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7 興味と好意

 結局、数年間春彦にしか喋らなかった秘密を、二日連続で人に話してしまった。


 ひとり目に関してはちょっと浮かれて口が滑った。ふたり目に関しては、半ば尋問だ。


「成程……で、王子が真っ白だったから、興味を持ってついて行ったと。おやつあげるよって言われて付いていく幼児レベルじゃない」


 いくら親友だって、言い方というものはあるんじゃないか。


「だってさ、後光だよ? 興味湧かない?」


 えっちゃんは、顔を引きつらせる。


「いや……私ならちょっと引くかも……」


 えっちゃんの同意を得られなくて、頬を膨らませた。えっちゃんは、何やら考え込みながら続ける。


「だってさ、そんな聖人君子みたいなのと一緒にいたら、四六時中清く正しくしてないといけなくない? ベッドに寝っ転がってポテチ食えないぞ」


 えっちゃんはポテチはベッドの上派という情報を得た私は、異論を唱えた。


「でもさ、笑顔なのにどどめ色の人とかたまにいるけど、そこそこ怖いよ」

「どどめ色って何」


 スマホに保存してある、どどめと呼ばれたりする桑の実の写真をえっちゃんに見せた。昨日検索して龍に見せたのと同じ物だ。


 えっちゃんが目だけを動かして私を見ると、率直な感想を述べた。


「そこそこエグいな」

「でしょ?」


 スマホをポケットにしまい、顔を近付けヒソヒソと続ける。ホームルームの時間は始まっていたけど、先生は来ていない。開かずの踏切に捕まって遅れるんだそうだ。


 この鉄道会社は、踏切問題を早急に何とかした方がいいと思う。


「まあ、多分王子は私が好きとかではなくて、私が視えるってことに興味を持っているのかと」


 なんせ読んでいた本は、都市伝説をクソ真面目に解説する本だった。プロレタリア文学でも官能小説でもなかったけど、そこそこ癖はある。


 口止めしなかった私の秘密を喋られた仕返しにえっちゃんに都市伝説本の存在を暴露すると、えっちゃんは納得したように深く頷いた。


「成程、物珍しさか」

「オブラート感ゼロの意見、ありがとう」


 私の嫌味には耐性のあるえっちゃんが、悩ましげに溜息を吐く。


「それならいいけどさ、あんた面食いだから、興味と好意を取り違えんじゃないわよ」

「分かってるよ、自分のポジションは承知してるって」

「本当かなあ……」


 疑わしげな表情を隠しもしない親友に若干苛ついたけど、眼鏡の外のオーラは本当に優しい黄色をしていた。だから、その忠告に大人しく従うことにする。


 筈、だったけど。


「小春ちゃん、僕と……付き合ってくれませんか」


 出会いの翌日。


 あだ名が王子で目元が涼やかな、高身長で案外声が柔らかくて都市伝説本を電車内で読む荒川龍に、白い頬を染められながら告白されてしまった。



「――ということで、付き合うことになった」

「昨日の今日で頭おかしいだろ、そいつ」


 春彦は忌憚のない意見を述べた。まあ、それに関しては私も正直なところ同意見だったから、素直に認める。


「だよね?」

「だよねじゃないよ、何あっさりオッケーしてんだよ」

「だってイケメンだし、あの状況で断るのも、ねえ」


 はあー、とグランドキャニオンより深そうな春彦の溜息が聞こえてきた。どう考えても聞かせるつもりのやつだ。それがグサグサと私の皮膚に突き刺さって、痛い。


「はあ……信じらんねえ」


 何度目かの溜息を吐かれても、付き合うことになってしまった事実は変わらない。


「その……私もびっくりだったよ?」


 本当のことなのに、ギロリと睨まれた。普段は優しい顔立ちなだけに、本気で怖い。


「じゃあもう少し考えろよ」

「だって……」

「だってじゃないだろ? 会って次の日に告白してくる奴なんて、ろくな奴じゃないぞ」


 春彦が言いたいことは分かる。会って次の日に付き合いたいと心底思うほどの何かが自分にあるとは、私だって思っていない。


 私が龍のことを好きだから付き合いたいと思っていないのと一緒で、龍もとっても私のことが好きで付き合ってと言った訳じゃない筈だ。この通り、私は比較的冷静なので、えっちゃんの言う通り、興味と好意を取り違えてはいないと思う。多分。


 私が付き合うことにしたのは、あの顔とオーラについふらっときたからだ。


 えっちゃんに言ったら、ほら見たことかと言われるのは間違いない。だけど、それだけ龍は私にとって興味を惹かれる存在だった。


「いいか、小春!」


 春彦は、腰に手を当て、人差し指を真っ直ぐ私に向ける。人に向かって指を差しちゃいけないんだぞと言ったらもっとキレそうだったので、さすがに今は控えた。


「人気のない所は行くな!」

「はい!」

「そういう奴はきっと手も早い! 絶対に触れるな!」

「気を引き締めて参ります!」


 敬礼のポーズを取ると、春彦がマリアナ海溝より深そうな溜息を吐いた。窓枠の向こうから、泣きそうな目を私に向ける。……この目には弱いから、やめてほしい。


「……付き合うなよ、心配だよ」

「春彦……」


 考えてみたら、龍が私を好きでないことを前提に話をされている気もするけど、心配されているのは間違いない。触れないでおこう、と私は無難な道を選択した。


「なあ、もう断っちゃえよ。やっぱりやめますって」


 瞳が潤んできているように見える。まさか泣き落とし作戦か。


「いやあ、さすがにそれは……」


 それにしても、やっぱり春彦の距離感はバグってる。ただの幼馴染みに彼氏が出来たからって、普通こんなに反対するかな。


「じゃあ親が怒ってるからって言えばいいだろ。少なくとも俺は反対だぞ」

「……」


 過保護の鬼の春彦は、とうとうさも自分が父親みたいなことを言い出した。


 ちなみに私の本物の父親は、常日頃、お前も早く彼氏のひとりくらい連れてこいと人を馬鹿にして笑う人間だ。


 私が黙っていると、もう一度溜息を吐いた後、春彦が恨めしそうな目で私を見つめてきた。


「でさ、どんな奴とつるんでるの? 友達は? 彼女は? 家はどこ? 親は何してる人? 評判は?」

「あ、そろそろ行かないと」


 昨日と同じ質問をしてきた春彦の今にも泣き出しそうな目をこれ以上見ていられず、じりじりと後退る。


「昨日聞くって言ってただろ!」


 弾けたように窓枠に前のめりになると、春彦は歯を剥いて怒鳴り始めた。やばい、本気で怒ってるやつだ。


「なんで何ひとつ聞いてないんだよ!」

「か、彼女は私だよ!」


 窓とカーテンを急いで閉じ、ピューッと音が出そうな勢いで階下へと向かう。


 もう見えない窓枠の向こうから、「待て、小春――!」という怒鳴り声が背中に突き刺さった。

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