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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嘘つき聖女の元に天使が来た

作者: 高月水都

こんなネタが浮かんで(いや、某漫画をネタにして)

「笑いたくないなら無理して笑う必要ないだろう」

 聖女としてあっちこっちの慰安に出かけた先でいきなり言われた発言はかなり的を得ていた。




 私――カナリアは聖女だ。

 とはいっても、前世で読んだ物語のように特別な存在ではなく、職業の一つで聖女がある。


 治癒魔法とか浄化魔法が使える人が就く仕事で、聖女の仕事をするだけで嫁の行き手が増えるからと貴族令嬢が率先して数か月聖女になることもあったりする。


 前世……別の世界に生きていた記憶のある私からすればそんな聖女の在り方に戸惑い、慣れるまで時間が掛かった。


 なれたきっかけは死んだ母も同じ聖女をしていて――しかも出産後も現役だった。ことと、4つ上の兄が聖女がどういう仕事かというのを分かりやすく説明してくれたからだ。


『僕はカナリーの笑顔を見ると元気になれるんだ。聖女というのは笑顔を見せてみんなを元気にする存在なんだよ』

 にこにこと抱っこをしながら教えてくれた言葉に前世のアイドルを思い浮かべた。アイドルは常に笑顔で歌ったり踊ったり綺麗だった。


(そっか、この世界の聖女ってそのまんまアイドルなんだ)

 ただ治癒魔法とか浄化魔法が使えるという違いがあるだけ。


 そういえば、前世の【私】は病弱でずっと病院に入院していた。家族がお見舞いに来るのも数えるほどできてもすぐに帰ってしまっていた。


 そんな【私】と言うか病院に昔テレビで見ていたアイドルが慰安に来たことがあった。【私】はそのテレビを見たことなかったが、それを観ていた子供がとても嬉しそうだった。


 だけど、病院のホールで歌って踊って、入院患者を励ましていくさま。その輝きに心を奪われて、すっかり【私】はアイドルが好きになっていった。


 退院したらアイドルになりたい。そんな夢を見たけど、夢が叶う前に亡くなった。



 そんな前世があったから聖女=アイドルという図式が出来上がり、聖女になりたいと思った。私の夢をお母さんも兄も協力してくれた。


 そんな兄も今はいない。


「――大丈夫」

 鏡を見て笑みを浮かべる。


「今日も私は笑えるよ」

 兄と母の大好きだと言ってくれた笑みを――。


 


 浮かべたと思ったのに――。


「ねえ」

 私の背丈の半分ぐらいの男の子と視線を合わせるためにしゃがむ。


()()()()()の笑顔。何かおかしかった?」

 微笑んで問い掛ける。


「すっげ~。嘘臭い。無理して笑うな」

 不機嫌そうに言われて怒りが込み上げてくるが我慢する。こんな子供の戯言を気にしたら聖女なんてやってられない。


「嘘臭いってひどいな~」

「笑ってるけど、目が怒っている。()()()()は目が正直だから無理して笑うな」

 笑って聞き流そうとしたが、なおもそんなことを言ってくる子供に流石に苛立ちが生まれてくる。だが、

「今。何を………」

 さっきこの子は私のことを()()()()と呼んだ。


 私はこの子に名乗っていないし、カナリーというのは愛称だ。

「なんで、貴方……」

「ファル!!」

 言いかけた言葉が遮られる。


「やっと見つけた!! ダメでしょ。()()()()は仕事中なんだからっ」

「スロー」

 ファルと呼ばれた少年の頭を叩きながら説教するのは少年によく似た女の子。


「ごめんねカナリー。ファルにはしっかりとお説教しておくから」

 腕を引っ張って連れて行く様にあっけに取られている間に去って行ってしまった。


「あっ……」

 あっけに取られて聞きそびえてしまった。


「なんで……」

 何でカナリーという亡くなった家族しか呼ばなかった愛称で私を呼んだのか聞きたかったのに。






「リア嬢。疲れているのかい?」

 耳元で話し掛けられて、慌てて距離を置く。


「照れているのか。可愛いなリア嬢は」

 耳元で囁いてくる青年は楽し気にくすくす笑うが、そのいかにも格好つけていますという態度にスン顔になるのは仕方ないだろう。


 自分がイケメンだと自負している青年は貴族令息。いくら聖女とはいえ、庶民生まれの聖女である私からすれば空の上の人にしか過ぎないのだが、この方はぐいぐいと迫ってきているのだ。


 以前、やんわりとお断わりの言葉を述べたが、遠慮とか気づかいという勘違いをされて身動きが出来ない状態に追い込まれた。


(これ、前世で言えばパワハラだよね)

 これどうすればいいのか分からない。対応が困る。


「すみません。少し席外します……」

 と、トイレをにおわせてその場を後にして何とか離れることに成功した。


「疲れた………」

 誰もいない場所に行き、ゆっくり腰を下ろす。


(ここならゆっくりできそうだな)

 そう思ったのも束の間。数人の女性の声が近づいてくる。


「今日も鳥が飛んでいて目障りでしたわね」

「野生の鳥のくせして図々しいですこと」

 鳥?

 鳥なんて飛んでいたっけ?


「さっさと喉を潰してしまえば消えてくれるかしら」

「それはいいかもしれませんが、どうやらアーノルドさまは先にあの鳥の翼を切って足に鎖を付けようとしているみたいなのでその前に行わないと」

 くすくす

 ふふっ

 楽しげに笑う声。


 アーノルドというのは確かあの付きまとっている貴族の名前だったような……。


「そう言えばあの鳥。実の母親と兄も殺されたそうね」

 ぞわっ

 聞きたくない。


「そのようですね。どこぞのものに恨みを買って、賊に襲われて、唯一生き残ったとか」

「まあ。――()()()()()()()()()()()()()()()()

 楽しげに不幸を嗤う声。


「可哀そうに」

「聖女の力がその時に現れていれば助けれたのにね」

 笑いながら話す声は幸か不幸が私に気付いてなかった。


「わ、笑わなきゃ…………」

 兄と母が好きだと言った笑みを。聖女としてみんなを元気にさせる笑みを。


「大丈夫……私は幸せ……」

 気にしていない。気になってなんかいない。


 何度も何度も言い聞かせるように言葉を紡ぐが、気休めしかならない。


『母さん。カナリー。逃げて!!』

 たくさんの何かが壊れる音の中必死に叫んでいた兄の声をドア越しに聞いた。


『邪魔するな!!』

 荒々しい男の声と共に壁に何かがぶつかる音を耳が拾った。


 ドアが破壊され、刃物を持った男が中に入ってきた。

『やっと見つけた!! やっと、やっと……』

 狂ったような男の声と共に何度も何度も刃物が振りかざされた。


『カナリー!!』

 私を守るように抱きしめていた母のぬくもりがどんどん冷たくなっていくのを感じてた。液体が母の身体を通して流れてくるのが不快で、充満する鉄の臭いに吐き気が襲ってきた。


 どうやって助かったか思い出せない。気が付いたら教会に保護されていて、母と兄が亡くなったと言うことだけ知らされた。


 遺体は見せれないと言われたがこっそりばれないように見に行った。遺体を見ないと嘘だと信じたくない気持ちが強かったのだ。


 母の身体は大量の切り傷や刺し傷で溢れていた。抱きしめ続けていた形で遺体は硬直していて、私を離すのを苦労したような感じであり、兄は壁に叩き付けられて身体が潰されていた。


 その二つの遺体が母と兄だったものという事実を受け入れられなかった。受け入れたくなかった。


『あぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!』

 獣のような唸り声のような悲鳴。喉が張り裂けるばかりの叫び声と共に溢れた魔力暴走は、私のいた場所周辺の病人。怪我人を一気に治癒した。


 その事実を受け入れる事も出来なかった。せめて治癒能力がもっと早く出現していれば、母も兄も助けれていたのではないか。

 そんな想いが常に胸の奥にこびり付いて消えないのだ。


 そんな想いがあるからこそ、私は私をずっと許せずに、せめて聖女として多くの人を助けようと努力を重ね続けていた。


『大丈夫………笑えてる………』

 自分に言い聞かせるように呟く声がエコーが掛かっているように響く。

 

 そんな悪夢を見せられて、翌日は寝不足のためか頭が激しく痛み、目の下にはっきりクマが見える。それを化粧で誤魔化して、いつものように笑顔で聖女としての仕事を行いに向かうが……。


「寝不足なのに無理するな」

 先日の子供が現れて、無理やり腕を引っ張ってくる。


「ちょっ、ちょっと…!?」

 抵抗しようと思えばできた。だけど、聖女らしくないと言われるのではないかと外聞を気にして、出遅れた。


「ほら」

 ぽんぽんと草っ原に連れて行かれて膝枕をしてやると示される。いや、そう言われても戸惑うのも構いなしだ。


「何なのよぉ………」

 文句を言おうとするが、腕を引っ張られてそのままの流れで寝転がってしまった。


「あら、ファル。それにカナリー?」

「たっ」

「スロー。カナリーの奴目の下にクマを作って聖女活動しようとしてた」

「スワロー姉さんと呼びなさい。全く、無茶をして」

 助けてと言おうとした言葉を遮られて、そっと柔らかい布を瞼に当てられる。


 ただの布だった。だが、布はやがてぬくぬくとぬくもりを持って充てられる。

(前世、テレビで見たホットアイマスクって、こういう感じかな……)

 その心地よさに次第に眠りに誘われていく。





「昔から我慢をして無理する子だったわね」

「聖女になるのが夢といっていたけど、だからと言って頑張り過ぎだ」

 労わるような案じるような声が何となく聞こえた。


「だからこそ心配ね。………この子の価値を知った輩が自分の欲望のために動いたら……」

 だからこそ、そんな言葉が不気味に響いた。






「うん。健康状態も良好だね。……一時期、寝不足気味で心配だったんだ」

「あっ、ありがとうございます」

 健診をしてくれている神父の言葉に若干複雑な気持ちになりながら返事をする。あの日からあの子供らに捕まって膝枕される日々が続いたのだ。


「聖女だからって無理し過ぎ。採血するたびに正常値ギリギリだったのが心配だったんだよね」

 今回の検査が良好でほっとしたと言われて、苦笑いを浮かべてしまう。


「そう言えば、婚約を申し込まれていると聞いたが」

「あっ、はっ、ははっ……。まあ、一応」

 申し込んでいるのは件の貴族だ。何を思って申し込んだのか。


「しませんよ~。聖女は結婚したら能力消えるんですから~」

 特殊な例は母だけだった。他の人は結婚したら能力が消えてしまうのがほとんどだ。


「伝説にある大聖女は消えなかったらしくて、子供にもしっかり能力が受け継がれたらしいけどね」

 神父の言葉に、じゃあ、母は大聖女だったのかと思ったけど、それは違うかと思い返す。確か、大聖女は母と同年代に現れて、どこかの国で王妃になっているとか。


「私はそんな柄じゃないですよ~」

 大聖女なんて烏滸がましい。

 笑い飛ばすと神父は一瞬だけ奇妙な笑みを浮かべて、

「まあ、確かに。――そんなのどうやって調べればいいのか分からないしね」

 大聖女と名乗ってしまったもの勝ちだし、それこそ結婚しないと分からないものだと話を締めくくり、

「じゃあ、今日もお仕事頑張りなさい」

「は~い」

 と話しながら去って行く。


「さて、今日のお仕事は……」

 ある貴族の別荘に行き、そこの貴族の病気の治癒。か……。


 怪我とか呪いを緩和できる聖女は比較的多いけど病気に関しては私のほか数人しかいないからこの手の仕事多いんだよなと思って馬車に乗って向かって行く。


 ぼんやり景色を見ていたら途中にあの姉弟がいるのに気づき手を振ると姉弟も気づいて、なぜか真っ青な顔になって追いかけてこようとしているのが見えたけど、場所と子供の足では追いつけるはずもないのでどんどん離れていく。


(何慌ててるんだろう。まさか誘拐されたと勘違いしたとか)

 やけに大人びている子供たちだったけどそんな勘違いもするんだなとつい笑ってしまう。


 そんなこんなでかなり郊外の思ったよりも質素な建物に辿り着いた。


(貴族のお屋敷だと聞いたからもっと豪華絢爛なイメージだったけど、別宅だしね。落ち着いた雰囲気の建物もあるよね)

 偏見入ってたなと反省しつつ中に入る。別宅だからかそれともここの療養中の貴族が助からないと諦めているのか必要最低限しかいないのか働いている人の姿が見えない。案内してくれる侍女ぐらいだ。

(でも、聖女に治療の依頼をするくらいだから愛されてはいるんだよね……)

 藁にも掴む心境で依頼したんだろうか。

 

(ならばその藁になって助けて見せるんだ!!)

 拳を握り決意を固める。


「こっ、こちらです……」

 侍女が一つの扉の前で立ち止まり告げてくれる。


「ありがとうございます」

 案内してくれたことにお礼を述べてそっとノックする。


「どうぞ……」

 掠れた声が中から聞こえてきたのは声を出すのもやっとなのか。


「失礼します」

 そっとドアを開けて中に入る…………つもりだった。


 ドアを開いた途端腕を引っ張られて中に無理やり引きずり込まれた。


 ドアが閉められて、魔法詠唱を唱える声でドアがけして開かないようにされたのは理解できた。


「なっ……」

「もっと簡単に靡くと思ったのに時間掛かったからこんな手段を取るしかなくなったじゃないか」

 カーテンが閉められている暗い部屋。だけど僅かに差し込んでくる光が声の主を教えてくれる。


「あっ、アーノルド……さま……」

 警戒をしていた貴族だ。なんで彼が。


「病人っ⁉」

 そうだ病人は、どこ!?

 辺りを見渡すが他に人らしき気配はない。


「病人。ああ、そうかもね。――君に対して恋の病。と言っても信じなさそうだ」

 どこか面白がるように嗤う顔。


 警戒して睨むとそれをどこか面白がるように反応をして。


「僕はね。聖女を作りたいんだよ」

「はぁ~!?」

 聖女を作るって聖女は治癒能力とか浄化が出来る存在のことで狙って作れるわけないのに。


「――それが作れるんだよ。大聖女がいれば」

 アーノルドがどんどん近付いてきて、それが怖くて後ずさりする。


「知ってるかな。大聖女なんてもともといなかったんだよ」

「いなかった……」

 何言ってるのだろうこの人は、大聖女はどこかの国の王妃で………。


「ちなみに某王妃は偽物。子供が居ないのは白い結婚だから。大聖女は子供を産んでも能力は消えない。唯一の本物の聖女だからね」

 偽物。本物………。


 子供を産んでも消えないと言われて母の顔を思い浮かべる。


「大聖女と呼ばれている本来の聖女の遺伝子を……一番分かりやすいのは血液かな。それを他の少女に移植するだけで聖女が出来上がり、まあ、それでも本物より劣るし、子供が出来ると能力が消えてしまう。でも、本物はいくら子供を作っても能力は衰えない。それに――()()()()()になるんだ」

 後ずさりをしているが壁にぶつかって逃げ場がない。


「神父に言われなかった? 結婚しろとか」

 どくんっ

 いやな考えが浮かんでしまった。よく検診で採血をされた。前世の記憶があるから採血は不審に思わなかったけど、量が多いなと思ったのは医学が発達していないからだろうと一人で納得していた。


「まあ、そんな訳で、聖女を作りたいんだよね。――協力してくれるよね」

 そんなことを言われて、はいそうですなどと言えるわけない。捕まりたくないと捕まった時に何をされるか理解してしまったからなおさら逃げようと思った。


「さて、遊びはここまで」

 あっさり捕まり、ベットに投げ落とされる。


「さあて、可愛がってあげるよ。大聖女の遺伝子が足りないって困っているからたくさん子供を作らないとね」

「………っ」

「ああ。――そうそう。君のお兄さんが亡くなったことがかなりショックだったみたいだよ。お兄さんがいればもっと聖女を増やせたかもしれないってね。酷いよね。自分こそが大聖女だと逆恨みした女性が男を唆して君たち親子を殺害させたって」

「えっ…………」

 そそのかされた人が殺した。自分こそが大聖女だと逆恨みして。

 お兄ちゃんがいれば聖女をもっと増やせた……。


「おかげで聖女の生産も間に合わずに……」

「返してっ!!」

 お兄ちゃんは道具じゃない。お母さんだって逆恨みで殺されていい存在じゃなかった。


「お兄ちゃんを返してよっ!!」

 あんたが……あんたたちみたいな存在がお兄ちゃんを、お母さんを奪った。


「二人を返してっ!!」

 壊れていく聖女の幻。憧れが砕かれる瞬間。


 そして、自分にこれから起きる恐怖。


 それらでもう限界に近かった。

(ずっと耐えてきたのだ)

 母の様な聖女になる。二人がいなくても大丈夫だと言い聞かせて。


(もう、無理………)

 涙が流れる。


「助けて……」 

 求めることを止めていた。来ないと思っているから。


「助けて、お兄ちゃん……」

 でも、心が悲鳴を上げてその存在を求めた。


「助けてお兄ちゃん!!」

「何を言う。貴方の兄は」

「――助けを呼べてえらいな」

 おかげで場所が分かった。


 カーテンが揺れる。先ほどまで窓は空いていなかったのに窓が開いて人が入ってきたのだ。

「なんでだっ⁉ 誰も入れないように術がしてあったのに」

 アーノルド声をあげる。


「――まあ、そこは企業秘密と言うことで」

 少女の声。


「助けてでお兄ちゃんだけだったのは少し悲しいわね」

「文句言うなよ」

 この場にそぐわない軽口。


「貴方たち……」

 ファルと呼ばれた少年とスローと呼ばれた少女。


「替えが利かなくなったから強硬手段に出たのね」

「はっ、何を言っているか分からないが、お前たちのようなガキが」

 アーノルドが二人に向かって魔力を放つが、それが届く前に四散する。アーノルドは気付かなかったけど、そこに聖魔法の魔力の流れが感じられ、魔法を分解したのだ気付いた。


 ………聖魔法でそんなことが出来るなんて初めて知った。


「聖魔法と言われる物は防御や治癒とかは優れているけど、攻撃手段がない。そう言われているのは知っているか?」

 ファルの言葉と同時に気が付くと彼の背後にファルは回り、頭を挟むように両手を持っていき、

「でも、あるんだよな。――攻撃手段」

 アーノルドの身体に聖魔法を送り込む。その膨大の量は私よりも豊潤で強いのが感じられる。


「あれは………」

「聖魔法というのは呪いとか悪意とかそういうものを緩和するのが第一目的で、善性と呼ばれるものなのよ。だけど、人間は世間一般的に欲望という悪性と認識されやすいものがあって進化し続けるもの。そんな人間の脳に直接聖魔法を送り続けるとね。意識がかなり善性に偏っているのに自分の記憶にある()()()()()()()を見せつけられて良心が耐えられなくなるの」

 結果残されたのは自分の行いが悪行だと思い知らされて、罪の意識で苦しむ存在が一人。


「まあ、そんな危険な術を行えるのはよほど聖魔法に優れている人が聖魔法を喪失しても構わないとまで思っていないと無理だけどね。ファルしかできないからカナリーは真似しちゃだめよ」

 約束だと微笑むさまに既視感を覚える。それは以前、見たことあって……。

「お母さん……」

 亡くなった……いや、殺された母の笑みにそっくりに想えた。そう思えるとアーノルドから手を離して、ぼんやりとしているアーノルドの相手をせずにこちらを案じている存在は……。


「お兄ちゃん……」

「正体をばらしたくなかったよ」

 と頭を撫でてくれる小さい手。私よりも小さい年下の子供の手。


「年下の子供にいきなり兄だと言われたらいやだと思ったし、格好いい兄でいたいのに子供ぽさばかり見せているから恥ずかしくて……」

 そんな顔を赤らめて困っているファルを見て、

「いや、可愛いけど」

 正直、もっと見たい。


「カナリー……?」

「そう言えば、私初恋がお兄ちゃんだったんだよね。今なら結婚出来るかな」

「カナリー!!」

「あら、二人が結婚して孫を見せてくれるの? 良いわね」

「スロー!!」

 女二人の発言に心底参っている兄であった人を見て、久々に心からの笑顔を浮かべる。


「やっと笑った」

「私たちの大好きな笑顔ね」

 それを二人は喜んでくれたのがますます嬉しかった。




カナリア――前世日本人の病院に入院していた女の子。今は大聖女の血を継ぐ聖女(多分生まれてくる子供も聖女になる)

ファル(本名ファルコ)――前世カナリアの兄。かなりシスコンであった。大聖女の息子だったので聖魔法が使えた聖人になるはずだったが、その前に殺される。だけど、前世のスキルの影響か記憶も魔力も持ったまま転生して妹を見守っていた(いまだにシスコン)今のところ妹以上の感情はない……はず。

スロー(本名スワロー)――前世カナリアの母。子供大好き。大聖女だったが嫉まれて殺されて息子と共に転生する。娘可愛い。息子(今は双子の弟)も可愛い。二人が結婚したらお祖母ちゃんになれるのねと思っている天然。

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― 新着の感想 ―
自分の行いが悪行だと思い知らされて、罪の意識で苦しむ > 自死する前に慣れてしまいそうだけど、効果時間はどの位あるんだろう? 聖女はアイドル! それを作り出そうとするアーノルドはダークサイドに堕ちた…
某漫画にもこういう救いがあったら良いのに、と思いながら読了いたしました。近頃、バッドエンドやメリーバッドエンドの作品が増えているような気がします。
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