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- 魅入られた“代償”

依頼主はがくりと体から力が抜けたように崩れ落ちて虚ろな目をお師匠様に向けた。お師匠様はこの客間でずっと焚いていたお香を依頼主の目の前に置いた。お線香にも似た香りが鼻先で泳いでいる。少し煙たい。

「あなたは…私を守ってくださっていたのですか」

依頼主は乾いた声で呟いた。恨めしそうでも、憎々し気でもなく、なんの感情も乗らない平坦な声だった。

そんな問いにお師匠様は「ああ」と一言だけ答えて茶を飲んだ。もうすっかり冷めて苦味だけが残った茶である。普段なら入れ直しを提案するのだがなんだかそんな一言でさえ口にし難い雰囲気に少し息が詰まる。

「あんたは。魅入られてしまった」

鳶さまが言い、お師匠様が頷く。

「お前さんは、その女に、魅入られ魂を齧られた。魂が欠けるとそこから香がかおる。我々人間には感知できない、妖や魔物、幽霊といったもの達を引き寄せてしまう香り。魂が欠ければ欠けるほど濃ゆく香るのだ」

「魂が欠けた人間はどうなるのですか」

「欠けた割合が四分の一程でそういった類に取り憑かれやすくなり、半分を超えると自我が半分持っていかれる。四分の三程でほぼ表に自分が出てくることはなくなるだろう」

「まるっと一飲みされれば、あんたは二度と俺らと会話することはないだろうなあ」

鳶さまはお師匠様の説明に被せる様に言い、胡坐の足を組み替えた。依頼主の顔色がどんどん青くなる。今にも倒れそうな顔色だ。

「わ、私はいま、」

「どのくらい齧られているかって?」

鳶さまはううむ、と顎に手を当てわざとらしくうなって見せた。明らかに俺は今とても悩んでいますよという風に。

「一口…二口、三口ほどか。魂の四分の一足らず程。美味かったか?お嬢さんよ」

鳶さまはただ客間に置いとかれていた絵葉書のお嬢さんに問いかけた。カタッと額縁が小さく揺れた。

「お嬢さん、残念ながら此処から逃げることはできないよ。依頼も終っていないからね」

お師匠様は煙管を煙管置きに仕舞い、姿勢を正した。

「さて、長引いてしまったが依頼を始めようか。その前に依頼内容に変更はないかい?」

お師匠様はまっすぐ依頼主の目を見つめる。

その目を見て依頼主は少し迷うように額縁とお師匠様、そして鳶さまを見て…最後に私を見た。君ならどうするとでも聞かれているような気がして私はしゃんと背筋を伸ばした。

「私なら、依頼内容を変更します!だってこれ以上魂を齧られたくないですもの」

その言葉にお師匠様も鳶さまもお顔をくしゃっとして笑う。真面目に答えたのに納得がいない。(おそらく)むすっとした顔の私の頭を鳶さまが乱暴に楽し気に撫でまわして、お師匠様は急に緩んだ顔をどうにかしようと必死なご様子。大変だ、お師匠様の(頑張ってギリギリ保っていた)威厳が崩壊してしまった。

「…と我が弟子は申しているがお前さんはどうする?」

「…私、は。」

依頼主は意を決した表情をして鼻を啜った。声もなんだか涙声だ。本当にお嬢さんに思いを寄せていたのだろうか。そう考えると少し切ないかもしれない。

「依頼内容の変更を申し出ます。彼女を元居た店に返します。なので欠けた魂の取り戻し方を教えてください」

依頼主はおずおずと頭を下げた。それを見てお師匠様は満足げに微笑んで質問をひとつ。

「依頼は私か鳶か、どちらに?」

「この、黄昏屋のご店主 鴇様にお願い申し上げます」

「こんな寂れた店の店主で構わないのか?」

「もうっお師匠様も人が悪い!あの依頼主様が地べたに頭を突っ込みそうな程、頭を下げていらっしゃるのにまだそんな意地悪を!大丈夫ですよ、いくら寂れた店の店主でもこの地区一番の口コミの良い店の店主ですからご安心ください。お師匠様はお優しく、女性のお客様からも人気が高いんですよ!」

主にお年を召されたおばさま方からですけど。と追記したい気持ちを飲み込んでにっこり笑ったのにお師匠様は笑いを我慢しきれず噎せていらっしゃるし、依頼主は青かったお顔をさらに青くして震えていらっしゃるし。…なにか変なことでも言いましたでしょうか…。

「くくっ。すまない、我が弟子は素直さが売りでね。ではその依頼、この黄昏屋店主鴇が承ろう」

「ならば俺は特別にタダで鴇の助っ人をしてやろう。この幸運にうんと感謝しろよ」

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