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3 臨死体験

 目の前をゆったりと流れる、幅の広い川。


 灰色に近い不思議な色の水面は底が見えなくて、浅いのか深いのかも分からなかった。


 何で突然こんな場所に立っているんだろう。不安で一杯になり、身が竦む。すると、私の手をぎゅっと握り締める温かい手があった。横を振り向くと、春彦の姿がある。


 春彦も緊張した面持ちで辺りの様子を窺っていたけど、私と目が合うとにっこりと笑ってくれた。ひとりじゃない。それだけで、ホッと肩の力が抜ける。


 改めて、周囲を見回す。一面、小石の山だらけだ。その中に、一際高く積んであるものが所々にあった。人の話し声はおろか、風の音すら聞こえない。


 時折、川の水がチャポンと小さな音を立てるだけのこの空間は、ただひたすらに不気味だった。


「ここ……まさか、噂の三途の川と賽の河原じゃない?」


 よく見ると、空の色も変な色をしている。まるで絵の具で塗りつぶしたかのような、雲ひとつない灰色の空だ。現実の世界じゃない。空を見て確信した。


 春彦が、困惑混じりの微笑みを浮かべる。


「俺たち、まさか死んじゃったのかな?」

「そう……なの?」

「分かんないけどね。ちょっと先に行ってみようか」


 手を繋いだまま先に進んでみたけど、見渡す限り、川と小石しかない。体感で小一時間くらいは歩いたけど、景色は何ひとつ変わらなかった。


「どうしよう?」


 困り果てて春彦に尋ねると、春彦は小首を傾げた。


「まあ、賽の河原でやることといったら、石を積むことだよね」

「それだ」


 ということで、とりあえずやれることを見つけた私たちは、石を積み始める。


 最初は他の小石の山と同じようにただ上に積んでみたけど、「高く積むと鬼が来て崩すんじゃなかったっけ」と春彦が淡々とした口調で言うものだから、怖くなって高く積み上げるのはやめた。


 代わりにトンネルを作ってみたけど、春彦が言ったようなことは何も起こらない。「なんだ鬼なんてこないじゃない」と安心して顔を上げたら、何故か目の前から春彦がいなくなっていた。


 慌てて立ち上がり、周囲を見渡す。


 川の方に行っちゃったのかな、と暗い色をした水面を探したけどいない。


「……春彦?」


 おかしすぎる状況でも発狂せずにいられたのは、隣に冷静に見える春彦がいてくれたからだと気付く。


 嘘だ、こんなの嫌だよ。ひとりにしないで――!

 

 春彦がいないと、どうしていいか途端に分からなくなってしまった。


「春彦! どこに行っちゃったの、春彦!」


 ふと、背後に気配を感じて振り返る。


 すると。


「――ひっ!」


 ただひたすらに白い光が、目前に迫っていた。


 ――――ホワイトアウト――――。


 ……やがて、パチリと目を開ける。


 純白に近い光は、窓から差し込む陽の光が私の顔を照らしているものだった。


 私は病院の一室に寝かされていた。私が目覚めたことに気付いた母が、泣き崩れる。泣きながら、私に何が起きたのかを教えてくれた。


 私は満身創痍の状態だった。足首が折れていて、全身打撲で身体中が痛む。そして何故か、手には小石を握り締めていた。多分、賽の河原で積もうと思って握りっ放しになっていた物だ。


 ここでようやく、私は本当に賽の河原にいたんだな、と悟る。

 

 春彦はどうしたのと尋ねると、生きているよと母は答えた。でもすぐには会えないから、あんたは早く怪我を治しなさい。そう言われたから、早く治して直接春彦に謝ろうと思った。


 私の馬鹿な行動のせいで、春彦に怪我をさせてしまった。激しく後悔した私は、退院すると同時に、窓枠の向こうにいる春彦に「ごめんなさい」と伝えた。春彦は「ううん、小春が無事でよかった」と笑ってくれたけど、余計に申し訳なくて居た堪れなくなった。


 事故を境に、前のように互いの家を行き来しなくなる。


 春彦から誘われたら、一緒に遊びにも行こう。だけど、自分から誘うのはやめよう――そう決めた。もしまた春彦を怪我させてしまったらと考えると、迂闊には誘えなかった。


 そしてそれ以来、私は一度も外出に誘われていない。だから春彦を事故に巻き込むこともない。


 寂しい気もしたけど、気不味さや不安がお互い残っているんだろう。そう思って、少しずつそのことについては考えないようにしていった。


 少しの変化と、再び始まる日常。


 春彦の両親がどんよりした暗いオーラを発していると気付いたのは、その頃からだ。


 最初は目にゴミでも入ったのかなと思っていたのが、少しずつはっきりしてくる。その内他の人間からも様々な色のオーラが視えるようになって、ああ、私は臨死体験をしたことで変な力を得てしまったんだ、と気付いた。


 そう、事故以降、私の目には人のオーラが映るようになってしまったのだ。


 元々根暗そうな人は、どどめ色に近いオーラを撒き散らしている。反対に、明るく快活な人は、暖色系のオーラを出していることが多いことにすぐ気付いた。


 ちなみに、人ひとりのオーラは一色じゃない。同時に複数の色が存在している。同じ人でも、日によって色味が違うのだ。だから、「今日は運気が下がっていそうだなあ」なんて、はじめの頃は呑気に考えたりしていた。


 だけど、そんなのは大した問題じゃなかった。徐々にオーラが濃く視えるようになるにつれて、生活に支障をきたすようになってしまったのだ。


 とにかく一番問題だったのは、視界に様々な色がチカチカ瞬いて眩しいことだ。色とりどりの紙吹雪、しかもラメ入りが宙を舞って乱反射しているイメージに近い。とりあえず何事にも集中出来ない。ひたすら邪魔だ。


 人以外のオーラは見えないから、人がいない場所にいけば心穏やかに過ごすことが出来る。でもそうすると、学校に行けなくなる。


 だけど、学校は普通に楽しいから不登校にはなりたくない。でも眩しい。


 先生が黒板に書いている文字が前に座る生徒のキラキラに押しやられて、読めない。


 えっちゃんが私を見て話してるらしいのに、眩しくて表情が分からない。困った。


 しょっちゅう目をこすり始めて目線が合わなくなってしまい、えっちゃんにもかなり心配をかけてしまった。


 だけどそんな困り果てた日々は、唐突に終わりを告げる。


 なんと私は、物凄い発見をしたのだ。


 鏡越しや眼鏡のように何か一枚隔てた時は、オーラが視えない。早く気付けよと自分をツッコミたかったけど、キラキラしていてなかなか気付けなかったのだ。


 そこで試しに買ってみた伊達眼鏡は、私の生活を平穏なものに変えてくれた。それまでの私の奇行は、急激な視力低下によるものと誤魔化すことにも成功する。


 だけど、何故か春彦のオーラだけは裸眼でも視えなかった。


 眼鏡と裸眼の境界線の外にオーラが渦巻く世界を視ている私にとって、オーラが視えない春彦は一緒にいてこれまで以上に大事な存在になった。

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