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6 過保護の幼馴染み

「――ということで、また今日会うことになったんだ」

「昨日の今日って、早くない?」


 予想通り、不機嫌さ丸出しで、春彦が私の報告に口出しをしてきた。


 こいつはいつも、お前は私の保護者か、というくらい私の心配をする。やれ朝ご飯は抜くな、昨日は夜中まで電気が点いていて心配しただの、まあうるさい。


 幸いなことに、春彦は何故かスマホを持たない主義らしいので、そちらに連絡が来ることはない。だけどもし持っていたら、きっと朝から晩まで私を心配するメッセージで溢れていたかもしれない。


 このいわゆる過保護モードに突入すると、春彦のそれまでの柔和な雰囲気は鳴りを潜めてしまう。


 今回もそれは同じで、オーラが見えていたらきっと暗い赤色を撒き散らしているんだろうなあと思わせる、ピリピリとした気配を容赦なく私に浴びせてきた。普通に怖い。


 窓枠に肘をついて顎を乗せる。あからさまに嫌そうに唇を尖らせられても。


「そいつ、どんな奴?」

「だから、荒川龍っていって」


 春彦は、私の答えに「ハッ」と鼻で笑って応えた。……本気で怒ってるな、これ。


「名前を聞いてるんじゃないよ。どんな奴とつるんでるの? 友達は? 彼女は? 家はどこ? 親は何してる人? 評判は?」


 うるさい。とてもうるさいけど、何ひとつ答えられない自分が悔しかった。


 春彦と同じく、私も唇を尖らせる。


「……今日聞く」

「そうしてくれよ。それと――」


 まだあるの、と春彦に話してしまったことを後悔していると、春彦は泣きそうな顔で窓枠の中から必死に訴えてきた。


「人気のない所には行くな。何かあったら、思い切り俺を呼べよ」

「は? 春彦を? スマホも持ってないのに?」


 過保護にもほどがある。さすがに呆れたけど、当の春彦の表情は真剣そのものだった。


 ズキン、と得も言われぬ罪悪感で胸が痛くなる。……本当に、言わなければよかった。そうしたら、春彦にこんな顔をさせることもなかったのに。


「ろくに知らない奴に気を許すなよ。小春がどこにいても飛んでいく。いいな、絶対忘れるなよ」


 事故のあの日、必死で私の足を引っこ抜いた時と今の表情が重なる。


 ここでも私は、無言でこくこくと頷くことしか出来なかった。



 その日の朝の電車では、龍と会わなかった。


 理由は簡単だ。開かずの踏切に思い切り足止めを食らい、見事えっちゃんに置いていかれたからだ。


 スマホにひと言「先に行く」と非常にシンプルなメッセージが届いていたので、私は土下座しているウサギのスタンプを送らざるを得なかった。


 あやつはきっと今頃、龍と同じ電車に乗っている筈だ。「昨日は小春がどうも」なんてしれっと話しかけている可能性だってある。


 警報機の不快な音が止み、ようやく踏切が開いた。眼鏡の外に溢れていた人々が放つ赤色が、徐々に薄れていく。


 イライラや怒りは、赤で表される場合が多い。それが、苛立ちの原因が取り除かれた途端、ふっと自分本来の色に戻るのだ。


 日頃オーラに悩まされてはいるけど、日常をふと思い出すかのようなその瞬間は、ちょっとだけ好きだった。


 それにしても、私の目に視えているこの色は、一体何なんだろう。これまで幾度となく考えたけど、今も答えは出ていない。


 ただ、世間一般で言われているようなオーラじゃないのかなあとは思っていた。


 一般的なオーラは、その人が出す霊的エネルギーだとか読んだことがある。色にもそれぞれ意味があると聞いて、本を一冊図書館で借り、そのあまりのスピリチュアル具合に辟易して即座に挫折した。


 世の中、得た能力との相性の良し悪しはある。私がその駄目な方のいい例だった。占いで一喜一憂できないタイプ、それが私だ。


 学校に着くと、えっちゃんが小突いてきた。可愛らしいサラサラストレートの揺れ方が、微妙に激しい。垂れ気味のいつもは優しい目が、今は少し吊り上がっている。


 もしやと思って伊達眼鏡を少しずらしてえっちゃんのオーラを覗いてみると、案の定、真っ赤に染まっていた。


 原因が分からないと、対処しようがない。ごくりと唾を呑み込むと、私は素直に怒られることにした。


「ちょっと。王子に『小春ちゃんのお友達? これから宜しく』って言われたんだけど、『これから』ってどういうことよ!」

「すみません」


 私は即座に謝罪を口にした。龍との関係については、偶然の産物とはいえ、完全に私が抜け駆けをした形になっている。言い訳のしようもなかった。


 誤魔化したところで、近い内にバレる。私は自ら進んで白状することにした。


「実は、『これから』も会いたいと言われました」

「え、まじで」


 えっちゃんは私の首に腕を回すと、絞めるように抱き寄せる。見た目よりも更にボリューミーな胸部に、思わず笑みが溢れた。


「お客さん、いいもん持ってますね」

「おい」


 パッと離れた。ぬくもりは一瞬だった。


「……まあ、あんたもそのダサい眼鏡なければ実はだもんな。昨日は眼鏡なしだったし」

「え? 実は何? そこを詳しく」


 えっちゃんが、再び私の腕を小突いた。えっちゃんは、結構すぐに手が出るタイプだ。


「そもそもなんでそんなダサい……お、可愛いじゃんそれ」


 ようやく、私の新たな伊達眼鏡に気付いたらしい。


「何色って言うのそれ? アンティーク調なグッズにあるよね」


 私はふふんと昨日仕入れたばかりの知識を披露することにした。


「よくぞ聞いてくれた。これはコッパー色といって、日本語では赤銅色とも言われ……」

「まあそれはどうでもいいからさ、小春」


 えっちゃんが急に真顔に戻る。私の腕をそこそこな力で掴むと、ああん? と凄んだ。


「王子にさ、『小春ちゃんの力、凄いよね』って言われて笑顔で誤魔化した私の涙ぐましい努力、分かってる? 何、あんたの力って」


 まじですか。龍ってば何でそんなにぺらっと喋るかなあと焦り、そういえば口止めなんて一切していなかったことを思い出す。


 完全に自分の不手際だ。詰め甘し、小春よ。


「親友の私が知らなくて、何でぽっと出の王子が知ってるのよ……!」


 伊達眼鏡の外には、濃い赤色のオーラが立ち昇っていた。


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