異世界から来た聖女様に婚約者を取られる悪役令嬢に転生したので、進呈するつもりでしたが~浮気王子はいつまでも浮気王子~
ライラ・カートマンは聖女様が現れるのを待っていた。
婚約者の浮気王子と、これで別れられる。
ただ、この一点の為に、聖女様を待ち望んでいた。
婚約者の浮気相手にマウント取られること=婚約した期間。
非常に苦痛に満ちた期間だった。
それも、聖女様が現れることで解消される。
浮気王子の最後の女=真実の愛のお相手はこれから現れる聖女様なのである。
そう。ライラは漫画『遠い世界より愛を』で異世界から来た聖女に婚約者を取られる悪役令嬢に転生していた。
(ありがとう、聖女様! 浮気者の婚約者を奪ってくれて、ありがとう!)
(マウント取ってくる浮気相手たちの標的になってくれて、ありがとう!)
(現在進行形でなくとも、マウント取ってくる過去の浮気相手の標的になってくれて、ありがとう!)
これも『遠い世界より愛を』に書いてあったことだ。
ライラは悪役令嬢ではあるが、悪役は一人ではない。名もなき悪役たち、連載伸ばしに無限に増えるそれは浮気王子の過去の浮気相手たちだった。
ライラ・カートマンは名前の出てくる一番最初の悪役で、浮気王子が聖女様と真実の愛に愛に目覚める=婚約で退場する悪役令嬢である。
その後、聖女様は死ぬまで浮気王子の元浮気相手にマウントを取られ続ける運命である。
浮気王子と結婚した時点で、王子の妻である彼女にマウントを取るなどできないと思われがちだが、婚約者であったライラが公爵令嬢であるにも関わらずマウントを取ってきた女たちである。
王子の妻であろうが、そんな些細なことで罰せられることがないのを知っている彼女らは、死ぬまでマウントを取り続けるだろう。
そうでなければ、ライラにもマウントを取って来たりはしない。
浮気王子の浮気相手でも、マウントを取って来ていない為に気付かなかった浮気相手もいるだろう。
だが、ライラに喧嘩を売ってきた浮気相手たちは聖女様とはいえども、マウントを取って来る。王子の婚約者である権勢を誇る公爵令嬢にすらマウントを取ってきたのだ。後ろ盾などほぼない異世界から来た聖女様など、威光に慣れきってしまえば、マウントの取り放題だ。浮気王子すら、守ることが苦になる人数の浮気相手たちなのだ。一々、潰していったら国が回らない。そんな人数だ。
(これでマウント地獄から逃げられる!)
(これで浮気王子と縁が切れられる!)
それはそれは聖女様の登場を待ち望んでいた。
そんな時、バーディナ侯爵家の令嬢から訪問のお伺いを受けた。
ライラにとっては、友好関係のないただの顔見知りの令嬢だ。しかし、彼女の家はカートマン家と大差ない権勢を誇っている。
ライラはアリス・バーディナの訪問を受け入れた。
「ようこそ、おいで下さいました。アリス様」
「突然のお願いをお聞きくださって、ありがとうございます。ライラ様」
「お茶を用意いたしましたので、どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
当たり障りのない挨拶と会話をして、二人はテーブルに着いた。
「ライラ様。単刀直入にお聞きします。『遠い世界より愛を』という物語はご存じでしょうか?」
アリスは爆弾を落としてきた。これでは自分が転生者であることを暴露するようなものだ。
ライラの選択肢は自らも転生者であることを明かすか、素知らぬふりをするかの二択しかない。
「存じております」
本当はしらばっくれても良いのだが、転生者であるアリスが聖女様の来る時期に接触して来たのだ。何か意味があるのだろう。
「『聖女より愛を』はご存じですか?」
「聖女より愛を?」
ライラは聞きなれぬ言葉に首を傾げた。
「ご存じないのですね」
「それはなんでしょうか?」
「『聖女より愛を』は乙女ゲームです」
「乙女ゲーム? でも、この世界は『遠い世界より愛を』の世界ですよね?」
「乙女ゲーム『聖女より愛を』の世界であり、漫画『遠い世界より愛を』の世界でもあります」
「はあ?!」
漫画の世界だと思ったら、乙女ゲームの世界でもあると聞かされて、ライラは混乱した。
「問題は『遠い世界より愛を』の浮気王子が、『聖女より愛を』のメインヒーローの王子でもあることです」
「えええっ?!?! ちょっと待ってください! 浮気王子は聖女様と結婚して、マウント女、蹴散らしていましたよね?!」
二つの違うメディア作品の世界であるだけでなく、登場人物までかぶっていると聞かされ、ライラの混乱は増した。
浮気王子の浮気は聖女様の登場で終わったはずだ。
「ところが、二次創作や出版社へのファンレターで聖女とくっつくことが気に食わない派が暴れまわって、乙女ゲームが作られたんです」
「ちょっと待って?! 浮気王子と恋愛したいって、自虐過ぎない?! なんで自虐的な人が暴れまわって乙女ゲームが作られているの?!?!」
カオスな制作背景をライラは理解できない。
「嫌がらせをしてくる浮気相手がたくさんいて飽きさせないイベント。ヒロインの容姿も自分好みにカスタマイズできる自由度で大人気でした」
「ちょっと待ってーー!! あの浮気王子だよ?!!」
ライラの言葉遣いが崩れた。
「浮気相手は同世代以外にもいたので、学園に在籍していない悪役が引き起こすイベントが目新しかったと、掲示板に書かれていました」
「いや、だから、浮気王子がメインヒーローって・・・!」
『聖女より愛を』は乙女ゲームの王道の、学園物だったらしい。
「みんな、学園物の乙女ゲームには飽きたんでしょう」
「飽きたからって、メインヒーローが浮気王子だよ?!」
「浮気王子より、『遠い世界より愛を』の聖女を含む多彩な悪役(浮気相手)たちを遣り込めるのが楽しかったそうです。・・・多分、現実でムシャクシャした人たちの需要を満たしたんだと思います」
「いや、でも・・・。それ、原作漫画関係ないじゃん」
「漫画家さんが頑張って浮気相手作りまくったからでしょうね。現実の嫌な女性がその中にいたら、ゲームで遣り込めたら、爽快ですよね」
「え? アリス様、実体験ですか?」
「夫の浮気相手と同じこと言った奴がいましてね」
「え・・・?」
アリスの闇が深すぎた。
「そんなことより、ライラ様」
「そんなことじゃないよね?」
「ライラ様にお会いしたのは、これからライラ様が大変な目に遭うからです」
「ええ?!! 私、『遠い世界より愛を』で退場するよね?」
「『聖女より愛を』は浮気王子と婚約破棄してからの話になります。ライラ様は学園に通う生徒の一人であり、王子の浮気相手たちに濡れ衣着せられて死ぬ運命です」
「ちょっと待って! 本当、ちょっと待って!! なんで、静かに退場できないの?!」
「浮気王子と同世代で、元婚約者ですからね。婚約者候補からは外されても、浮気された恨み辛み持っているって設定らしいです。それで、濡れ衣着せられました」
「濡れ衣って、完全に冤罪!」
「ドンマイ」
「・・・」
(これ以上、何も考えたくない)
ライラの頭は現実逃避してしまった。
自分の状況を抜きにして考えた場合、妙に引っかかる単語があった。
「婚約者候補? 聖女様が婚約者になったんじゃないの?」
「異世界から来た文化も風習も違う聖女が婚約者になれると?」
「『遠い世界より愛を』はすぐ婚約していたじゃない」
「『遠い世界より愛を』は浮気王子と浮気相手たちへのざまあがメインだったから、婚約者候補時代は書かかれていなかったのではないかと」
「次々、マウント女出すより、そっち書けよ」
「礼儀作法やお勉強シーンばかりの漫画って、面白いと思いますか?」
「それは・・・」
「浮気相手たちの策略を見切って、ざまあするほうが面白いですよね」
「確かに」
「ということで、ライラ様。濡れ衣着せられて死ぬ、ライラ様」
「なんで、まだ浮気王子に悩まされなきゃいけないの」
「婚約者候補にはならなかったんだから、濡れ衣着せられないように頑張ってください」
「気楽に言わないでよ!」
「私は婚約者候補として、ヒロインの男爵令嬢と対決しなければいけません」
「え?! 聖女様がヒロインじゃないの?!」
「ヒロインは乙女ゲームによくある男爵令嬢です。聖女は婚約者候補です」
「・・・」
聖女様は婚約者候補で、ヒロインではないらしい。前作ヒロインがヒロインじゃなくなるって、聖女様、立場ない。
「私は浮気王子の浮気に巻き込まれないように、濡れ衣も着せられないように頑張る所存です」
婚約者候補でも浮気相手にされる。『遠い世界より愛を』の聖女様を本命と考えたら、他の婚約者候補は浮気相手だろう。
アリスは濡れ衣着せられるよりも、大変な立場らしい。
「が、ガンバ」
「ライラ様もガンバ、です」