第1話 日常に起きた小さな異常
私は今日18歳の誕生日を迎えた。
朝起きて、飯を食って学校に登校する。
誕生日だからといって普段と何も変わらない日常である。
18歳というと自己責任の範囲が大きくなる。
投票権だとか携帯電話の契約だとか、正直考えるだけでもめんどくさくなる。
しかし生きるためには、社会の仕組みを知ることと、それに与するための知識が必要だ。
やはりめんどくさい、まったく歳なんてとりたくないものだ。
私はいつものようにホームで電車を待ちながら、将来について憂いていた。
このままいつものつまらない日常が始まるのだと思いながら。
しかし、この時の私はまだ知らなかった。今生きているこの世界が一つではないことを。
何も知らずに生きていたことが、どれほど幸せだったのかということを。
些細なきっかけさえあれば、日常はいとも簡単に崩れ去ることを。
「は?」
大きな警笛と共に目の前に映り込んだ景色に、ただ声が出た。
突然の甲高い金属音、何かが潰れたような音。
耳を塞ぎたくなるような絶叫、吐き気がするほど猛烈な鉄の匂い、赤黒く染まった自分の体。
その時何かがこっちを見て言った。
「見つけた」
時が止まったように静かだ。すべてのものが遅く見える。
自分の動きさえも遅く感じる。ただ思考だけが動いている。
目の前にある得体の知れないものに対して私は猛烈な恐怖を覚えた。
しかし、それとは相反する感覚が湧き上がった。
好奇心だ。
今目の前にあるそれは一体なんなのか。
この時が止まったような空間で、まるで何事もなかったかのように動いているその生物とは言いがたいモノ。
黒く、流動的で、まるで霧のようだ。どこが口かも、どこが目なのかも私にはわからない。
けれど確かにそれは私を見ている。私に向かって言葉を発している。
「もう離れない」
「大丈夫ですか?」
声をかけられハッとした。どうやら私はただ茫然とその現場に立っていたようだ。
服は汚れていなかった。
「お客さん大丈夫ですか?」
「あ、はい大丈夫です、少しボーッとしてました」
「そうですか、では彼方の方にお願いします」
そう言って私は駅員さんに案内されるがまま、駅の構内にある部屋に連れて行かれた。
あれは夢だったのだろうか、黒い何かが頭から離れない。
まるで時間が止まってしまったかのようなあの景色を、現実味のないあの感覚を。
少し立ってから私は学校に遅刻します、と連絡を入れた。
駅員さんの話を聞くと、どうやら飛び込みだったらしい。付近に落ちていた遺留品からどこかの高校の学生さんだとわかったのだという。
年齢ももしかしたら私と近いかも知れない。
そんなことを考えていると、警察の人が事情を聞きに来た。
横にいるのは多分カウンセラーのような人だろう。
「今回のことが起きた時、君は彼女のかなり近くにいたね?、同じ学校の生徒さんかい?」
もしかして、私が押したのかと疑われているのか?
「えっと、多分ちがうと思います。俺の学校の制服じゃあなかったし」
「そうですか、ではこの写真のこと面識はあるかい?」
そう言って私に写真を差し出してきた。はて、誰だこの人は。
「知らないです」
見せられた写真はどうやら証明写真のようだ、無表情の女子生徒が写っている。
別にこれと言って特徴のない顔つきだ。おっと、こう言っては失礼か、当たり障りのない整った顔立ちだ。
この表現もどうなんだ?いや今はそんなことはどうでもいい。
「大丈夫ですか?」
横から女の人が話しかけてきた。
多分さっきのカウンセラーっぽい人だろう。
「すみません、少しボーッとしてました」
「君はえらく冷静なんだね、普通あんな場面を見ればパニックになることの方が多いのに」
私だってパニックになりそうになった、しかしあんな得体の知れないものを見て仕舞えば、周囲の動向よりも、疑問の方が大きくなってしまうではないか。
昔からそうだった考えてしまうと止まらなくなってしまうのは私の癖だ。
「いやー、なんか現実味がなくて、夢でも見ていたかのようなんですよね」
「なるほどね、確かにあんな場面を見てしまったら現実ではないと思い込んでしまっても不思議じゃないね」
「そう、まるで夢でも見ていたかのようにね」
それから、状況の説明や、今回の事故での精神的なケアなどの話をされてようやく解放された。
もう昼じゃん、
学校あと1限で終わっちまうよ。
事故の影響で電車自体に遅延が発生していたため、私が学校に着く頃には、授業時間のこり30分になっていた。
いや、きた意味よ。