私を憎んでいるはずの旦那様が何故か別れてくれません
私がこの家に嫁いでから半年、不在がちな夫であるセドリックとは碌な会話もした事が無かったけれど、夫が仕事を早めに切り上げ帰宅したこの日、私から声を掛け初めてまともな会話をする事になった。
「離縁致しましょう」
「……は?」
久方振りの二人揃った晩餐で私の切り出した言葉に、夫は驚きからか手にしていたフォークを地面に落としている。
何を今更驚く事があるのかしら、私と離縁したかったのは貴方でしょうに。
何故そう思うのかというと、私がこの国の元敵対国から嫁いで来たからだ。敗戦を確信した我が国は速やかに降伏し、王女と独身の有力貴族令嬢を数人この国に差し出した。その差し出された有力貴族令嬢の内の一人が私、アネット・クラヴェルだった。
軍人である彼は戦争での武勲を評価され、褒美という名目で私を娶る事になった。けれど、彼にとっては褒美でも何でもない地獄だった。何故なら私の父も軍人であり、戦争時その父が彼の最愛の家族の命を奪ったからだ。
先の戦争で父も亡くなったけれど、彼は未だ私を心の底から憎んでいるだろう。結婚式の日の夜も初夜を共に過ごす事は無く、碌な会話もしないまま私は今日まで一人寂しく過ごして来た。
使用人達からも忌み嫌われ一人寂しく過ごす事で、私は漸く貴族としてのプライドを捨てる覚悟ができた。
「貴方は真に愛する方とお過ごし下さいませ。私は娼婦にでもなりますわ」
「自分が何を言っているのか、分かっているのか……?」
勿論です、と返事をすると、彼は何故だか酷く狼狽えた様子で手を震わせている。いつも無愛想で目すら合わせない彼が今までにない程驚愕した顔をしている事に、私は違和感を感じた。
何なの?そんなに変な事を言ったかしら?
彼にとっては願ってもない申出だろうと踏んでいたのだけれど。
まぁ突然の発言に動揺しただけできっとすぐに了承するだろう、と思っていると「許さない……」という言葉が聞こえた。彼が微かに呟いたようだ。
家族を皆殺しにした私の家を許さない、という意味だろう。それなら早く返答をしてくれないかしら。
私が食事を進めながら彼の答えを待っていると、突然勢い良く立ち上がった彼が
「離縁など許さない……!!」
と苦しげな声で訴えた。
「……え、どうしてですか?」
「何故って……一度夫婦になったのだ。そう簡単に離縁など出来る訳がーー」
「出来ますわ。既に他家に嫁いだ私の知り合いは離縁され、帰る家も無く娼館に売られました」
人伝に聞いた知り合いの話をすると、彼は切れ長の目を大きく開き「君は、娼婦になりたいというのか!?」と問い掛けてくる。そんな訳ないでしょう。
「貴方が離縁を望むと思って言っただけです。私も帰る家などありませんから」
「俺がいつ離縁を望んでいると言ったんだ!!」
「だって……夫婦として碌な関係も築けていなかったではないですか」
セドリックの予期せぬ発言に、元敵対国出身の私を毛嫌いしていた使用人達も困惑の表情を浮かべている。
私も何故彼がここまで離縁をごねるのか理解が出来ず、
「貴方の家族を殺したのは私の父です。その娘である私を憎んでいらっしゃるのでは無いのですか?」
と疑問を投げ掛けると、彼は何かに気付いたような顔をして大きな溜息を吐いた。
彼は力無く椅子に腰掛けたかと思うと「……君を勘違いさせたのは、全て俺のせいだな」と小さな声で呟き、そして語り始めた。
「確かに、最初は君を憎んでいた。君本人に罪は無いとはいえ、行き場のない怒りで君を憎まずにはいられず冷たく接してしまったと思う。だが、今は決して憎んでなどいない」
「ですが、そうとは思えないほど貴方の態度はずっと変わっていません」
「それは……」
私の質問に、何故だか彼は頬を染め言い淀んでいる。真剣な眼差しで見つめていると、
「……美しい君との関わり方が分からず、逃げていただけだ」
と恥ずかしそうに告げた。
「……は?」
思わず声を漏らすと、彼は諦めたように「俺は君を愛している。離縁などと二度と言わないでくれ……」と言い、眉を下げ酷く悲しげな表情をした。
「これからは君を蔑ろにしないと約束する」
「はぁ?」
「初夜もやり直そう」
「ほぁ?」
「この後、君の寝室に行く。準備していてくれ」
「えっ、ちょっ、は!?」
怒涛の勢いで放たれた彼の言葉に驚いていると、忽ち今夜の予定が決まってしまった。
そして食事を終え準備を終えると、宣言通り彼は寝室にやって来て、私達は初めて夫婦の務めを果たした。
翌朝目が覚めると彼が愛おしげに私を見つめていて、この人と離縁する事はきっと無いのだろうと察した。
それ以降彼は宣言通り私を溺愛するようになり、私を忌み嫌っていた使用人達も主人の私への溺愛ぶりを見て態度を改めた。
結局セドリックとは別れられず、私は今も尚彼の妻として生きている。
こんにちは、鈴木です。
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