第3章 第4話 - 美香の積極的アプローチ
夏祭りから数日後、学校では相変わらずの日常が続いていた。
でも俺にとっては、雫との関係が少し変わった気がする。夏祭りでお互いの気持ちを確認できたからか、前よりも自然に話せるようになった。
「けーちゃん、おはよう」
「おはよう、雫」
朝の挨拶も、なんだか特別に感じてしまう。
「今日も暑いね」
雫がうちわでパタパタと扇いでいる。
「本当だな。まだ7月なのにこの暑さって、8月になったらどうなるんだろう」
「考えたくない...」
雫が苦笑いする。
そんな俺たちの会話を、少し離れた席から美香がじっと見ていた。
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昼休み、俺が一人で自販機でお茶を買っていると、美香が声をかけてきた。
「けーちゃん、お疲れ様」
「あ、美香、お疲れ様」
美香は普段通りの笑顔だったけど、なんとなく元気がない気がする。
「どうした?なんか疲れてる?」
「うーん...ちょっとね」
美香が曖昧に答える。
「翔のこと?」
俺が聞くと、美香はちょっと驚いたような顔をした。
「え?」
「いや、この前の夏祭りで、翔に失恋したって聞いたから」
美香の顔がパッと明るくなる。
「けーちゃん、私のこと心配してくれてるの?」
「まあ、友達だからな」
「友達かぁ...」
美香がちょっと寂しそうな表情を見せる。
「美香?」
「ねえ、けーちゃん。今度の日曜日、時間ある?」
突然の誘いに俺は戸惑った。
「日曜日?何かあるの?」
「カラオケでも行かない?二人で」
「え?」
美香の積極的なアプローチに、俺は完全に面食らった。
「だ、だめかな?」
美香が上目遣いで見上げてくる。その表情があまりにも可愛くて、俺は思わずドキッとしてしまった。
「い、いや、だめじゃないけど...」
「やった!じゃあ決まりね♪」
美香がぱっと笑顔になる。
「ちょ、ちょっと待てよ」
でも美香はもう教室に戻っていってしまった。
俺は自販機の前で一人、混乱していた。
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その日の放課後、雫と一緒に帰っていると、雫が口を開いた。
「けーちゃん、美香ちゃんと何か話してた?」
「え?」
「昼休みに二人で話してたでしょ?」
雫の鋭い観察眼に、俺は冷や汗をかく。
「あ、ああ...ちょっとな」
「何の話?」
雫がじっと俺を見つめてくる。
「別に、大したことじゃないよ」
「そう?」
雫は納得していない様子だったけど、それ以上は追及してこなかった。
でも雫の表情が少し曇っているのが気になった。
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日曜日、俺は約束通り美香とカラオケに来ていた。
「わぁ、久しぶりのカラオケ!」
美香がはしゃいでいる。普段の学校とは違って、私服の美香はより一層可愛く見えた。
ピンクのワンピースに白いカーディガン、小さなバッグを肩にかけて、まさに「可愛い女の子」って感じだ。
「美香、そのワンピース似合ってるな」
「えへへ、ありがとう♪けーちゃんに可愛いって思ってもらえるように頑張ったの」
美香の素直な言葉に、俺の心臓がドキドキする。
「そ、そうなんだ...」
カラオケボックスに入ると、美香は積極的に歌い始めた。
「この曲知ってる?」
美香が歌うのは最近の流行りの恋愛ソング。美香の可愛い声で歌われると、なんだかとても切なく聞こえる。
「美香、歌うまいな」
「本当?嬉しい!」
美香が嬉しそうに笑う。
「けーちゃんも歌って!」
「俺?俺は歌下手だぞ」
「いいの、いいの!聞きたいの」
美香に押し切られて、俺も何曲か歌った。
途中で美香がドリンクを注文して、二人でジュースを飲みながら話した。
「翔ちゃんのこと、もう大丈夫?」
俺が聞くと、美香は少し考えてから答えた。
「うん、もう大丈夫。最初はショックだったけど、翔くんには恵ちゃんの方が合ってるなって思ったの」
「そっか」
「それに...」
美香が俺の方を見る。
「もっと素敵な人が近くにいることに気づいたから」
美香の言葉に、俺は言葉を失った。
「美香...」
「けーちゃん、私のこと、どう思う?」
美香が真剣な表情で聞いてくる。
「どうって...」
「友達としてじゃなくて」
美香がさらに近づいてくる。
「美香ちゃんは...可愛いと思うよ」
「可愛いだけ?」
「いや、優しいし、明るいし...」
「けーちゃん」
美香が俺の手を握る。
「私、けーちゃんのことが好き」
美香のストレートな告白に、俺は完全に動揺した。
「美香ちゃん...」
「返事は今すぐじゃなくてもいいの。でも、私の気持ち、知ってほしくて」
美香の真剣な眼差しに、俺は何も言えなくなった。
確かに美香ちゃんは可愛い。一緒にいると楽しいし、俺のことを思ってくれているのも伝わってくる。
でも...
「雫ちゃんのこと、好きなんでしょ?」
美香ちゃんが小さな声で言う。
「え?」
「分かるよ。けーちゃんが雫ちゃんを見る目、とても優しいもん」
美香ちゃんが寂しそうに笑う。
「でも、私も諦めたくない。けーちゃんの隣にいたいの」
美香ちゃんの純粋な想いに、俺は胸が痛くなった。
「美香ちゃん...」
「今日はありがとう。楽しかった」
美香ちゃんが立ち上がる。
「また、二人で出かけない?今度は映画とか」
「美香ちゃん...」
「考えてくれるだけでいいから」
美香ちゃんが微笑む。
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カラオケの後、俺は一人で家に帰った。
美香ちゃんの告白が頭から離れない。
確かに美香ちゃんは魅力的だ。可愛いし、素直だし、俺のことを真剣に想ってくれている。
でも俺の心の中には、やっぱり雫がいる。
夏祭りの夜、雫と交わした約束。俺が一番一緒にいたいのは雫だという気持ち。
それは今も変わらない。
でも美香ちゃんの気持ちを無下にするのも辛い。
「難しいな...」
俺は天井を見上げながら呟いた。
翌日から、美香ちゃんは宣言通り、さらに積極的になった。
朝一番に俺の席にやってきて、
「けーちゃん、おはよう♪今日も暑いから、一緒に自販機行こう!」
昼休みには、
「けーちゃん、屋上で一緒にお弁当食べない?二人きりで♪」
放課後には、
「けーちゃん、今日も一緒に帰ろう!途中でクレープ買って食べながら」
もはや一日中、美香ちゃんからのアプローチが続いた。
しかも雫がいる前でも堂々と誘ってくる。
その度に雫の視線がきつくなっていく。
雫は何も言わないけれど、明らかに機嫌が悪い。
「けーちゃん、最近美香ちゃんとよく一緒にいるね」
ついに雫が口を開いた。
「あ、ああ...」
「何かあったの?」
雫の質問に、俺は答えに困った。
美香ちゃんから告白されたことを雫に話すべきか。でもそれで雫を不安にさせたくない。
「別に、何もないよ」
俺の曖昧な返事に、雫の表情が更に曇る。
「そう」
雫がそっけなく答える。
この状況、どうすればいいんだろう。
美香ちゃんの気持ちも分かるし、雫を不安にさせたくもない。
でも俺の本当の気持ちは決まっている。
俺が選ぶのは雫だ。
問題は、それをどうやって美香ちゃんに伝えるかだった。
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その日の放課後、美香ちゃんが俺を呼び止めた。
「けーちゃん、今度の土曜日、映画見に行かない?」
また美香ちゃんからの誘い。
「美香ちゃん...」
「新しい恋愛映画が公開されるの。二人で見たいな」
「美香ちゃん、俺は...」
「ダメって言わせない!」
美香ちゃんが俺の両手を握ってきた。
「昨日も言ったでしょ?絶対に諦めないって」
「でも...」
「けーちゃんの心を変えてみせる!だから一度だけ、チャンスをちょうだい?」
美香ちゃんが上目遣いで見つめてくる。その真剣な表情に、俺は何も言えなくなった。
「お願い!」
美香ちゃんのあまりの積極性に、俺は困り果てた。
きちんと美香ちゃんと話し合わなければいけない。
「美香ちゃん、話があるんだ」
「何?」
「俺は...」
そのとき、廊下の向こうから雫が歩いてくるのが見えた。
雫は俺と美香ちゃんが話しているのを見て、少し立ち止まったけれど、そのまま通り過ぎていった。
でもその時の雫の表情が、とても寂しそうに見えた。
「雫ちゃん...」
美香ちゃんが小さく呟く。
「やっぱり、雫ちゃんなんだね」
美香ちゃんが諦めたような笑顔を浮かべる。
「美香ちゃん...」
「いいの。分かってたから」
美香ちゃんが首を振る。
「でも、最後まで頑張りたかったの。けーちゃんを諦めたくなかったから」
美香ちゃんの涙がぽろりと頬を伝う。
「美香ちゃん...」
でも美香は急に涙を拭いて、決意に満ちた表情になった。
「やっぱり諦めない!」
「え?」
「雫ちゃんが好きなのは分かったけど、まだ付き合ってるわけじゃないよね?」
美香ちゃんが俺をじっと見つめる。
「それは...そうだけど」
「じゃあまだチャンスはある!私、最後まで頑張る!」
美香ちゃんがグッと拳を握った。
「美香ちゃん、でも俺は...」
「けーちゃんの気持ちを変えてみせる!絶対に諦めないから!」
美香ちゃんが宣言すると、そのまま走って行ってしまった。
「ちょっと、美香ちゃん!」
俺は呼び止めようとしたけど、美香はもう姿を消していた。
(これは...まずいことになったな)
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翌日から、美香の猛攻が始まった。
朝一番に俺の机に手作りクッキーが置いてあった。
「けーちゃん、私が作ったの。食べて♪」
美香が嬉しそうに言う。
「美香ちゃん、ありがとう。でも...」
「遠慮しないで。けーちゃんのためだけに作ったんだから」
昼休みには、
「けーちゃん、一緒にお弁当食べよう!屋上で二人きりで」
放課後には、
「けーちゃん、今日はカラオケ行かない?今度は私がけーちゃんの好きな歌、覚えてきたの」
しかも雫がいる前でも堂々と誘ってくる。
雫の顔がどんどん曇っていくのが分かった。
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土曜日、俺は結局美香の誘いを断り切れず、一緒に遊園地に来てしまった。
「やったー!けーちゃんと遊園地デート♪」
美香が嬉しそうに俺の腕にしがみついてくる。
「美香ちゃん、これはデートじゃ...」
「私にとってはデートよ。だから今日は私だけを見てて」
美香がジェットコースターやお化け屋敷で俺にくっついてくる。
「怖い〜、けーちゃん」
お化け屋敷では俺の腕をぎゅっと握って離さない。
観覧車では、
「けーちゃん、私と付き合ってくれない?」
また告白してきた。
「美香ちゃん、俺は...」
「まだ答えなくていいの。でも私、諦めないから」
美香の意志は固かった。
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月曜日、学校で雫が俺に言った。
「けーちゃん、土曜日美香ちゃんと遊園地行ったんだって?」
雫の声が少し冷たい。
「あ、ああ...」
「楽しかった?」
「雫、それは...」
「私には何も言ってくれないのね」
雫がそっぽを向く。
その時、美香がやってきた。
「おはよう、けーちゃん♪土曜日はありがとう。今度は映画見に行こうね」
美香が雫の前で堂々と言う。
「美香ちゃん...」
雫が困ったような顔をする。
「雫ちゃんも一緒に来る?でも私、けーちゃんと二人きりがいいな」
美香がはっきりと宣戦布告した。
雫の顔が青ざめる。
「美香ちゃん、それは...」
「私、本気なの。けーちゃんを諦める気はないから」
美香が雫をじっと見つめる。
「でも、けーちゃんは...」
雫が俺の方を見る。
俺は言葉に詰まった。美香を傷つけたくないし、雫を不安にさせたくもない。
「あの...俺は...」
「けーちゃんはまだ迷ってるのよね。だったら私にもチャンスはあるってことでしょ?」
美香が積極的に攻める。
雫の目に涙が浮かんできた。
「けーちゃん...私...」
雫が何か言いかけた時、チャイムが鳴った。
「あ、授業が始まる」
美香がさっさと教室に戻っていく。
俺と雫だけが取り残された。
「雫...」
「私、どうしたらいいのか分からない...」
雫が小さな声で呟いた。
俺は雫の肩に手を置こうとしたけど、雫は俺から離れて教室に向かってしまった。
(このままじゃ、雫との関係も壊れてしまう...)
美香の積極的なアプローチで、俺は完全に板挟み状態になってしまった。
自分の気持ちははっきりしているのに、それを伝えるタイミングを見つけられないまま、この複雑な状況は続いていくのだった。