第1章 第1話 - 雫編
5月の午後、IT系専門学校エンターテイメント科の教室。相変わらずパソコンとにらめっこの毎日だ。
俺、山田圭一は画面のコードを見ながら、(今日もエラーばっかりじゃん...)と内心でぼやいていた。ふと隣を見ると、水野雫がポニーテール揺らしながら真剣にキーボード叩いてる。
この子とは4月に偶然同じ本読んでて、「あ、それ俺も読んでる!」「マジで?」みたいな感じで仲良くなった。まあ、俺にとっては貴重な女友達だ。男子校出身の俺には奇跡みたいなもんである。
「けーちゃん、今日も屋上行く?」
授業終了のチャイムと同時に雫が振り返る。
「お、おう」
毎回思うけど、女の子に名前呼ばれるとなんかこう、心臓がぴょんぴょんするよね。高校時代水泳部で体は鍛えたけど、メンタルは豆腐である。
屋上に向かう廊下で翔ちゃんと圭吾と合流。翔ちゃんは今日も女子の視線を一身に受けてるし、圭吾は相変わらずナンパ話で盛り上がってる。
「よっ、けーちゃん。また雫ちゃんとラブラブかよ〜」
圭吾がニヤニヤしながら俺の肩をぐりぐりしてくる。うざい。
「ラブラブって何だよ。ただの友達だっての」
口ではそう言いつつ、内心は(まあ、悪い気はしねーけどな...)とか思ってる自分がいる。単純である。
屋上にはいつものメンバーが勢揃い。恵ちゃんは今日もワンピースで谷間チラ見せ攻撃、美香ちゃんはちっちゃい体でちょこんと座ってて可愛い、麗華ちゃんは相変わらずお嬢様オーラ全開でモデルみたい。
俺はタバコをふかしながら、みんなの会話を聞き流してた。雫が「ランニング続けてる」とか言ってて、俺も昔は水泳やってたなーとか思い出してた。
「そういえばけーちゃんも水泳部だったんでしょ?今も泳いでんの?」
雫が急に話振ってきた。
「あー、最近は全然。バイトでクタクタだし」
「もったいないなー!せっかくいい体してるのに」
ちょっと待て。今「いい体」って言った?
(え、マジで?俺の体を...?)
心臓バクバクである。
「あ、けーちゃん水泳部だったんだ!道理で肩幅あると思った〜」
恵ちゃんが俺の体をじーっと見てくる。やばい、顔が熱い。
「そ、そうっすかね...」
そこに田崎が登場。あいつ今日もなんか恵ちゃんにグイグイ行ってるけど、空気読めてない感じがプンプンする。
授業終了後、俺はバイト先の大型リサイクルショップに直行。アダルトコーナー担当という、なかなかパンチの効いた職場である。美由紀リーダー(28歳 未婚彼氏なし)がいつものように面倒見てくれる。
「山田くん、今日は遅刻しなかったのね〜」
「あ、はい。この前はすいませんでした」
「学校楽しい?」
「専門学校なんで、まあぼちぼち」
「彼女とかできた?」
うわ、来た。この質問。なぜか雫の顔がぽわーんと浮かんできやがる。
「い、いや、まだっす」
「そっか〜。まあ焦んなくていいのよ」
バイト終わって家帰ったら、雫からLINE来てた。
『けーちゃん、明日喫茶店行かない?ちょっと話したいことがあるんだ』
話したいこと?なんだろ。
『いいっすよ〜。例のドデカパフェの店?』
『そうそう!お昼頃どう?』
『おっけー』
翌日、駅前の喫茶店で雫を待ってたら、いつものTシャツ&ジーンズでやってきた。でもなんか雰囲気が暗い。
「おっす。何飲む?」
「コーヒーで」
あれ?いつもなら速攻でドデカパフェ鍋をかます雫が、今日はシンプル。こりゃ何かあったな。
「どした?何かあったの?」
雫はちょっと言いづらそうにしてから、やっと口を開いた。
「実はね...田崎のことなんだけど」
うわ、嫌な予感。
「田崎がさぁ...昨日の放課後に私に告白してきたの」
「はぁ?」
「でもね、その告白の仕方がクソだったの」
お、雫ちゃんがブチギレモード入ってる。
「どんなの?」
「いきなり『俺と付き合わない?君の胸は小さいけど、俺は気にしないから』だって」
うぇぇぇえ?
「はぁ?それが告白??」
「でしょ?私もビックリした。胸のこと言われて、めっちゃ傷ついたしムカッときた」
雫の目がうるうるしてるのを見て、俺の中でムカムカメーターが振り切った。
「で、どうしたんだ?」
「とりあえず『ごめんなさい、そういう気持ちはありません』って断ったんだけど、田崎が『なんで?俺のどこが悪いんだ?』ってしつこく食い下がってきて」
「うわぁ...」
「それで『胸が小さいって言われて嬉しい女子なんていないでしょ』って言ったら、田崎が『じゃあ、胸を大きくすればいい』だって」
え、マジで?こいつアホなの?
「マジでありえない...」
「私もキレて『あなたに私の体のことをとやかく言われる筋合いはない』って言ったら、田崎が『俺が君を選んでやってるんだから感謝しろ』だって」
「はぁぁぁぁ???」
「もうブチギレで...」
雫が手をグーっと握りしめる。やばい、殺気だ。
「金蹴りかましちゃった」
「...え?」
「陸上部で鍛えた脚力で、思いっきりガツンって」
うげええええ。男として股間が痛い。
「それは...死ぬんじゃねーか?」
「田崎、その場でバタンって倒れて、しばらくピクピクしてた。私もさすがにやりすぎたかなって思ったけど、あんなこと言われたら当然でしょ?」
雫が俺をじーっと見て、同意を求めてくる。
「めっちゃ当然だろ。田崎が100%悪い」
「でしょ?けーちゃんがそう言ってくれるとホッとする」
雫の顔がちょっと明るくなった。
「でも、それだけじゃないの。今日学校で、田崎が女子のみんなから完全にハブられてた」
「え?」
「昨日の夜、私がLINEで女子グループに田崎のことを愚痴ったの。そしたら、『ありえない』『最低』『気持ち悪い』って、みんな超激怒して」
雫の女子ネットワークの破壊力を思い知った。
「それで、今日学校に来た田崎を、女子全員がガン無視してたの。恵ちゃんも美香ちゃんも麗華ちゃんも、雪ちゃんですら田崎を避けてた」
「雪ちゃんまで?」
白木雪は普段誰にでも優しく接する子だから、それは相当だった。
「そう。田崎、完全に詰んでる」
「自業自得だな」
「私も最初はざまあみろって思ったけど、さすがにちょっと可哀想になってきた」
雫らしい優しさだった。
「でも、田崎が謝ってこない限り、許すつもりはない」
「そりゃそうだ」
俺たちはしばらく無言でコーヒーすすってた。
「けーちゃん」
「ん?」
「私の胸、そんなに小さいかな?」
うわああああ、来た来た来た。この手の質問が一番困るやつ。
「え、えーっと...」
どう答えればいいのか分からず、俺は目をキョロキョロさせた。
「正直に言って」
雫の真剣な眼差しに、俺は完全にパニック。
「俺は...胸の大きさなんてどうでもいいと思うけど」
「そうじゃなくて、客観的に見てどう?」
(こういう質問マジで勘弁してくれ...)
「うーん...確かに恵ちゃんや麗華ちゃんと比べたら...」
「やっぱり小さいのね」
雫は少しガクンと落ち込んだ。
「でも!」
俺は慌てて続けた。
「雫は雫で、めっちゃ魅力的だと思うよ。スタイルもいいし、特に下半身は...」
言いかけて、俺は自分が何を言ってるのか気づいて真っ赤になった。
「下半身って?」
「あ、いや、その...足が長いなーって」
「足?」
雫は自分の足を見下ろした。
「ランニングしてるから、太ももムチムチでしょ?」
「そ、そんなことない!」
俺は必死に否定したが、内心では雫のジーンズがパンパンに張った太ももを思い出してた。むしろそこがいいんだよ!とか思ってる自分がいる。
「けーちゃんって、やっぱり巨乳スリム派?」
またしても困る質問攻撃。
「まあ...男はみんなそうじゃない?」
「そっか...」
雫は少し寂しそうな顔をした。
その時、俺は雫の落ち込んだ顔を見て、胸の奥に何かポカポカした感情が湧き上がるのを感じた。これって単なる友情なのか、それとも...
「でも、俺は雫といると楽しいよ」
「本当?」
「本当だ。一緒にいて自然体でいられるし、話も合うし」
雫の顔が少し明るくなった。
「ありがとう、けーちゃん。私もけーちゃんといると安心する」
「そ、そうか」
俺は照れながら、コーヒーカップを持つ手が震えてるのに気づいた。
「でも、田崎のことは絶対許さない」
雫の表情が急に険しくなった。復讐モード再び。
「そうだな。あれは完全にアウトだ」
「女子の怒りはマジで怖いのよ」
雫はニヤリと笑った。その笑顔に、俺は少しゾクッとした。
(雫の復讐...田崎、完全に終わったな)
「それより、ドデカパフェ食べない?私、ストレス発散したい」
「え、でも高いぞ?」
「大丈夫!けーちゃんが奢ってくれるでしょ?」
雫はいつもの甘える表情をしてみせた。
「はあ...分かったよ」
結局、俺はまた雫にドデカパフェを奢らされることになった。でも、雫の笑顔を見てると、不思議と悪い気はしなかった。
むしろ、雫が俺に甘えてくれることが、ちょっと嬉しかった。
(これって...友達として嬉しいのか?それとも...)
俺は自分の気持ちがよく分からなくなりながら、雫がパフェを美味しそうに食べる姿をボーッと見つめてた。
翌日、学校では本当に田崎が女子全員からハブられてた。授業中も休み時間も、まるで田崎が透明人間みたいな扱い。
俺も含めた男子も、この状況にどう対応していいか分からず、なんとなく田崎と距離を置いてしまってた。
「恐ろしいな、女子ネットワーク...」
翔ちゃんが小声でつぶやいた。
「田崎のやったことは確かにアウトだけど、ここまで徹底的にハブられるとは」
圭吾も苦笑いしてた。
「雫ちゃん、意外と怖いところあるよね」
「でも、田崎が悪いからな」
俺は雫を擁護した。
その時、雫が俺の方を見て、にっこりと笑いかけてきた。その笑顔を見て、俺の胸がドキッとした。
(やっぱり、俺は雫のことを...)
でも、その気持ちをまだ言葉にすることはできなかった。
こうして、田崎事件をきっかけに、俺と雫の関係は少しずつ、でも確実に変化し始めていた。