4:闇落ち。
治療院でエミリアンヌ様から投げつけられた書類を処理し、業務報告をしに教会に向うと、いつもは入り口にいる警備の騎士がいなかった。
何かがおかしい。
教会の奥の方が異様に騒がしい。
教会の建物はクロス状になっており、手前の身廊、左右の翼廊、奥の内陣に分かれている。
身廊を早歩きし騒がしい左翼廊へと向かっていると、夕方の業務報告に来ていたらしい聖女見習いたちや、中に集まっていた数人の騎士たちが鋭い視線を向けてくる。
「…………何てこと」
「聖女様の信頼を裏切るなんて……」
「前から怪しいと思っていたのよね」
「誰か早く捕えてよ」
ヒソヒソとそんな声が聞こえてきた。それらを無視し、騒動の中心であろう左翼廊の奥に向かうと、悲壮な顔の聖女様が床に膝をつき、倒れ込み口から血を流すエミリアンヌ様の手を握っていた。
「何が――――」
「ラシェル……まさか貴女がこんな事をするなんて」
聖女様から向けられた目は、落胆と軽蔑を混ぜたようなものだった。
「私の力でも解毒ができないなんて……ラシェル、いったいなんの毒を使ったの? 解毒薬はあるのよね?」
「聖じょ…………さま、ラシェ……ルを、責めないで……くださ…………」
「エミリアンヌ、気が付いたのね!?」
何の話かわからない。
頭の中に響く『神』の嗤い声が癪に障る。
「私が……厳しい言葉で注意したから…………彼女はきっと逆恨みから、闇落ちしてしまったのですわ」
「「闇落ち――――!?」」
治癒魔法は心が清廉でなければ使えないとされている。これは事実だが、誤ちでもある。ただ効果が弱くなるだけだと、未だに頭の中で嗤い続けている神がよく言っているから、たぶん本当なんだと思う。
『あーっはっはっはっは! 滑稽すぎる! 血糊っ、血糊吐いてるよ! あはははははははは!』
完全に殺人未遂犯にされているけれど、神の煩さのおかげで冷静でいられている。有り難くはないけど。
闇落ちとは、心が闇にのまれた者が、毒を撒き散らし周りにいる者の魔力までも侵食し、闇に染める者になること。
「毒って、そういう意味じゃ――――」
比喩的な毒であって、直接的な服毒ではないと思うんだけど。闇落ちした聖女が出たのは百年以上前で文献はなく、残っているのは口伝えの伝承ばかり。理由は当時の国王が悍ましすぎて文字に残すことを禁止したかららしい。
私は神から聞いたけれども。
でも、ここまで笑いまくる神っていうのもなにか変よね。悪魔だったりして?
『ひっどいなぁ。ほら、君の愛しい第二王子がもうすぐ来るよ』
こういうとろが本当に狡いし、性格が悪い。
『これくらいないと、神なんてやってられないんだよ』
クスクスと笑い続ける神にイライラしつつも、ロベルト様がこちらに向かって来ているという情報は有り難いなとも思ってしまう。
『素直じゃないなぁ』
――――煩いです。