門を後にしてから梨沙はずっと沈黙のままだった。
そして、近所の公園まで歩いて来た。
俺は、なんて話しかければわからない。
(さっきからなんで、俺の顔を合わせないようにしてるんだ?)
「な、なぁ――、今日なんかあったのか?」
「な、なんでもない…………」
そっけなく返される。
「なんでもないわけないじゃん…………今のお前なんか様子変だぞ?」
「ほ、本当に、何にもない!!」
そう強く言われる。
「え――…………」
(絶対、なんかあるだろ…………)
俺はそう思うと、いきなり梨沙から不可解なことを言われた。
「新太…………今日の午後の授業……なんで“あそこ”にいたの…………」
「“あそこ”? どこの場所?」
「とぼけないで!! わ、私にしたこと、覚えてないって言わないよね…………」
「ま、待ってくれ…………梨沙……お前の言っていることがよくわからない……」
俺のクラスは午後の授業は教室でやっていた。
梨沙は体育の授業だった、そして俺は授業を抜け出して梨沙に会いにいったってことになる。
(俺が梨沙に何をやったってんだ!!)
俺たちがちょっとした口論していると、公園から梨沙の足元まで一つのボールが転がってきた。
そして、それを追いかけるように小学生くらいの女の子が走って来た。
「……はい」梨沙はボールを拾ってその子に渡した。
「ありがとう。おねえちゃん!!」女の子はボールを受け取ると公園へ戻って行った。
「ごめんね……なんか変な話しちゃって…………」
梨沙はいつものように戻った感じで謝る。
「いや……別に謝ることでもないけど…………」
俺は少し呆然としていた。
「あの子…………こんな夕方までいるけどまだ、帰らなくて良いのかな? 私、少し聞いてくる」
「ん!? お、おい」俺は梨沙の後を追った。
「ねぇ……もうすぐ、暗くなっちゃうよ? 早くお家帰らないと危ないよ?」
「ママがこの公園で迎えに来てくれるから大丈夫!」そう女の子は明るく答える。
「でも……ここの車道は車通りが激しいところだから気をつけてね」梨沙はそう注意する。
「は――い!!」女の子は元気良く返事して、遊び場に戻った。
「ねぇ……新太、なんか危なさそうだから私たちでこの子見送るまでここにいましょう?」
「そうだな…………そうしよう」
梨沙の提案であの子の迎えが来るまで待つことにした。
そして俺たちは公園のベンチに座り、雑談をする。
「結局、なんの話だったんだ?」俺は先程の梨沙の話を思い返そうとするが…………。
「もう…………良いの…………別に大丈夫」そう梨沙は答える。
俺の中ではまだ少し、モヤモヤ感が残る。
「ねぇ……新太! 私たちもあの子ぐらいの歳にさ…………よく二人で遊んだよね――」
「確かに……よく昔で鬼ごっことかかくれんぼしたりしてたなぁ…………」
「そういえば、ハル姉から聞いたけどあんた、サッカーボールで近所の家の窓ガラス割ったらしいね」
「なっ!!?」
それは小学生の頃の話である。姉貴と謝りに行った後、姉貴の鉄拳をくらい、その日、飯が喉を通らなかったほど、くそ怒られた。
(ガチのグーで殴ってくるんだもん姉貴は……)
「ところで新太って将来的に何になりたいの…………?」
「将来?…………全然考えてないな…………」
俺はあまり将来的なことを考えてはいなかった。小さい頃から将来の夢とかも何かに固執していなかった。それを知っていた親はなんかよくわからないけど、“剣技道場”のところに入れられ、今までやってた。
「私たち……もう高校生だから少し将来のこと考えた方がいいよ?」
「梨沙は何かあるのか…………?」
「うん!! 私、パティシエを目指すつもり!」
梨沙は親が研究所で働く上、帰ってこない日もある。だから、彼女はある程度の家事スキルは持っている。その中でも料理に関してはうちの姉貴にも及ばないほどめちゃくちゃ上手いのである。
「良いじゃん! 梨沙にあってるよ!」
「でも…………ママとパパは研究者の方が良いって言うんだよ…………本当は自分たちの研究を手伝ってもらうのが目的のくせに…………」
梨沙の両親はとても論理的な考えの持ち主たちだ、友達の家に遊びに行くとかは別になんとも思わないが、娘の将来だけは、自分たちの都合のみで全て話を進めるので、梨沙はそれだけが唯一の悩みである。
「確かに、ママとパパとは育ててもらって感謝はあるよ…………でも、私だってやりたいことあるのにそれを真っ向から否定されると…………私どうしていいか、わからないよ…………」
「俺が言えたら話じゃないけど…………梨沙はさ…………自分のやりたいことと、両親のやらせたいこと、今どっちを優先して考えてる」
「………………」
梨沙は数秒考える。
「…………自分のやりたいこと」
「だったら、それに進んで行けばいいよ! 自分が望むなら俺は尊重するよ」
「で、でも…………親が…………」
俺は立ち上がり梨沙の目の前に立つ。
「親に言われようがどうだっていいよ! 信じるべきなのは“その選択をした梨沙自身”なんだから!!」
「…………新太……」
「まぁ…………俺が言ってる武道の心得の言葉を少し借りるとすれば…………。
『オオミカミを真の瞳の中に写せ』ってこと!!」
「ど、ど言うこと?」
「あ――…………、つ、つまり! 自分自身の信じる心を強く持てってこと!!」
「………………」
「…………ありがとう…………なんか新太に話して少しスッキリした」
「…………ならよかった」
梨沙とそう話していると、女の子のボールが再び公園の外を出る。
(あの子、また……出たのか…………)
「――ッ!?」俺は咄嗟に女の子の方へ全力で走り出す。
「ど、どうしたの!? 新太!?」梨沙はまだ何のことか、気づいていない。
歩道を超えたボールは車道まで行く。それを追いかける女の子を目掛けてスピードで車が走ってくるのが見えた。
そして、俺はギリギリのところで女の子をつき飛ばし…………
「新太ッ――!!!」
――ドガンッ!!!
――鈍く、重い音が辺りに鳴り響く。
冷たいアスファルトの上で倒れて、視界が微かにぼやける。
「新太ッ!! 新太ッ!!」
駆け寄る梨沙の声が聞こえづらくなるのを感じ、そして、次第に意識が遠のいていった………………。
[2033年 5月 23日]
「――新太様。これからあなたには、多くの子ども達を導く存在になってもらいます。それが、今あなたに与えられた“贖罪”なのです」
薄暗い部屋の中で一人の女性は光棺桶を見つめる…………。
「では…………おやすみなさい、新太様。どうか、良い夢を…………」
女性はそう言い残し、静かにその場を去って行った。