17:ロベルトが見た世界②
男たちの汚い手が迫りくる中、ラシェルは牢の奥でずっと静かに息を潜めていた。恐怖とは何かが違うような…………?
「止めろ! ふざけるな! ここから出せ!」
牢の鉄格子がこんなことで開くわけがないとわかっている。だが、何かせずにはいられなかった。鉄格子を殴り、蹴る。
拳の皮膚が剥けようと、骨から変な音が聞こえようとも。
「手が…………」
牢の奥にいたラシェルが、入り口から遠い方の鉄格子の側に移動してきた。隙間から手を伸ばし、私に治癒魔法を掛けてくる。
――――こんな時まで!
「ラシェル…………絶対に助ける! 無駄に力を使うな!」
「大丈夫ですよ、ロベルト様。大丈夫」
ラシェルは寂しそうに笑った。
こんな時に、何故そんな笑顔をするんだ!
いつも彼女は自分を犠牲にする。
どんなに大変なことでも、たやすく飄々とやってのける。
だから皆が『あの娘は言えば何でもする』と、無理難題を押し付ける。
大切にしたい存在なのだといつも伝えているのに、スルッと躱して一歩引き、寂しそうに微笑むだけだった。
こんな時まで、そんな顔を向けられたくなかった。
たしかに、私は牢に入れられている。
なんの助けにも、支えにもなれない。
こんなにも悔しいことがあるか!
こんなにも腹立たしいことがあるか!
鉄格子を殴りたい。だが、ラシェルが治療してくれた。ラシェルの優しさを力を無駄にしたくない。
――――悔しい!
「へっ! こりゃまた感動のシーンだなぁ」
「うははは、それを俺たちが阿鼻叫喚に変えるってワケか」
下衆な男たちが、下卑た笑いを溢しながらラシェルに近付いていく。
その娘に触るな!
「止めろ!」
どんなに殺気を込めて叫ぼうとも、なんの役にも立たない。
「ほらほら、ねぇちゃん、奥から出ておいで」
「怖くないよー?」
「うははは! 無茶言うなや! 兄ちゃんの目の前でイイ声で鳴いてやりな?」
男たちが牢の隅にいるラシェルを捕まえようと、薄汚い手を伸ばしていた。
怨嗟の言葉しか湧き出ない。
ラシェルに聞かせたくない、醜い言葉ばかりが溢れそうになる。
「申し訳ありません」
ラシェルがフゥと溜息を吐いて、そう呟いた。
いったい何に謝っているんだ?
「お? 観念したか? 抵抗してくれたほうが、楽しくはあるんだがな?」
「いえ。本当に、申し訳ないと思っていますが、奪わせていただきます」
この時、地下牢でことの成り行きを見ていた全員が、ぽかんとしていたと思う。
ラシェルが先頭に立っていた男の胸に、そっと掌を当てた瞬間、男が膝から頽れた。
「「は?」」
目の前で起こったことに理解が及ばない。
なのにラシェルは倒れた男を見て、興味深そうに呟いた。
「……なるほど、こうなるのね」
頽れた男はやせ衰えた老人のような色と見た目になっていた。ついさっきまでは筋骨隆々としていたはずなのに、だ。
――――死んだのか?
「もう少し、調節してみるわ。死なない程度に」
そう言うということは、男は生きているのだろう。
ラシェルが残りの男二人にも掌を向けた。そして、先程の男と同じようにドサリと倒れ込み尻もちをついた。
二人もまた老人のような見た目に変わっていた。
「調節が難しいわね……」
「魔女だ……」
「あ、あ、あ、悪魔だ」
囚人の男たちが、騎士たちが、そう呟くとラシェルがまた寂しそうに笑った。
「ラシェル? いったい、何を……」
――――君は、何を隠しているんだ?
ではでは夜に!