21:撤退する。
ものすごくお腹が空いて、目が覚めた。
ふと窓の外を見ると、治療院の庭に雪が積もっていた。
――――雪?
とりあえず、サイドボードに置かれた水を飲む。
腕がありえないほどに重い。酷い筋肉痛みたいな感覚だ。
「ゔぉいじぃ……べ?」
声がガッサガサだった。
ベッドから立ち上がろうとすると、膝が笑う。
――――なにこれ?
とりあえず、全身に治癒魔法を使ってみた。視界に入っていた真っ白な髪の毛が、以前と同様に真っ黒になった。
そして、ふにゃんふにゃんだった身体にも力が漲ってくる。
「あー、あー? ふぅ……ええと?」
声もちゃんと出る。
ええと、たしか私はエミリアンヌと戦って――――?
『勝ったよ』
――――ですよね。それから?
『ボクにそうやって促すの、君くらいだよ』
神が楽しそうに笑いながら、あの日から今までのことを教えてくれた。
どうやら私は、エミリアンヌの闇落ちした生気を全て吸い付くし、ソレを浄化するために身体の呼吸以外の機能を全て停止させていたらしい。
なんで生命維持に必要な飲食一切なしで生きれているのよ……。
国としては意見が二分しているらしい。
エミリアンヌと私の戦いを見ていた王族や議会や教皇様は、私を聖女として立てたい。
あの日、謁見の間から逃げ出した貴族たちは、私を闇落ちした悪女だと言いふらしている。
――――ふうん。
「よいしょ」
ベッドの下に入れていた革張りのトランクを取り出す。
『逃げるのかい?』
――――いえ、撤退です。
私は聖女になるつもりはない。
本物の聖女は、彼女だけだった。
『でも、死んでしまったからね。この国は君を聖女にしたいそうだよ。彼も――――』
「っ!」
脳内に流れ込んでくる神の言葉で心が揺らぐ。
彼とはロベルト様のことだろう。無事だろうか? 後遺症は出ていないだろうか? あの時ちゃんと治せていた、記憶が定かじゃない。
『大丈夫。元気にずっとここに通っていたよ』
毎日、私が目覚めないか確認に来ていたらしい。
…………毎日。
ロベルト様がいる時に目覚めなくて良かった。
着せられていた妙に高級そうな寝巻きから普段着に着替え、トランクを持つ。
逃げないと。
『逃げなくていいのに』
これは逃げじゃない、撤退。
ここにいたら、ロベルト様に絶対に捕まってしまう。
国内で意見が別れているのに私が聖女になってしまったら、いらぬ軋轢を生んでしまう。そうしたとき、王族は……ロベルト様がどんな判断を下すかわからない。
そんなの、怖すぎる。
そんなの、嫌すぎる。
ロベルト様の負担になんて、なりたくない。
だって、私は聖女じゃないから。人の命を何の迷いもなく奪える悪女なのだから。
『ラシェル……』
――――何も言わないで!
『……うん。君の好きなようにするといいよ。ボクは君には何も言わないから』
――――ありがとうございます。
神にお礼を言ったことを後悔するなんて、このときは思ってもいなかった。
ではまた明日っ!




