どこよりも平和で幸福な国
地上の楽園と称されるある平和で幸福な国でのこと。
男性が一人、包丁を持ってある政治家の家に押し入り、平和な顔で寝ている家人を殺害し、ついでとばかりに金品を強奪して逃走した。
しかしすぐに捜査の手は伸び、捕まってしまう。
男は勾留中にも、そして裁判中にも何度となく叫んだ。
「俺は悪くない! 俺の子どもを奪ったこの国が悪いんだ! もっと良い国ならこんなことはしなかった! 俺が殺したあいつは、俺の子どもを奪う判断を下しやがった奴の一人なんだ! こんな国はおかしい!」
しかしその叫びはすべて黙殺され、やがて判決が下される。残虐な犯行であり、反省の色も見られない。当然ながら極刑であった。
男は叫び声をあげて暴れ始めるもすぐに取り押さえられた。
取り押さえられた男は、そのままどこかへと運ばれていった。
と、ここで七つになったばかりの子どもに繋がれていた人生観測装置のモニターの電源が切れた。映像を見ていた出生判断官たちは互いに顔を見合わせて頷いた。
「この子はダメですね。三割以上の確率で、いま見たのとほとんど同様の罪を犯します」
「秩序を乱す可能性がそんなにあるのでは仕方ありませんね。この子どもは追放処置を行うということで」
そして子どもは楽園の周囲にあるスラムへと捨てられた。子どもがその後どうなったのか、楽園の住民たちは誰一人として知ろうとすらしなかった。
その子どもが楽園で生きたときに辿るかもしれなかった人生の記録映像は、多少の加工と脚色を施されてから楽園内で娯楽映画として販売され、住民たちを楽しませた。
こうして犯罪の芽は育つ前に摘み取られ、罪を犯すものは娯楽として消費され、楽園はますます平和に、幸福になっていった。
それはきっと、とても素晴らしいことなのだろう。
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