私が人生で一番愛した貴方へこの花言葉を
「おはよう、美波」
病室の窓から飛んでいる鳥を眺めている彼女に声をかけると美波は嬉しそうに微笑んだ。
結婚して3ヶ月、幸せにすると誓った妻、美波の余命はあとわずかだった。
今日は9月17日彼女の誕生日。俺は、彼女が欲しがっていた病室に飾るための花を持ってきた。
「えっ……」
彼女は少し驚いた様子で涙を浮かべた。
「美波どうした?」
美波は、花言葉が好きだ。どんな花にも花言葉があるってすごくロマンチックと言ってよく色んな花を買っていた。
そして、俺が渡した花─ハーデンベルギアにも花言葉がある。
直接伝えるのが苦手な俺でも、花言葉でなら伝えることが出来る気がした。
『あなたに出会えてよかった』
……それが今、一番美波に伝えたい言葉だった。
「ううん、大丈夫だよ?太陽、私は…何もしてあげられなくてごめんね…ずっと私との子供が欲しいって言ってくれてたのに…」
「そんなことない。俺は、美波と一緒にいれればいいんだから」
美波の頭を優しく撫でる。
「だって私が死んだら太陽は1人になっちゃうんだよ?私、太陽を1人になんてしたくない…」
「俺は、美波に沢山の思い出を貰ったよ。もちろん美波がいなくなるのは嫌だ。でも、美波といるこの時間を今は噛み締めていたいんだ。だから泣かないで…美波」
俺は、美波の涙を拭った。
「うん。ごめん……太陽ありがと」
俺と美波は、出会った時の事や付き合ったばかりの時などの懐かしい思い出を面会時間ギリギリまで語り合った。
「じゃあ帰るね美波」
「うん…バイバイ太陽!」
美波は、俺が帰るとき、少し泣きそうな顔だったが、こぼれそうな涙を拭い俺に向かって微笑んだ。
──次の日、美波はいなくなった。
俺は、喪失感で無気力だったが、病室へ向かうと一人の看護師が待っていた。
「木崎太陽さんですね」
「はい…」
「これは、昨日の夜、美波さんがあなたにと」
そうして手渡されたのが、桔梗という花と一通の手紙だった。
『太陽へ
この手紙を読む頃には、多分私はもう……死んじゃってるよね。
……最後まで太陽の隣にいたかった。
結婚してからの毎日は、短いながらも私の人生の中で最も幸せな時間だったよ。隣で笑ったり、ふざけ合ったり、何気ない日常すら特別に思えたの。
そしてずっと想像していたんだ。私と太陽に子供ができていたら太陽と私に似てドジで少しおっちょこちょいなんだろうなぁって。そんなことを考える度に私と太陽の未来を奪った自分の病気のことを恨んでた……。
もっと太陽と一緒に居たかったよ…。
もう、これからの人生に私は隣にいることは出来ないけど、私はずっと太陽のことを忘れずに想い続けるから。
でも、『愛が重い』なんて言わないでね?それは、私のことを愛してくれた太陽の責任なんだから。
……改めて私の気持ち伝えるね。
わたしは、太陽のおかげで生きる楽しさを知りました。
そして……死ぬ怖さも知りました。
ただ時間が過ぎていくだけの人生が太陽と出会ってから一瞬一瞬全てが愛おしくて忘れられないものになりました。
私はすごく幸せだった……!私の分まで長生きしてね。
そして、また私を迎えに来て。太陽好きだよ。一生分、心から愛してる!
』
忘れるわけない……
俺が人生で唯一愛した人。沢山の笑顔をくれた人。
美波は俺にとって愛おしくて大切な人なんだ……
2人で過ごした思い出も全て恋しくて忘れることが出来ないくらい大切なものだった。
だから俺は、美波を人生をかけて幸せにすると決めたはずなのに……!
──すると、体に入れていた力が抜けてスッキリとした爽やかな匂いが病室中に広がった。
『また自分を責めてる』
しょうがないじゃないか……
『こんなんじゃ私、安心して眠れないよ』
じゃあ、このままずっと傍いてよ……
『ううん、だめだよ。私は貴方の大切な思い出にはなりないけど未練にはなりたくない』
……でもっ!
『太陽』
『私は、あなたに一生分の幸せを貰ったよ?これからも思い出すだけで続く幸せをね。』
『だからね、あなたが私にくれようとしてくれた残りの幸せをこれからの人生に使ってほしいの』
『太陽ならきっと大丈夫!そして私の分まで幸せになるって約束して』
……頑張ってみるよ。
『ふふ、そこで約束するって言わないの太陽らしいね』
『でも、すごく安心できた!またね太陽!』
……うん。ありがと……美波。
「木崎さん、桔梗の花言葉を知っていますか?」
「...分からないです」
案内してくれた看護師が桔梗の花を見ながら聞いてきた。
「『生まれ変わってもあなたと』という花言葉です。とても良い奥さんですね」
「……はい!私には、もったいないくらい優しい妻です」
…必ず逢いに行くから約束果たすまで待ってて。
『私は、あなたに大切にされて、愛されて、言葉に表せられない程幸せだったよ……。だから、そんなに自分を責めないでね。……好きだよ太陽。
これから先の人生、直接気持ちを伝えられない分この花を送ります。私の人生で一番愛したあなたへ』
───その後、彼女のお墓には一輪の白い彼岸花が咲いていた。