第2章 第1話 - 研修旅行の始まり
6月に入って梅雨の季節。俺は相変わらずアダルトコーナーでバイト中だった。美由紀さんの無茶苦茶なデートアドバイスから数日経って、まだ誰をどうやって誘うか決められずにいる。毎日ぼーっとしてたら、マンガのカバーを逆さまにかけてお客さんに注意された。
「山田くん、今日も女の子のことで悩んでるの?」
美由紀リーダーがニヤニヤしながら声をかけてきた。
「そんなことないです!」
「嘘つき。顔に『誰を誘おうかな〜』って書いてあるわよ。それも太字で」
(バレてる...しかも太字って何だよ)
「あ、そういえば学校で研修旅行があるって言ってたわね」
「はい、来週長野に2泊3日で」
「いいじゃない。旅行って距離が縮まるのよね〜。特に温泉でポロリとか〜」
美由紀さんがニヤニヤしながらからかってくる。
「研修旅行ですから、恋愛とか関係ないです!ポロリとか絶対ないです!」
「童貞君は本当に純情ね〜。でも期待だけはしてるんでしょ?」
またいじられてしまった。心の中で期待してるのがバレバレらしい。
「あ、そうそう」
美由紀さんが急に思い出したように言った。
「一応持ってく?」
そう言いながら、美由紀さんが段ボール箱をドンと俺の前に置いた。
「え?何これ?」
「コンドーム」
「うわああああああ!」
俺は思わず声を上げた。段ボール箱の中には大量のコンドームが入ってる。
「何で段ボール箱いっぱい持ってるんですか?!」
「お店の在庫よ。期限が近いから処分するところだったの」
「処分って...」
「でも、もったいないじゃない。山田くんの青春のためにも」
美由紀さんがニヤニヤしてる。
「いりません!絶対いりません!」
「本当に?温泉でポロリとかあるかもよ〜」
「ありません!研修旅行ですから!」
「まあ、持ってても損はないわよ。備えあれば憂いなしっていうし」
「そういう備えじゃないでしょ!」
結局、美由紀さんに半ば強引に段ボール箱を押し付けられそうになったけど、必死に断った。
(段ボール箱って何個入ってるんだよ...)
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翌週、研修旅行当日。朝7時に学校に集合だった。寝坊しそうになって、目覚まし時計を3つもセットしたのに全部止めて二度寝してしまい、母親に叩き起こされた。
「おはよう、けーちゃん」
雫が元気よく声をかけてきた。リュックを背負った雫は、なんかいつもより可愛く見える。
「おはよう。早いね」
「楽しみで眠れなかったの」
雫がニコニコしてる。俺も実は昨日あんまり眠れなかった。違う理由で。
「みんな〜、集合して〜」
先生が声をかけて、俺たちはバスの前に並んだ。圭吾が大きなリュックを背負ってふらついてる。
「それでは、バスの座席を決めます。くじ引きで隣同士を決定します」
(くじ引き?神様、お願いします...雫と隣同士になりますように...)
俺は手を合わせてから、震える手でくじを引いた。
「17番」
「私も17番!」
振り返ると、雫が同じ番号のくじを持ってニコニヤしてた。
(うおおおお!神様ありがとうございます!今度お賽銭奮発します!)
「けーちゃん、よろしく♪」
「あ、ああ...よろしく」
俺は内心ガッツポーズしながら、雫と一緒にバスに乗り込んだ。後ろでは圭吾が「なんで俺は田崎なんだよ〜」と嘆いてる。
座席は2人掛けで、俺が窓側、雫が通路側に座った。
「わあ、窓から景色が見えていいね」
雫が俺の方に身を乗り出して外を見た。その時、雫の髪の匂いがして、俺の心臓がバクバクした。
(近い、近いよ雫...いい匂いだし...)
「けーちゃん、顔赤いよ?」
「え、そんなことないよ」
「本当に?まるでトマトみたい。それも完熟の」
雫がクスクス笑ってる。
(やべぇ、バレてる...完熟って何だよ)
バスが出発すると、後ろの席から声が聞こえてきた。
「麗華ちゃん、今日も美人だね〜」
圭吾の声だ。
「ありがとうございます」
麗華ちゃんの上品な声が聞こえる。
「美香ちゃんも可愛いし、恵ちゃんもスタイル抜群だし」
「圭吾、うるさいよ」
翔ちゃんが呆れてる。
「あ、でも田崎も意外と男らしいよね」
圭吾がフォローしようとしてる。
「やめろよ、恥ずかしい」
田崎が照れてる。
俺は振り返って後ろを見た。圭吾が美香ちゃんの隣に座ってて、翔ちゃんは田崎の隣。麗華ちゃんは恵ちゃんと一緒だった。
「みんな、いいペアになったね」
雫が俺に言った。
「そうだね」
「私たちも、なかなかいいペアでしょ?」
雫がウインクしてみせた。俺の心臓がまたドキッとした。
(雫、そういうこと言わないでくれ...)
バスは高速道路を走って、長野に向かった。途中でサービスエリアに寄って休憩。
「けーちゃん、一緒にトイレ行こう」
「え、トイレ?」一瞬ドキッとした。
「まちがえた、お土産見に行こう」
雫に手を引かれて、俺はサービスエリアの売店に向かった。なんだトイレじゃないのか。
「長野って言えば何が有名だっけ?」
「えーっと...おやき?」
「それ地元の人しか知らないよ、けーちゃん」
「あ、そうか。じゃあ、りんごとか、そばとか?」
「そうそう。あ、これ可愛い」
雫がりんごのキーホルダーを手に取った。確かに可愛い。でも値段を見ると800円。高い。
「買うの?」
「うーん、どうしようかな。ちょっと高いし...」
雫が迷ってる間に、俺はそっとそのキーホルダーを買った。バイト代が...でも雫のためなら。
バスに戻る時、俺は雫にキーホルダーを渡した。
「はい、これ」
「え?けーちゃんが?」
「研修旅行の記念に」
雫がパッと顔を明るくした。
「ありがとう!嬉しい♪」
雫が俺の腕にしがみついてきた。柔らかい感触に、俺は顔が真っ赤になった。
(やばい、雫の胸が当たってる...でも800円の価値はあった)
「けーちゃん、本当に優しいのね」
「そ、そんなことないよ」
「でも、私のために買ってくれたんでしょ?」
雫がじっと俺を見つめる。その瞳に、何か特別な感情が揺れてるのが見えた。
(まさか、雫も俺のことを...?)
「時間ですよ〜、バスに戻って〜」
先生の声で、俺たちは慌ててバスに戻った。その時、圭吾が「やるじゃんけーちゃん」と親指を立ててきた。
長野に着いて、最初の見学地は美術館だった。
「それでは、自由に見学してください。1時間後にここに集合」
先生の説明を聞いて、俺たちは美術館の中に入った。
「わあ、すごい絵がいっぱい」
雫が目を輝かせてる。
「雫って、美術とか詳しいの?」
「まあまあかな。本で読んだことはあるけど、実物を見るのは初めて」
俺たちは一緒に絵画を見て回った。最初は風景画とか静物画が並んでて、普通に鑑賞してたんだけど...
「あれ?圭吾と翔ちゃんがいない」
雫が気づいた。
「どこ行ったんだろう」
俺たちが探してると、美術館の奥の方から男子の声が聞こえてきた。
「おい、これヤバくない?」
「マジで?」
「これこそ芸術だろ!」
何やら盛り上がってる声。俺と雫が向かってみると...
「うわああああ!」
そこには圭吾、翔ちゃん、田崎、そして他のクラスの男子たちが、ある絵の前に群がって釘付けになってた。しかもスマホで写真を撮ろうとしてる。
「何してるの?」
雫が不思議そうに聞いた。
俺が近づいて見てみると...裸体画だった。ルネサンス時代の女性の裸体を描いた名画。
「おおおお、芸術って素晴らしいな!」
圭吾が変な感動の仕方をしてる。
「これ、勉強になるわ〜」
翔ちゃんも目を輝かせてる。
「田崎まで...」
田崎もしっかり混じって、食い入るように見てる。なんか鼻血出そうな顔してる。
「あの...君たち、他の絵も見なさい。それと写真撮影は禁止です」
美術館のスタッフのお姉さんが困った顔で注意してる。
「はい、すみません!でも芸術ですから!研究のためです!」
圭吾が妙な理論で反論してる。
「芸術...そうですけど、もう少し静かに...あと、研究って何の?」
スタッフさんが苦笑いしてる。
「けーちゃんも見ろよ!芸術だぞ、芸術!」
圭吾が俺を呼んだ。
「い、いや、俺は...」
雫がいる前で、そんなもの見るわけにはいかない。
「何よ、男子って...猿みたい」
雫が呆れてる。
「猿に失礼です」
スタッフさんが真顔でつぶやいた。
「あ、あはは...」
俺は苦笑いするしかなかった。
(男子、全員アホだ...猿って言われてるし)
その時、女子たちもやってきた。
「男子が騒いでるのはここね」
恵ちゃんがやってきて、裸体画を見た瞬間...
「あら、いい体してるじゃない。胸の描写が特にリアルね」
普通にコメントした。
「恵ちゃん???」
俺たちは驚いた。男子よりも冷静だ。
「何?芸術でしょ?この時代の美の基準が分かって興味深いわ。男子みたいにはしゃぐものじゃないの」
恵ちゃんがサラッと言った。
「恵さんって、そういうの平気なんですか?」
美香ちゃんが顔を真っ赤にしながら聞いた。
「体なんてみんな同じよ。むしろ男子の方が猿みたいに大騒ぎしてて恥ずかしいわ」
恵ちゃんの言葉に、圭吾たちがシュンとなった。
「そうですわね。ルーベンスの作品でしょうか?筆のタッチが特徴的ですわ」
麗華ちゃんが冷静に分析してる。
「麗華ちゃんまで...」
雫が呆れてる。
「これは美術作品ですから、冷静に鑑賞すべきですわ。男子のように興奮するものではありません」
麗華ちゃんが上品にコメント。圭吾たちがさらにシュンとなった。
「雪ちゃんはどう思う?」
雫が雪ちゃんに聞いた。
「あ、私は...」
雪ちゃんが顔を真っ赤にして、目を逸らした。
「ちょっと恥ずかしいです...」
「雪ちゃんは普通の反応ね」
雫がホッとしてる。
結局、男子は15分間もその絵の前から動かず、スタッフさんに強制的に移動させられた。
「芸術鑑賞、終了〜」
圭吾が名残惜しそうに去っていく。
「また来るからな〜」
「来ないでください」
スタッフさんが即答した。
(完全に美術館の迷惑客だった...出入り禁止になりそう)
男子が去った後、俺たちは別の絵画エリアに移動した。
「やっと静かに鑑賞できるね」
雫がホッとしてる。
俺たちが風景画を見てると、麗華ちゃんがやってきた。
「あら、けーちゃんと雫ちゃん」
「あ、麗華ちゃん。お疲れさま」
「この絵、素晴らしいですわね」
麗華ちゃんが俺たちが見てた絵を見上げた。
「これはモネの作品ですね。印象派の代表的な画家の一人で、光の表現が特徴的です」
「え?」
俺は驚いた。さっきまで冷静に裸体画を分析してた麗華ちゃんが、今度はめちゃくちゃ詳しい美術解説を始めた。
「この絵は連作『睡蓮』の一つで、モネは自宅の庭の池を題材に200点以上の作品を描いたんですの」
「麗華ちゃん、すごく詳しいね」
雫も驚いてる。
「実は、幼い頃からお兄様に美術館に連れて行ってもらってまして」
「お兄さん?」
「10歳年上なんですけど、芸術にも造詣が深くて。ゲームだけでなく、美術についてもいろいろ教えてくれました」
(麗華ちゃんのお兄さん、ゲーム好きで芸術通って、すげぇ人だな...でも10歳差って、麗華ちゃんが生まれた時はもう10歳だったのか)
「この技法は『筆触分割』と呼ばれていて...」
麗華ちゃんがさらに詳しく説明してくれる。俺はただただ感心して聞いてた。
「麗華ちゃんって、本当にお嬢様なのね」
雫が感心してる。
「そんなことありませんわ。ただ、美術は好きなので」
麗華ちゃんが謙遜してるけど、明らかに俺たちとはレベルが違う。NHKの美術番組の解説者みたいだ。
「他の絵も見てみましょうか」
麗華ちゃんに案内されて、俺たちは美術館を回った。麗華ちゃんの解説付きで見ると、絵画の見方が全然違って見えてくる。
「へー、そんな意味があったんだ」
「知らなかった。勉強になる」
俺と雫は麗華ちゃんの解説に感動しっぱなしだった。
「あの、もしよろしければ...」
麗華ちゃんが少し恥ずかしそうに言った。
「今度、地元の美術館にご一緒していただけませんか?」
「え?」
「いつも一人で行くのですが、誰かと一緒だともっと楽しめそうで」
麗華ちゃんが上目遣いで俺たちを見つめる。
(うわ、麗華ちゃんの上目遣いもヤバい...)
「いいね、行こう行こう」
雫が快諾した。
「俺も行きたいです」
「本当ですか?ありがとうございます」
麗華ちゃんが嬉しそうに微笑んだ。
(美術館デート...これって美由紀さんが言ってた『おとなしい子』向けのデートプランじゃん)
まさか麗華ちゃんの方から誘われるとは思わなかった。
美術館見学が終わって、俺たちはバスで旅館に向かった。
「今日はありがとうございました」
麗華ちゃんが俺と雫にお礼を言った。
「こちらこそ、すごく勉強になった」
「麗華ちゃんの解説、プロみたいだったよ」
雫も感謝してる。
「そんな...でも、お二人と一緒だったから楽しかったです」
麗華ちゃんが照れてる。
(麗華ちゃんって、普段はクールなイメージだけど、意外と人懐っこいのかも)
バスの中で、俺は今日の出来事を振り返ってみた。
・雫との隣同士バス移動(神のお導き)
・りんごキーホルダーのプレゼント(バイト代800円の投資)
・男子全員の裸体画前での迷惑行為(猿と化した同級生たち)
・恵ちゃんの大胆コメント(「胸の描写がリアル」)
・麗華ちゃんの冷静な芸術分析(NHK解説員レベル)
・雪ちゃんの恥ずかしがり(普通の反応)
・美術館デートの約束(麗華ちゃんからの誘い)
(研修旅行、始まったばかりなのにもうイベント盛りだくさんだ)
特に印象に残ったのは、裸体画の前で15分間動かなかった男子たち。完全に美術館の迷惑客だった。スタッフさんに「来ないでください」と即答されたのは衝撃的だった。
でも、一番印象に残ってるのは、雫がキーホルダーを受け取った時の笑顔だった。
(あの時の雫、本当に嬉しそうだったな...800円の価値があった)
旅館が見えてきて、俺の胸は期待でいっぱいになった。この研修旅行で、雫との関係はどう変わるんだろう?
「けーちゃん、旅館着いたよ」
雫が俺の肩を軽く叩いた。
「あ、うん」
「楽しみだね、温泉とか」
「そうだね」
俺たちはバスを降りて、旅館に向かった。研修旅行はまだ始まったばかりだ。後ろでは圭吾が「美術館また行きたいな〜」と言って、翔ちゃんに「やめとけ」と止められてた。