1話「祭仕女アルマ」カット3
仕事からの帰路を急ぐ。消灯された日光照明はつまらない日常の終わりを告げ、帰路を急ぐ誰かが一瞥を投げた先には昨日のゲボがまだ残っていた。
———◆◇現実世界から仮想世界へ◆◇———
雅麗が再び教会の前に着いたのは日が高く昇った頃、教会の扉を開けると、ちょうどアルマが出てきた。
「やあ、待っていたよ」
「……? どちら様ですか?」
「私だよ、教会のアルマさ。“ごきげんよう、雅麗さま”」
雅麗ははじめ、彼女をアルマと思わなかった。昨日までの聖職者の姿とは打って変わって鎧と籠手と脛あてを身につけ、重厚な武器を提げた女がいた。三つ編みの髪は、むしろこちらの格好にこそ似合っている。
「教会以外での私はまだ雅麗さんには見せていなかったね」
雅麗がまじまじとアルマを眺めていると、子どもたちが声をかけてきた。
「シスターだ! 冒険に行くの?」
「お姉ちゃんのお友達を助けに行くんだよ! 無事を祈っててちょうだい!」
「わかった!」
あっけに取られていると、子どもたちがまた大きい声を出した。
「でかい武器!」
「あぶないよ」
アルマが背負っていたひときわ大きな武器を取り出した。棒の先に重りをつけ、重りからは星のように棘が飛び出ている。
子どもたちは笑いながら「川で遊んでくる、お姉ちゃんがんばってね」と言って皆で駆けて行った。
「モーニングスター?」
「そう。当たらないようにね」
ひょうひょうと言ってのけるが、自分の身長ほどもある武器を片手で軽々と扱うアルマは敵には回したくないと思った。
子どもたちと別れて町の路地裏に入る。途中、日の当たる一角があって、そこには町の人の共用の井戸がある。するとそこで水を汲んでいた青年がこちらに気づいたようであった。
「アルマ様!」
その声を聞いたアルマは少し緊張したようで、ぎこちない態度をとって少し唇が尖らせて話していた。
「アルマ様、あの、昨日は行けなくて。また聖水のご祈祷をいただけますか、お急ぎだったら無理にとは……」
「あ……、えっと、今日は少し用向きが……」
「そうですか」
「どうしたの?」
「いつも教会では水清と言って、街の方が汲んでくださったお水に祈祷をささげているの」
「どのくらいかかる?」
「簡単なものであれば聖文の一節を暗唱する程度だけど、急いでいるから……」
アルマを見て、申し訳なさそうに話すときは口の端を真横に引っ張って苦い顔をする癖があるようだと雅麗は感づいた。
「いいよ、やってあげてください」
「いいの?」
「いいよ」
青年は水の入ったボトルを持ってくると、アルマの方に差し出した。アルマは日の当たる井戸のそばまで駆け寄ると、ボトルにペンダントの宝石をかざして短い祈りの言葉を嬉しそうに唱えた。
アルマは嬉しそうにしているときは、唇を少し突き出す癖がある。横顔が可愛らしくなるのを雅麗は知っていたから、青年が話しかけてきたときに何となく察したのだ。
それにしても今から戦いに行く格好をしているのに、祈祷をささげる一連の動作は実に堂に入った聖職者の振る舞いであるのが何だか可笑しいと、雅麗は思った。
「ありがとうございます」
青年が背筋を伸ばしてお礼を言った。洞窟に向かう途中、雅麗は「彼に気があるの?」と聞いた。
「いや? 彼の方が私にぞっこんなの」
嘘つけ
細い路地裏の陰の道を2人で歩いて行く。アルマによると、先ほどの青年はピートと言って路地裏に面した家に住んでいるらしいとのことだった。
「私がこの街に来てどうすればいいかわからなかった時、ピートくんが牧師様の教会を紹介してくれて。たまたま私の母さんと父さんが同じ宗教の司祭だったから仕事もわかったし、祭仕女として置いてもらえたんだ」
「へぇ、結構親しい感じだったけど?」
「教説とかがある日は結構来てくれるし、スラムの奉仕活動なんかも手伝ってくれるんだ」
「それで仲良くなったんだ」
「最近じゃあ、儀式用の道具なんかの整理とか手伝ってくれるんだよ」
「結構信頼してるんだね」
「だって、すごく熱心に手伝ってくれるから」
「他の人はそんなのでもないんでしょ?」
「そうだね」
「彼、何か裏があったりして」
雅麗がそう言うと、アルマは慌てて「そんなこと無いよ! すごくいい人だもの」と叫ぶように言ったかと思うと、アルマは矢継ぎ早にピートのことについて語り出した。
「だって、誰に対しても礼儀正しいし、いつも明るく話してくれるし、教会の仕事とか一生懸命こなしてくれるし、荷物持って運ぶのとか手伝ってくれたり!」
「うん」
「雨が降りそうな時とか傘を持ってきて入れてくれたり、私のつまらない話とか一生懸命聞いてくれるの」
「はい」
「あと彼のお母様が病気で、仕事をしながら看病してるんだって」
「そうなんだ」
「そう、私と一緒で演奏会に行くのが好きみたいで、その、前に行った時はたまたま会ったけど、本当に嬉しそうで」
「うん?」
「山か里かって言ったら里派だし」
「話題が10世紀古い」
「私がリーチの時は上がり牌切ってくれるんだもの」
「そこまでやる仲なの? え、やれるの? ここで」
「でも1番は、彼がいなかったら今こうしている私はいなかったと思う」
「そっか」
ほとんど日が当たらない路地裏の道を歩いてゆく。話をしているとアルマの表情がだんだんと暗くなって、突き出ていた唇の端が横に引っ張られていくのに雅麗は気づいた。
「アルマさん、どうしたの?」
「いや、なんでもない」