14:聖女の選択。
正気に戻った王太子殿下に指示し、タイミングを合わせる。
ロベルト様は今日だけであまりにも血も体力も失いすぎている。
今は剣が刺さったままなので、それが蓋になり大量の出血は免れているけれど、抜いてしまったらきっと吹き出す。そうしたら、失血死を招いてしまう恐れがある。
王太子殿下に合図を送ると、コクリと頷いてもらえた。
抜かれる瞬間、止血に全力を注ぐ。次に肺の治療、骨の治療。
全力、いや、それ以上の力を出してみせる。
「…………死んだら、だめ」
「ラシェル嬢……髪が」
王太子殿下の声で、視界に入っていた黒い横髪からスッと色が抜けて行っていることに気付いた。
一房分、二房分、徐々に白くなっていく。
きっと私の生命力まで渡しているんだろう。それでもいい。私より、彼に生きててほしいから。
エミリアンヌを倒す力だけ残れば、それでいい。
「っ、は……ラシェル!? もういいっ! 止めろ!」
バチッと目を開いたロベルト様に手首を掴まれ、治癒魔法を拒否された。
「でも……」
「大丈夫だ。もう大丈夫だから」
「っ、良かった…………」
溢れそうになる涙を堪え、後ろを振り返った。
エミリアンヌを抑え込んでくれていた聖女様と交代しないと。
「聖女様、ありがとうございました」
「…………ラシェル、ごめんなさいね。あとは任せました」
聖女様が弱々しい声でそういうと、トサリと床に倒れ込んだ。
「聖女様?」
『彼女の選択だ。受け入れてあげて』
慌てて駆け寄って聖女様を抱き上げたが、何の反応もなかった。
「っ……そんな」
聖女様の命は尽きていた。
私たちの時間を捻出するために、命を賭してくれていた。
「聖女様………………っ」
幼い頃からずっと見守ってくれていた聖女様。いつも優しい笑顔で大丈夫よと頭を撫でてくれていた。
エミリアンヌに良いように使われているのを、気にしてくれていた。ここ最近は、聖女様が私を気にかけると、エミリアンヌが激情に駆られるからと、私の願いもあり意図的に距離をとってくれていた。
今思えば、祖母のような存在だった。
――――ありがとう、ございました。
この悲しみも、苦しみも、怒りも、全て、エミリアンヌにぶつける。
責任を取らせる。
「覚悟しなさい」
「ハッ! アンタが私に勝てるとでも? 私は聖女よ!」
「貴女のような醜い心の持ち主が聖女? そんなわけないじゃない」
勘違いが甚だしい。
「何よ? 自分が聖女だって言いたいの?」
「そんなに厚顔無恥じゃないわ。聖女様は、ただ一人。この人だった」
腕の中にいる旅立ってしまった聖女様をギュッと抱きしめる。ちらりと後方にいたロベルト様を見ると、彼が王太子殿下になにかを言い、王太子殿下がこちらに来てくれた。
「巻き込まれないよう、預かる」
「お願い致します」
聖女様の亡骸を王太子殿下に預け、エミリアンヌに向き直す。
エミリアンヌに吸い込まれていく金色のオーラは随分と減っている。きっと、求心力が薄まっていることと、エミリアンヌ自体が吸収に力を入れられなくなってきているのだと思う。
――――ここで決める!