9:私は悪女。
ガシャンと牢の鍵が開けられ、囚人の男たち三人が私の牢になだれ込んでくる。
「止めろ!」
向かい側の牢で、ロベルト様が必死に叫んでくれている。
――――ごめんなさい。私のために怪我しないで。
これから行われるのは、私の凌辱劇だと誰もが思っているはずだ。
「ほらほら、ねぇちゃん、奥から出ておいで」
「怖くないよー?」
「うははは! 無茶言うなや! 兄ちゃんの目の前でイイ声で鳴いてやりな?」
男たちが牢の隅にいる私を捕まえようと、手を伸ばしてくる。
深呼吸をして、全身に魔力を巡らせる。
「申し訳ありません」
「お? 観念したか? 抵抗してくれたほうが、楽しくはあるんだがな?」
「いえ。本当に、申し訳ないと思っていますが、奪わせていただきます」
先頭に立っていた男の胸に、そっと掌を当てる。
次の瞬間、男が膝から頽れた。
「「は?」」
目の前で起こったことに、囚人の二人がぽかんとしている。
「……なるほど、こうなるのね」
頽れた男はもともと赤茶けた髪だった。今は真っ白に変わり果て、頬は痩せこけて老人のような見た目になってしまった。辛うじて息はしているようだ。
「もう少し、調節してみるわ。死なない程度に」
そうして、呆然としたままの男たちに掌を向けた。
ドサリと倒れ込み尻もちをついた二人は、先程の男と同じように老人のような見た目に変わっていた。
「調節が難しいわね……」
「魔女だ……」
「あ、あ、あ、悪魔だ」
――――そうかもしれないわね。
『君は聖女だよ』
神はそう言うけれど、神は神だから。
人間から見たら、私のような能力を持った者なんて、悪魔で、魔女で間違いない。人の生気を奪うことを厭わないなんて、悪女のような思考回路だもの。
「ラシェル? いったい、何を……」
ロベルト様の顔が見れない。彼の声が震えてるのがわかるから。
「そこの騎士様」
「っ!」
囚人の男たちを私の牢に入れた騎士に掌を向けた。
騎士は慌てて剣を抜き私に向けたが、あまり意味はない。だって癒せるから。
「この人たちみたいになりたくなければ、鍵を開けなさい」
「っ…………」
「私は殺せないわ。そして貴方が拒否するなら、構わないわ。貴方を殺して他の人に頼めばいいだけだもの」
にこりと微笑むと、騎士が顔面蒼白になり、剣を床に落として項垂れた。
「すぐに開けます」
「ありがとう」
牢の扉が解錠されたのでゆっくりと歩み出た。
騎士の心臓に右手を添える。
「ひっ!?」
「大丈夫よ……」
騎士の回りを漂っていたもやは、本人に触れると浄化できた。手を触れなければ浄化できないとわかったのは僥倖だった。
「あ、え…………私はいったい……何てことを……」
「もしかして、覚えているの?」
「…………っ、大変申し訳ございませんでした」
これは仕方のないこと。気に病まないで欲しい。そう伝えるけれど、騎士は納得ができなさそうだった。
ならば、お詫びに情報がほしいと伝えると、何でも答えるといってもらえた。
倒れた三人の事を騎士に聞くと、もともと死刑を待つだけの囚人だったそうなので、施錠し直して牢に放置することにした。
「ありがとう。助かったわ」
「どちらに向かわれるのですか?」
「エミリアンヌを消すわ」
ついてくると言われたが、またすぐにエミリアンヌの毒に侵されるだろうから、いらないと断った。
地上に向かおうとしていると、後ろから声がかけられた。
「ラシェル、私も共に戦わせてくれ!」
「っ……………………」
この戦いは、一人でしたい。
ここまで見られたらもう遅いけれど、それでも……好きな人に醜い姿は見られたくないから。
だから、私は振り向かずに前に進む。
これが悪女である私の矜持。