6:私は私が見たものを信じる。
騎士たちに剣を向けられ、抵抗するなと言われた。
もとより抵抗する気はない。怪我も病気も嫌い。たとえ治せるとしても、痛いし苦しい。
「どういうことだ!? なっ!? ラシェルに触るな! 止めろ!」
騎士の一人が私の髪を鷲掴みにし、床に沈めるように押し倒した。
床で顔面を強打した。痛い。口の中が血の味になった。
すぐに癒やすけれど、やっぱり物理的に痛いし、精神的にも痛い。
――――何故? 抵抗もしていないのに?
ちらりと見えたエミリアンヌ様の顔は、歪なほどに美しく歪んだ微笑みを湛えていた。
あぁ、そうか。
エミリアンヌが、そう望んだからなんだ。
「まぁっ! ラシェルに酷いことはしないで!」
「あんなことをされたのに……なんと優しい聖女様なんだ!」
エミリアンヌ様が歪な笑みを浮かべていようと、もやに包まれた人々は何も気になっていないようだった。エミリアンヌ様から受けた精神的な毒により、惑わされ、正常な判断が下せなくなっているのだろう。
彼女は闇落ちしている。これは間違いない。
でも、演習場では分からなかったし、周囲の人たちにもやは見えなかった。判明したのは、教会の翼廊に来てからだ。
「聖女は、命あるもの全てを愛さなければならないもの。いくら魔女でも、生きているもの」
その言い方では、本来その思想はないが、聖女だから体裁的に、としか読み取れない。
エミリアンヌに敬称を付けるのが馬鹿らしくなってきた。
気になるのは、老齢の聖女様。
彼女の回りにはもやがない。ただじっと場の状況を見ているようだった。味方なのか敵なのか、わからない。
『味方だよ』
神がそう言おうとも。私は私が見たものを信じたい。私の心も思考も私のものだから。
『ふふっ。だから、君が好きなんだよね』
――――そうですか。
「ロベルト、抵抗するな」
誰よりも濃いもやに包まれている王太子殿下が、ロベルト様に剣を向けた。王太子殿下もエミリアンヌに操られている。
そしてこの行動はエミリアンヌが望んだもの。
そんな馬鹿げたストーリー、流石に許さない。
いまはまだ抵抗するべきじゃない。
「ロベルト様、抵抗なさらないで」
いまはそれしか言えない。
周りは敵だらけだから。
「っ! ……わかりました。ただし、ラシェルに怪我をさせないでください。兄上、それさえ守っていただければ、私は大人しくします」
「…………いいだろう。連れて行け!」
ロベルト様は後ろ手で縛られ、王城に連れて行かれた。
私は髪を引っ掴まれたまま、教会の床に押し付けられたまま。
きっと、この人たちは彼との約束を守らない――――。